有太の章 ボーイズ、心に火を放つ(1)
翌日、父ちゃんは案の定テーブルにうつ伏せて寝入っていた。上着が、辛うじて痩せた肩に引っかかっている。おれはそれをかけ直してやった。
立て付けの悪い扉をなるべく静かに引いて外に出る。薄暗い小屋の中とは対照的に、溢れかえる光が目を刺した。
瀬戸の工場に向かって歩きながら、今日は晧が来る日だったな、とおれは思った。
晧はいつものように頬を上気させて、駆けてくるだろう。学校からはかなり距離があるのに。
なぜ走ってくるのか聞いたら、晧は「少しでも長くここにいたいから」と恥ずかしそうに笑った。
その真っすぐさに、いつもおれは心を打たれる。晧はこの午後の陽光みたいな、圧倒的に明るいなにかをおれや瀬戸にもたらす。
だからおれは、自分が薄暗い場所にいることを一瞬だけ忘れてしまう。
工場に入ると、瀬戸がいつもの場所で作業していた。おれはその横にしゃがみ込んで、瀬戸を横目で見た。
「手、いるか」
「ああ、ソケットレンチ取って」
瀬戸の目線の先に転がっている工具を取って来て手渡す。瀬戸はこちらを見ようともせずに受け取ると、ソケットをボルトにはめた。
しばらく見ていたが、瀬戸がそれ以降は黙々と作業をしているのでおれはそっと離れた。おれにも定位置がある。長方形の工場のちょうど中央あたり、南の壁際だ。
楽器をいくら吹いても瀬戸はなにも言わないので、晧が来るまではそうしていることが多い。
さっきのように簡単な作業を手伝ったり、することがない時は雑談もあるにはあるが、瀬戸は寡黙で、二人でいると基本的にあまり会話はない。
やがて入口の戸ががたついたかと思うと、晧が飛び込んでくる。勢いよく開け放った扉からの陽光が、そちらを向いたおれの目をくらませた。




