瀬戸の章 ボーイズと流星の夜(3)
「あ、見て!」
晧が南の空を指した。白い光がひとつ、緩く弧を描いて山の上を飛んでゆく。
「あっちもだ」
有太が指した星はさっきのよりもっと眩しく、速い。強く激しい風が鳴る中、遠くで音もなく静かに流れていく星は非現実的な眺めに感じられる。
「晧」俺は晧のシャツの袖を引っ張って、注意を促した。「下」
下に目をやった瞬間、晧は歓声を上げた。
「遊園地だ!」
真夏の今、遊園地は夜中も営業しているらしい。二百メートル上空からでも、観覧車の円や、ジェットコースターのレールが光っているのがよく見えた。
山にはいくつかのささやかな光が点在しているだけでその他は暗く、遊園地だけが燦然と輝いている。
「いい眺めだな。神様にでもなったみたいだ」
有太が言った。「お前の夢、いいな、晧」
「うん」
俺はスタージェットをホバリングさせた。あとはここで流星群を待てばいい。
「おい、泣くなよ、薄荷ボーイズ」
「泣いてないけど、泣いたっていいじゃないか、今は」
晧は鼻声で言って、俺と有太にそっと腕を伸ばした。
有太ほど手足が長くない晧では俺たちを抱え込むまではいかなかったが、それでもその腕は俺の背中にしっかりと回った。有太は脇腹に手を触れられて、くすぐったそうに身をよじった。
「ありがとう、二人のお陰だよ」
「全員の力だろ。誰が欠けても駄目だって言ったのは晧じゃねえか」
有太が優しく言った。「薄荷ボーイズ、空へ行くの巻。叶っちまったな」
「うん……瀬戸、有太、ありがとう。僕……」
晧はうつむいて、小さな声で言った。「これからもずっと一緒だよ」
「……ああ」
有太の返事までのわずかな間で、俺にはその気持ちが手に取るように分かった。分かった、と思った。
中学に上がったら、晧はだんだん工場へは来なくなる。友人も増え、学校生活がもっと忙しくなり、今とは考えも変わるだろう。底辺にいる俺たちとつるむ理由など何ひとつない。
面と向かって有太にそう言われた晧の顔を想像すると、俺は思わず顔を背けそうになる。
言った有太もきっと傷つく。俺はそれを和らげる言葉を持たない。有太は実際には口にしないだろう。
でも、何も言わず心に全てを秘めたままでいるであろう有太のことを考えても、俺はやっぱり心がざわついた。
その時、視界の端に白い光がよぎった。そちらに目をやった俺たちは、ほとんど同時に叫んだ。
「流星群だ!」
南の空は、一斉にフラッシュを焚いたような輝きで直視できないほどだった。無数の、無数としか言いようのない途方もない数の星が、光の束になって山の上を横切ってゆく。
それは怖ろしさすら感じる眺めだった。流星群について、流れ星が多く見える夜空という程度の認識しか持っていなかった俺は束の間言葉を失った。
「流星雨になるかもって聞いてたけど」
晧が、押し殺した声でささやいた。「これ、流星嵐だ」
星は、南の方角から途切れることなく降り注いだ。
俺たちの頭上も、数えきれない光の筋が通ってゆく。視覚の眩さと聴覚の静けさの均衡が取れず、俺はしばらく動けなかった。
「世界の終わりみたいだ」
有太の言葉に、それだ、と思った。見たこともないのに何がそれなのか自分でも分からなかったが、そう思った。痛いほど静かで、怖ろしく美しい。




