瀬戸の章 ボーイズと流星の夜(4)
眼下で、ふっと遊園地の明かりが消えた。
それに続いて、山の中の他の小さな明かりも消える。地上に何の光もなくなって、高度の感覚が覚束なくなる。俺は反射的に高度計に目をやった。……高度八百五十メートル。
突然、左翼側ががくっと沈んだ。
俺は慌てて安全バーをつかんだ。右翼側にいた晧が肩にぶつかる。
「え、何?」
体勢を素早く立て直すと、晧はエンジン計器表示に目をやって顔色を変えた。
「回転数が」
それを最後まで言うことはできなかった。スタージェットは揚力を失って落下し始めた。
「晧!」
俺は下からの風に吹き上げられそうになりながら、なりふり構わず叫んだ。「エンジン、もう一回つけろ!」
「つかないんだ!」
晧の返事に、俺は内臓がひっくり返ったような恐怖を感じた。足が床からわずかに浮いた気がした。
「瀬戸、予備電源!」
有太が、俺を押さえつけて怒鳴った。
固まってバーから離れようとしない左手を無理やり引きはがして、俺は操作パネルの下に作ってあった、サブエンジンのボタンに触れようとした。が、風の抵抗で指が定まらない。
有太が俺の代わりに屈んでボタンを押した。落下速度が急に遅くなり、叩きつけられたような衝撃で俺たちは全員床に転がった。
「晧、原因調べてくれ!」
俺は起き上がれないままそう叫ぶと、どうにか膝をついてコクピットの計器類を見た。
サブエンジンは搭載してある。だが、それはあくまでもメインエンジンを補佐する程度の能力しかなく、単体で上空八百五十メートルの飛行を維持することはとてもできない。
メインエンジンが動かなければ、この高さから墜落することになる……俺は血の気が引くのを感じながらも何とか立ち上がった。その瞬間、機体が大きく右に揺れた。
「駄目だ、増幅器からエンジンに指令が伝わらない!」
今度は左翼側にいた俺が晧にぶつかった。晧の顔は暗い中でも分かるほどはっきりと青ざめている。
「ネットワークが繋がらないよ!」
「高度を下げる!」
俺は再び高度計を見た。高度七百三十二メートル。山上遊園地まで、あと百メートルもない。
「晧、機体を西へ向けろ! 有太、空き地だ! 平らな場所を探せ!」
二人が反応するより早く、コクピットが大きく傾いだ。操作パネルに思いきり身体をぶつけたが、痛がっている余裕はない。
とにかく、遊園地の上に落ちるのは避けたい。こうなったら、高度を下げつつ山と俺たちの住むエリアの間にある、未開発地域の空き地に軟着陸するしかない。
晧は素早く機首を南から西へ向けた。俺は足元のペダルを踏んで、高度を少しずつ下げていく。
スタージェットは滑らかに下降する瞬間もあったが、何度も突然がくんと高度を下げ、俺はその度に胃の中が逆流しそうになった。座席も壁もない、辛うじて腰に命綱がついているだけの状態で地面に激突すればどうなるのか、考えたくもない。
俺は生への執着がない。常々そう思っていたが、落下への恐怖に直面するとそれも疑わしくなってくる。何だ、生きていたいんじゃないか、と思うと、こんな時だと言うのにおかしさがこみ上げてきた。
自分のことはともかく、と俺はまた高度計に目を走らせる。晧と有太が死ぬのは嫌だ。それだけは絶対に、嫌だ。




