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瀬戸の章 ボーイズ、夏に集う(3)
「おれさ、あいつの家の話、けっこう好きだよ」
晧が帰った後、丁寧に楽器を拭きながら有太は言った。
「おとぎ話みたいだろ。触るとあったかそうだよな」
「……ああ」
俺が応じると、有太は手を止めた。
「なんか、晧にはいつも楽しそうにしていてほしいだろ? おれの勝手な気持ちだけどさ」
優しい家族に居心地のいい家。慈しんで育てられた晧の唯一の憂いは、友人である有太や俺の家庭環境がひどいことかも知れない、と俺は思った。
もっとも、俺に至っては有太と違って家庭と呼べるものすらないが。
晧は俺たちといるせいで、自分が恵まれていると知っている。そして、それを恥じている。
それから、かすかな憧れも持っている。でも、それを口に出さないだけの……何だろう。優しさなのか、賢さなのか。
俺は小さく息を吐いた。有太はぱたん、と楽器ケースを閉じた。
「じゃ、また明日な」
有太が立ち上がった。俺は作業から目を離さなかったが、おう、と返事をした。
「サンドイッチ、美味かったよな」
俺が言うと、有太はほんの少し笑った、ような気配がした。




