見当違い
※この物語は全てフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
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多角経営をして羽振りの良い友人から「お前のカミさんと一緒に来ないか」と下世話にナイトプールに誘われた。
ナイトプールは前から知っている。若者たちが光るプールに浮輪で騒ぎ酒を呑む娯楽施設だ。生憎ながら猫の額程度の畑で兼業農家をする私たち夫婦は生来のカナヅチで、そんなに周囲に誇るべき鍛えた体形でない事を友人は知っている癖に厭味で言って来たのだろう。
またそこが空いてきたらな、と少し意趣返しに言って断って数週間。彼からまた会えないかと連絡があった。今度は深刻な声であった。珍しいと言うか初めて聞く弱々しい声であった。
私の畑の近くの大衆食堂へ行くと彼はめっきり痩せていた。派手な服を着て指環をじゃらじゃらとさせて満艦飾の軍艦を擬人化したような友人の姿とは思えない。
「どうした」
「ナイトプールがえらい事になった」
開業したナイトプールで怪現象が続いているという。酒のグラスからは虫が湧き、照明の電球が一斉に割れ、水の中で足を引っ張られた女性が数多く――一緒に話を聞いていた私の妻が怪訝な顔をして知り合いに連絡しようかと言ってきた。
◇ ◇ ◇
「水の流れを断っておりますな」
営業終了後のナイトプールに着くなり妻が呼んだ霊能力者を自称する男性が言った。霊能力者と私と友人、施設の責任者の四人。
施設の裏手に回ると藪の中、かき分けると古井戸があった。驚くべきことに石で埋められていた。
責任者が言い訳をする。工事で撤去しようとすると事故があって無理矢理埋めた、と。
とりあえず、お祓いをして「原因は水に棲む生物の祟りですな」と霊能力者は去っていった。
後日、私の畑に警察がやってきて友人が行方不明になったので心当たりはないかと訊ねられた。あの石詰めの井戸を話すと彼の言葉を借りれば「えらい事になった」のだった。
井戸の傍に山積みの石があり、そこには彼の死体。井戸の中には着物姿の〝屍蝋〟の女性が存在していた。
〝屍蝋〟――腐敗菌が居ない状態で死体の脂肪が時間を経るにつれて蝋状と化して〝生ける死体〟のようなものになる。湿った井戸の底には、まるで昨日身投げしたような〝新鮮な死体の美女〟が足を折って座っていた。眠るように穏やかな表情を見せて、口元が笑うように少し上がっていた。
――「水に棲む生物の祟りですな」、とんだ見当違いだった。
理由は解らないが、推測するに古い時代に身投げした女性の祟りだった。恐ろしい事には石で埋めたにも関わらず女性は姿形を保っていた事だった。