四
僕が思い当たるのは、この日の出来事だ。頭の検索結果を持ち出して、整理する。
小花が僕を誘ったのは、一緒に帰ること、そのものが目的だったのだと思う。
小花は来た道を戻って行った。ということは、少なくともあるときまで一緒にいる、ということが大事であったと考えられる。僕と別れたときには、弓ヶ丘高校の生徒は一人もいなかった。
最後の……その、告白。これが目的なら、帰ろうではなく、話があると言っただろうし、僕から聞かなければ答えなかったように思える。それに僕は告白に対して何も返事をしていない。
告白が目的だったなら、少なからず返事を待ったと思うのだ。小花は自分から、またねと言って、さっさと帰ってしまった。
では、何故帰ることが目的になり得たのか。この便箋が示してはいるが、小花は自分がつけられていると考えたのだろう。
つけられているなら、誰かと一緒に帰る方が安全だ。だからこそ、特に理由もなく帰る方向が同じ僕を選んだのだ。
最後の告白は、仮に小花が本当に僕を気にしてくれていたとしても、口にしたのはものの弾みだろう。
小花が何者かにつけられていることは、まず間違いない。この便箋がある以上、否定はしづらい。
あり得るとすれば、小花のいたずらである、ということ。だけれど、そんなことをする人ではないと思うし、僕をそこまで大層な嘘でからかったところで、それに見合った得もない。
この案はまず、却下だ。
犯人は弓ヶ丘高校の人間だと思う。そうでなければ、僕の靴箱に便箋を入れるのは困難だ。
最近は警備が厳しくなっているし、靴箱には出席番号しか書いていない。教師や保護者から名簿を手に入れればわからないこともないだろうが、そんな面倒なことをしたと考えるよりも、僕がこの靴箱を使うのを見ていた、と思うほうが自然だ。
つけられているならば、そいつを引っ張り出して、やめさせなければならない。小花の為、そう考えると気が引けたが、今は迷っている必要はないと感じた。
では誰が小花を不安な目に合わせているのか。正直、わからないのだけれど……もしも僕らが一緒に帰ったときに犯人がいるのだとすれば。
僕らが歩いていたとき、同じ学校の制服を見かけたのは初日だけ。
前にいた生徒が一人と、後ろにいた生徒は女子生徒、携帯を触っていた男子生徒、三人組みの男子生徒と女子生徒、そしてその影にもう一人、眼鏡の男子生徒。彼らを見たときに犯人が姿を隠せるような場所は、あの道にはなかったと思う。
この中の誰かが、小花をつけているのだろうか……。
便箋の内容から察するに、これは恋愛感情の歪みからきた問題だろう。だとすれば、一番近い位置にいた女子生徒は除外できる。特殊な趣味でもない限り、だが。
次に携帯電話をいじくっていた男子生徒。
これも恐らく、除外できる。電信柱に驚くほど夢中になっていては、つけている意味がないだろう。
では三人組はどうか。三人でつけていた、というのは、まず考えにくい。
便箋には、この手で、と書いてある。この表現を複数の人物が選ぶことはないと思われる。
ならば、その三人の中の誰かが犯人という可能性はないか。二人をカモフラージュに使ったということは考えられる。まず、一人は僕のクラスメイト。つまりは小花のことも知っているということだ。近しい者であるならば、この中で犯人の可能性は高い。だが、流石に僕もクラスメイトであることは彼も覚えているだろうし、名前まで覚えてなかったとしても、この便箋が入れられるまでに知ることはできただろう。
僕宛の便箋を、ユウキタイトなど、知っているはずの漢字をわざわざカタカナで書くのは不自然だ。
僕ならむしろ、お前のことは知っている、と言わんばかりに、一字一句間違えずに書くだろう。
いや、自分ではないというアピールとも考えられるか……。
少し保留して、他の材料を考える。
先ほどの携帯電話の彼と似た理由で、楽しく談笑しながら小花をつけるなど、できるだろうか。
つける、ということを考えてみると、その人の傍にいたいから、だとか、その人の情報を得たいからということになるだろうけれど、他者と話しながらそれを実行するのは難しいのではないだろうか。
ならば三人の中に犯人はいない。
この仮定が正しいとすれば、先の名前の件にも恐らく片がつく。名前をカタカナで書いたのは、文字ではなく、音で僕の名前を知ったから、という答えになる。
となると、残りは眼鏡の男子生徒。三人の陰に隠れるように、歩いていた。
彼を除外する為の情報は距離だ。全く声が聞こえないような距離ではなかったと思うが、あれだけ離れていて、ましてや前の三人組みが談笑しているのでは、僕らの話し声は余程耳が良くなければ聞こえまい。
聞こえていたといても、三人組みの声と混じる訳だから、聖徳太子のような技術も必要になるだろう。だとすれば。
……参ったな、全員除外してしまった。
ならば、つけるなら後ろ、という考えを捨てればどうか。
僕らの前にいた人物は、目的地、つまりは僕の家に着くまでには見失っていたはずだが。
僕は可能な限り、考えるのを止めない。