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有太の章 ボーイズ、夕闇を歩く(5)

 おれはとりあえず自分がもらった分の包みを開いて、口に入れた。濃いはちみつの香りが一瞬で口中に広がる。かなり固いが、わずかにキャラメルのような弾力がある。美味い。


 舌の上で飴を転がしながら、おれは瀬戸が道具箱を広げるのを見ていた。今日のおれはそんなにひどかったか、と一日を振り返ってみる。


 かばわれると、自分の至らなさが情けなくなる。でもそれは同時に心があたたまることでもある。誰かに気にかけてもらえると、どことなく気分が浮き立つ。


 瀬戸や晧に会うまで同年代の友達というものはいなかったから、友情についておれは実はよくわかっていない。


 だけど、この琥珀玉はきっと、晧の親愛の情だろう。自分の分もおれにくれた瀬戸の行動も、きっと。


 もっと小さい頃は、熱を出したおれに父ちゃんがミルク粥を作ってくれたことがあったな、とおれは思い返した。


 おれはよく熱を出す子どもだった。今は滅多に寝込むことはない。もし今、おれが熱を出したら父ちゃんは看病してくれるんだろうか。


 日が少しずつ、かげっていく。


 晧が帰った後の工場はひどく暗く見える。それでおれはいつも思う。これが、本来おれがいるべき場所だって。 

 そしてちょっと切なくなる。夏が終わる時の気持ちに似ている。


 おれはマスターの言葉を思い出していた。


 父ちゃんはいつまで働けるだろう。楽器を吹けなくなったら、今よりもっと悪い状態になることは容易に想像できた。


 その頃にはおれが今の父ちゃんくらい稼げるようになっているのだろうか。バーから戻った俺を、飲んだくれた父ちゃんは温かく迎えてくれるだろうか。


 無理だろうな、とおれは思った。殴られるところしか思い描けない。


 それとも、おれも酒びたりになって誰かを殴るようになるのだろうか。


 おれは作業に没頭する瀬戸の背中を見つめた。


 瀬戸はやせっぽちで、おれたちの中では一番小柄だ。でも後ろ姿から感じられる意志の強さが、おれは好きだ。


 瀬戸は嘆かないし、決してあきらめない。なにも言わないけど、色んなことを考えている。その集中力をずっと見ていたくなる。


 瀬戸、とおれは邪魔にならないよう、聞こえないくらいの小声で呼んでみた。


 排気管をがんがん叩いて調整しているから耳に入らないだろうと思ったのに、その金属音に紛れてなんだよ、と返事する声が聞こえた。なかなかの聴力だ。


「瀬戸、おれは怖いよ」


 思ってもみなかった言葉が口から出て、おれは自分でおどろいた。そんなことを考えていたのか、おれは、と思った。


 瀬戸は一瞬、作業の手を止めた。にべもなく撥ね付けられるかと思ったが、瀬戸は振り返っておれを見た。そして言った。


「俺もだ」


 それ以上なにも言わず、瀬戸はまた作業に戻っていった。その小さな背中を見つめながら、そうか、と思った。そうか、瀬戸。そうだよな。


 おれは瀬戸を抱きしめたくなった。


 しなかったけど。


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