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瀬戸の章 ボーイズ、夏に集う(2)

 その日から、俺は仕事以外の時間を全てスタージェットにつぎ込んだ。


 分かっている。技術ではなく、出力が足りないのはどうしようもないことは。ただ、言ってしまった以上何の努力もしないというのも嫌だった。


 嫌だったが、無謀すぎる挑戦に腹が立った。なぜこんな非合理的なことをすると言ってしまったんだろう。


 晧は通常、平日にしか来ないが、週末も顔を出すようになった。晧が父親から借りてきた専門書を手分けして読むのが俺たちの新しい日課になった。


 しかし、専門書は言い回しが独特で解読が難しい。図解がついているのでどうにか理解している状態だ。まだ、その中から役立つ情報は見つかっていない。


「あの、これ……家から持ってきたんだ」


 俺と有太を窺いながら、晧がデイパックから恐る恐る包みを取り出したのは、もうすぐ八月になる土曜日の午後だった。淡いミントグリーンの紙包みをいくつも、俺たちの前に並べる。


「ママがたくさん作ったから持って行ってって言うから、さ……」


 声が少しずつ小さくなるのを遮るかのように、有太が晧にずかずか近付いてゆき、包みに手を伸ばした。


「何、サンドイッチ? 美味そうじゃん」


 食っていい? と顔を覗き込んでくる有太に、晧はほっとした表情で頷いた。


「……うん、美味い。瀬戸も食えよ」


「ああ」


 歩み寄ると、晧が包みを手渡してきた。「これ、瀬戸が好きそうなの」


 俺はその包みを受け取って開いた。中身はハムとチーズだ。


 一口齧る。晧がこちらを気にしているのが分かったので、「美味い」と言う。晧はようやく微笑んだ。


 安いハムや売れ残りのチーズの切れ端をパンにのせてよく食べているんだが、晧はそれらを俺の好物と思っているのかも知れない、と二口目に気付いた。まあ、訂正する気もない。


「おれ、こんな難しい本読んだの初めてだよ」


 有太は二つ目のサンドイッチを手にしながら、俺の横に座った。「頭が痛くなる」


「専門書だからね。僕も、知らない言葉がたくさんあって読むのに時間がかかるよ」


 俺も有太も学校へ行ってはいないが、字は読める。俺はかつてここに住んでいた年長の仲間たちに教えてもらった。有太はバーのマスターに教わったらしい。


「これ、美味いな」


 有太はまじまじと手の中のサンドイッチを見た。「お前の母ちゃん、料理上手なんだな」


「それ、ローストビーフとポテトサラダだよ。うちでも人気の組み合わせなんだ」


 晧は有太の手元を見て、笑みを浮かべた。「気に入ってもらえてよかったよ」


「ローストビーフはたまにバーでも食うけどさ。ポテトサラダと合うとは知らなかったな」


 昼にはなくなってしまうものを、きちんと包装して綺麗なシールを貼ってあるあたり、晧の家族がどういう生活をしているのかがよく見て取れる。


 俺はハムとチーズがみっちり挟まったサンドイッチをもう一口齧った。


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