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有太の章 ボーイズ、夕闇を歩く(2)

 日がかげり始めた中を、おれは家まで歩いた。

 今日は週に一度の休みだ。父ちゃんは多分、いや絶対飲んだくれているだろう。


 開ける途中で必ずひっかかる扉をぐっと部屋に押し込んで、おれは家の中に入った。


 扉を開けたらすぐ居間だ。父ちゃんはテーブルに覆いかぶさるように座っていた。手の中にはグラスがある。


「ただいま」


 一応言ってみたが、返事はない。おれは楽器ケースを寝室に置きに行った。


 そのまま部屋にいようかとも思ったが、裸電球ひとつしかないほぼ物置のような場所に何時間もいるのも気が進まず、おれは居間にそっと戻った。

 どうせ、日が暮れる頃には父ちゃんは騒ぎだすんだし、初めから様子を見ておいた方がいい。


 父ちゃんは頼りない手つきでボトルの酒をコップに注いでいた。


 「氷、入れるよ」と声をかけると、「いらん」と不機嫌そうに吐き捨てられる。ああ、今日は外れかも知れない、とおれは内心思った。氷のついでにこっそり水を足しておくことができないと、この後の酔い方もおれの望まない方向になることが多い。


 案の定毒づき始める父ちゃんを背に、おれはソファに腰かけている。そしてなんの時間なんだこれ、といつものように思った。


 ただ状況が悪くなっていくのを待っているだけ、なんて。


 そろそろ力づくで止めることができるんじゃないかという気持ちも、なくはない。おれの身長は父ちゃんをもう抜かしているし、昔のように体格差は圧倒的ではないからだ。


 ただ、去年そう思って対抗しようとしたら凄まじい暴れ方をされたので、それを抑え込める自信はない。


 父ちゃんの悪態が激しくなってきた。つまみの入っていたボウルを床に叩きつける。木製なので割れはしないが、この鈍く固い音を聞くとやるせなくなる。


 おれは父ちゃんを刺激しないよう、わざとしばらく反応しなかった。一呼吸おいて、なるべく音を立てずに立ち上がり、皿を拾う。


 そのまま後ろに下がろうとしたら、上から父ちゃんの声が降ってきた。


「なんだ、その目は」


 その目もなにも、その時点でおれは床しか見ていない。ここで目を合わせると逆効果だと思い、黙って後ずさろうとしたら、椅子から半分腰を浮かした態勢で、父ちゃんがおれの脇腹を蹴り上げた。


「どいつもこいつも、なんだって言うんだ!」


 地団太を踏むように、父ちゃんは右足を何度も踏み下ろした。おれは身体に力を入れてこらえた。


 しばらく無抵抗に転がっておいて、おれは父ちゃんが物思いに沈み始めるのを待った。小声でぶつぶつ言い始めるようになった頃、そろそろと起き上がる。


 失敗したな、と思った。止められないなら寝室にいてもよかった。もう少し言えば早く帰宅する必要もなかったはずだ。それなのに、どうして毎回懲りもせずついてなくちゃと思ってしまうんだろう。


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