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無限の明滅の中で見ていた空が“スーっ”と地上に落ちてきた  作者: 豚煮豚


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 そこまでのお金はない僕たちは正午辺りの時間に散歩をしていた。どこかへ遊びに行くことがなくても十分だった。懐が寒いからと言って灰心喪気(かいしんそうき)な心持ちになる必要はない。なにが不幸なのかと聞かれれば不幸であることだと答える。つまりは不幸であると感じなければあらゆることは幸福になり得るのだ。幸福に執着している僕はそんなことばかりを念じていた。宗教よりも厳密に幸福だけを追い求めていた。




 都会の中でも静かな場所を散策しているとそこには喫茶店があった。建物の外に置かれている陶器の犬はマスクをしていた。昔日(せきじつ)を思わせるような蔦が外壁を装飾している。焦げたような色味をした経年劣化もそこには見られる。誰かが幾度となくこの場所で喫食してきた形跡がそこには見られた。そんな場所の前で足を止めた君は指示待ちの僕に話をした。そして警戒心のような物が見えない彼女は知らない喫茶店に入っていった。「この場所に入ろう」ということを言われた僕はそれを了解したのだ。着いていくしかない僕は怯えていた。自分の知らない世界へ足を踏み入れることは恐怖だ。そんな恐怖のことを彼女はどう思っているのだろうか。




 モーニング文化が根付いている土地から来た君。知らない喫茶店に入っていくことができる彼女。そんな彼女と足を踏み入れた喫茶店は落ち着いた雰囲気。木造を基調にした店内はオレンジの間接照明に照らされていた。吹き抜けになっている空間は三階までが繋がっている。色褪せたステンドグラスがある天井付近。その三階には数席しかない様子。シーリングファンが近くにあるその席は快適そうだった。風車のように繰り返しをしているそれは高い場所にある。入ってすぐにはレジスターがある。カウンターには主要な電子マネーに対応していることを表すマーク。思ったよりもシステマチックに作られているお店のようだ。喫茶店好きが理想のそれを目指して作った店のように感じる。




 店内に入った僕たちは店員に席へ案内される。三階に惹かれていた僕が辿り着いたのは二階の窓辺だった。外にはブラインドが下ろされた雑居ビルの一室が見えている。どこか懐かしい気持ちになりながらそれを眺めていた。飲む物が決まっていた僕たちは座りながら注文を済ませる。その一方で手慣れた彼女は革を模したカバンからカメラを取り出した。そして、それをいろんな所へ向け出す。シャッター音がすることすら気にしている様子はなかった。その天衣無縫(てんいむほう)さは端から見てると“ヒヤヒヤ”してしまう物だ。誰かの不快になってしまっていないか不安な僕がいた。喫茶店の茶色しかないステンドガラスをカメラで撮影する君。中には赤に近いような色もあったが全て茶色になっている。カラフルだった色彩が時の流れで洗練されたのだ。それを見ると思ったよりも歴史がありそうにも見えた。しかし、それはどこかから運ばれてきた物かもしれない。雰囲気を作るために存在する記載かもしれない。文脈に『歴史』と記載するためだけに存在する価値かもしれない。




 しばらくして店内でリラックスできるようになった。彼女はブラックコーヒーを飲んでいる。普通の人よりも少しカフェインに過敏な僕はカフェオレにしていた。朝であれば夜に影響は出ない。が、これくらいの時間になると眠りが浅くなってしまう。過敏であるならば飲まなければいいのにと思う。それでも彼女とこうしている時間が好きだった。喫茶店に入る時間ではなくてコーヒーを飲む時間だ。わざわざ向いてないコーヒーを飲むのは主に心のためだ。多少は眠れなくなったとしても構わないのだ。そんなことなんて些細なことでしかなかった。自分の心証風景が美しくなるのであればそれでいい。それが全てだから。




 ゆっくりしながら創作意欲溢れる彼女が今撮った写真データを何個か見た。その中には当然のように汚い僕が写っている。こんなに素晴らしい作品の中に明確な汚点が存在した。それを見ると自分という存在が明確に嫌いになる。思えばカメラが好きな君が役者になりたいというのは必然だった。なにかを表現したいという気持ちが元々あったのだろう。でも、カメラではそれが足りなかったから役者になった。ということは、役者として成功しなくてもなにかを続けるのだろうか。もし仮にそうだとしたら次はどんな夢を見るのだろう。その夢を失敗すると決めつけている意地悪な僕は応援できるのだろうか。できれば、応援できるような夢を持ってほしい。それは自分のことしか考えていない僕のエゴでしかないか。




 貧乏人らしく、長居をしてから外に出た。そして、その外観をもう一度眺める。蔦が生えた喫茶店はよく燃えそうだった。最近の冬のような気候ではそれは脆そうだ。これは夢幻泡影(むげんほうよう)な記憶であると思った。夢か現実かわからないような儚い記憶だ。一度死んだら復然(ふくねん)しないような、底に溜まるような灰だった。



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