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賭場にて

賭場にて


「お袋、戻ったぞ」


土産を手に戻った貧乏長屋ではお袋が寝ていた。年相応に体は悪いのだが病気なわけではなく、食べ物と知ると喜ぶ。どこぞの都からやってきた役人の使いは、肴にちょうどいい食い物を持ってくると評判だが俺がお相伴にあずかれることはないと思っていた。今日はたまたま目に留まったのか、いるか?と聞かれているに決まっているからもらって帰ってきた。自分でも一本田楽を平らげて、お袋は年の割にはよく食うが年なので全部とはいかない。もう二、三本残っていると思って手を伸ばすと、ない。お袋は満腹しているが俺は食えると思っていたものがなかったのでめちゃくちゃ足りない。そっと表に出て長屋の裏手に回り、小さな声で呼んだ。


「丸越い!!」


小さな声にしようと思ったのにそこそこデカい。現れた丸越は、田楽をくちゃくちゃいわせながら「俺の分がなくなるだろう」と開き直っている。お前は犬なんだから獣を狩ればいいだろう、主人の飯をくすねるやつがあるか、と怒ったのだが「契約は食い扶持とともにある」という言い分。いつ俺がお前と約束をした!!と言いたかったが主人の飯と言った手前こっちもそのつもりである。あれからいくら追い出そうとしても丸越は出て行かない。本人的には出ていきたいらしいのだが出ていけなくなり、爺様の形見の刀を金槌でへし折れば出ていけるかも、などと抜かすので本気で殴るの繰り返し。俺の刀は殴る分にはそこそこ効くらしく鞘に入れたままぶん回してどついたら丸越が怖がる。だんだん丸まって動かなくなっていくので話にならず、今日はもうあきらめ気味だった。丸越はもうとっくに諦めているので、金がないから食えないというのなら妙案がある、と言い出した。町の外れに、賭場がある。あそこで儲けさせてやろう、なんて向こう見ずなことを言う。そんなイカサマで金子がもらえるか、そもそも元手がないのにとごねていると、仕方がないと飛び上がりくるりと一回転、着地した丸越は人の姿になった。元手もついでに工面してやる、と賭場に上がり込む丸越。何をする気だろうと思ったがろくなことはなさそうなので逃げる準備だけしていた。


しばらくして、男が一人ほくほく顔で出てきた。おう、兄さん!これ!とまとまった銭を渡されて困ったのだが、いわく男はこうすると次も勝てるという。負け続けてもう帰ろうとしていたときに、頭の中で声がした。三回丁に賭けろ。勝たせてやる。そんなバカなと思いつつ三回丁に賭けたら全部当たってむしろ勝ちで終わり、表にいる男に恵んでやれば次も勝てると言われたらしい。男は上機嫌で帰っていき、丸越が現れた。元手ができただろう、と言われて断る理由がなくなったのだが、お前は次あの男が博打に来たらどうするんだ?と聞いたら「博打だから負けるだけだ」とそれもそうかという感じのことを言われた。今日負けるか次負けるかの問題で、次負けるときは大負けしそうだが本人の責任と言われたらそんな気もする。アホの丸越に丸め込まれ、俺は賭場に入った。


賭場に入ると、丸越は姿が見えず俺は一人博徒の間に並んだ。丁半の壺振りは、よござんすね!と周りに聞くのだが、よくない。俺は金がないから博打ができないという筋金入りの貧乏なので賭け方がわからない。丁と半が何でこう出すくらいの知識しかなく何から入ったものかわからない。耳元で、丸越に声がした。「半だ」と言っていたので癪だから丁にしたら、勝てた。丸越がこっち!こっち!と言うとだいたい逆になるという法則があると気がつき、絶対ではないがだいたい勝ちに進む。わざと逆に言っているのだろうか。でも最初の男は言う通りで勝てた。丸越の運気というのは、三回出目を言い当てたら終わるらしい。だからあとはほとんど思う通りにはならず、ヒラで打つよりも率が悪い。逆に貼ったら7割がた勝てるといういい流れ、こっちはいい気分だが相手はそうでもない。壺振りが変わり、何かしているのではないかと新参者の俺を怪しみ始めた。


壺振りの世界では生粋で通っているという男は、大勝負と行きませんかと持ち掛けてきた。今は流れがいい、やってやろう。くくくく、とちょっとおかしくなり始めたが初めてなので気がつかず、俺と壺振りはサシ勝負に入った。賽に壺が被り、さあ!と気合の入った声で壺振りは俺をにらんだ。よーし、と思っていたら、声がしない。え?あれ?と思っていたら聞こえてきたのは「もう知らん」。言うことを聞かないからってへそを曲げ始めた。そしてやる気なさそうに「半でいいんじゃねーの?」。そういう今までと違う傾向のことはやめてくれ!ここまでの勝ち金が積もった大勝負で、俺は手持ちの銭をほとんどなくして帰ることになった。


丸越が、半にしないからだと帰り道でつぶやいた。今は横に並んで、犬の姿をしているが他の者には見えないらしい。いい流れだったのに、なんで!と言っていたら、逆だからだと知ったようなことを言う丸越。あの壺振りは、他の連中とはどこかが違う。どこと聞かれたら、おそらくは本人も知らない。何かが壺振りを、変えているのだという。だから他の壺振りのときは当たらなくてもあいつのときはそうでもない、と丸越が最初に賭場に入ったときは壺振りが違ったという重大情報を今さら教えられて手遅れもいいところ、なんで言わないんだ!と聞けば後で気がついたからだという役立たずっぷり。確かこいつは南蛮の魔物のそこそこの地位だと言っていたはずだが、なぜこんなにも抜けているのだろう。ただただ肩を落として、俺は帰っていった。


情けない、相手は賭場の筋者だからって!!とバカにしてきたのは幼馴染のお恵。一応は客商売だからここぞ以外は匕首も出てこない、刺されやしないんだからゴネればいい!と無責任極まりないことを言う。お前はその場にいないからわからないんだ、あいつが匕首を手に取ったら降参しないと死んでしまう。そんな危ない筋者が、あの賭場にいただろうかと不思議そうだった。なんでもお恵はめっぽう強いのでたまに賭場に出入りしているのだが、普段はそこまで乱暴な者はいないらしい。どういうことだろう、と俺とお恵はおろか丸越までつぶやいているのが聞こえた。お前がこの手のことをわからなかったら何ができるんだよ。


しばらくの後、賭場が開いていないのが気になった。壺振りの一人が、何かをやらかして姿を消したという。岡っ引きが血相を変えて駆け回っているが、何があったのかよくわからない。……俺は不思議な縁というか、余計なお節介で壺振りの身を案じた。だが、丸越はどうでもいいようで。どの壺振りというのは定かではなく、会ったことのない者なら案じても仕方がないだろう、とごもっともな高説だが、そういう問題ではない。知った以上、知っているかもしれない以上、何もしなくていいということはない。そんなときに、岡っ引きが何かをしたという話があった。思った通りだ、と俺は走り出した。


壺振りの身体はもう棺桶に入っていた。最後に顔を見たい、などと言える立場であるはずがなく。震える俺を見て、丸越が言っていた。笑ってやれ。何を貴様!と言ってやりたかったが、丸越にふざけた様子がないのを見て怒れなくなった。なぜあの壺振りが人と違うのか、丸越は知っていた。


「笑わねえからだ」


おそらくはいつも怖い顔をしていたのだろう。それが普通になって、何も感じなくなって疑問も持たない。頭とともに体が壊れ、いつしか人をやめていく。誰もが、そうなるかもしれないのが人なのだという。俺は、涙をこらえて笑うことができず、みっともない顔をしていたのだという。


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