瀬戸の章 ボーイズと流星の夜(2)
「今、何時だ? 流星群は午前三時なんだろ?」
「……あと七分!」
晧が必死な目で俺を見た。
「瀬戸、裏口開けて! 僕がエンジンかけるから!」
その声で、俺も正気に戻った。返事する間も惜しく作業室へ駆け込む。
裏口は全面、格納庫扉になっていて、作業室から操作すれば全開放できる。俺は震える指でパネルを操作し、扉が動き始めたのを確認するのもそこそこに駆け戻った。
工場の中で、スタージェットは床から約五十センチの距離に浮いていた。
有太が伸ばした手をつかむと、スタージェットに引っ張り上げられる。ここまでは何度も試運転で経験したことだ。この先は未知の領域となる。
腰にベルトをつけると、晧が行くよ、と小声で言った。俺と有太はああ、と同時に返事をし、翼の根本にある安全バーを握りしめた。
その途端、スタージェットは凄まじい勢いで発進した。
さっきつけたばかりのベルトががちっと鳴る。最初の反動をやり過ごし終わらないうちに、スタージェットは裏口を飛び出した。
耳元で鳴るのが、エンジン音なのか風の音なのか分からない。俺は真ん中で操縦桿を握る晧の方へ身を乗り出して叫んだ。
「晧、逆だ! 東へ飛べ!」
格納庫扉は西向きだが、目指す山上遊園地は東にある。このままでは市街地に行ってしまう。
「待って、旋回……まだ一度もやったことないよ!」
晧が悲愴な顔で操縦桿を握り直した。その手の上に、有太が自分の手をのせた。
「落ち着けよ、旋回だけじゃないだろ。全部初めてなんだからさ」
言い終わらないうちに、有太がぐっと力を入れて操縦桿を左に傾ける。
一瞬高度が下がって肝が冷えたが、その後すぐに機体は旋回を始めた。遠心力で右方に吹っ飛ばされそうになり、俺はバーをいっそう強く握った。
「度胸あるね、有太」
「いきなりフルスロットルにする晧ほどじゃないけどな」
無事に旋回し、スタージェットは東へ向かい始める。俺はようやく操作パネルを見る余裕が出た。出力を調整し、速度を落とす。初速のようにぶっ飛ばしたんじゃ、息もできない。
「加減が分からなかったんだよ」
晧は口を尖らせたが、すぐに表情を改めた。「あと三分だ」
機体が安定して一定速度で上昇を始めると、エンジン音はほぼ聞こえなくなった。
風を切る音を耳元に感じながら、俺は眼下に広がる街並みを見た。ぽつぽつと見える灯りは工場と家のあるエリアだ。
黒々した山の中にも、ところどころに何かの施設らしき小さな光がある。こんな高い場所から街を見下ろしたのは初めてで、眩暈がした。




