晧の章 ボーイズ、放課後を駆ける(2)
「晧、何彫る?」
背中合わせに、隣のテーブルに座っていたリュカが突然僕の肩をつついてきた。
「僕は……そうだな、スタージェットとか……」
工場のことを考えていたので、急にリュカに問われた僕は反射的にそう答えていた。
スタージェット? と面食らうリュカにまずかったかなと顔を上げたら、リュカの隣に座っていたニックまでもがスタージェット! と大声を出した。周りのクラスメイトたちが何人か振り返った。
「晧、お前まだそんなこと言ってるのかよ」
ニックはリュカを押しのけて、僕の方へ身を乗り出してきた。その細い目を歪めて僕を見下ろすさまに、隙を見せてしまった後悔と、またかという辟易の気持ちがわいた。
「そんな幼稚園児が喜ぶような番組、まだ好きなのか? お前、ほんと赤ちゃんだな」
周りに動揺が走るのがわかった。
男子を正面切って赤ちゃん呼ばわりするなんて、これは最上級の侮辱だ。ここまで言われて、喧嘩を買わないやつは腰抜け扱いされる。
「今観てたからって、ニックにとやかく言われる筋合いはないよ」
僕が冷静にそう言うと、ニックは目を怒らせて僕に詰め寄ったが、先生の「そこ! お喋りしてないで手を動かしなさい!」という声で動きを止めた。
舌打ちを残して席に戻っていくニックに、僕も背を向けて自分の手元に目をやった。周りはほっとしたようでどこか残念そうな空気になったけど、気にしないでおくことにする。
リュカが僕を遠慮がちにつついて、口の形だけで「ごめん」と伝えてきたので、僕も声を出さずに「大丈夫」と答えた。別にリュカのせいじゃない。
ニックは幼稚園からずっと同じクラスで、いわゆる幼なじみという間柄ではあるけど、何かと僕に突っかかってくるので関係はあまりよくない。普段はほとんど話もしないのに、どうにか隙を見つけては僕を攻撃してくる。
どちらにせよ板で立体的なものを彫るのは無理があると思い、僕は妹に何か作ろうと思った。彼女の好きな鳥や四つ葉をモチーフにしたものなら何とかなりそうだ。
「可愛いの作るのね」
板に下描きを終えると、向かいにいるユイが声をかけてきた。「ランちゃんにあげるんでしょ?」
僕はうなずいた。ユイも幼なじみなので、妹のことも知っている。
「晧はいいなあ、絵上手いもん」
ユイは絵が得意ではないので、工作の時間は居心地が悪そうだ。僕は時折、手伝ってあげることがある。でも今日は同じテーブルに何人もが同席しているので、手を出すのは難しい。
ユイもそれがわかっているのか、頼んでは来ず恨めしそうな顔で自分の書いた猫の絵を見ている。いや、犬かも知れない。