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有太の章 ボーイズ、心に火を放つ(プロローグ)

 アリア、アリアと涙まじりに呟き始めた父ちゃんの声に、おれはそっと息を吐いた。よかった。今日は当たりだ。


 サー・デイビスの野暮ったいスーツや、気障なプレイのことを罵り始めたら外れだ。その後は大抵食器を床に投げつけるし、止めに入ったおれは高確率であちこちにアザを作ることになる。


 おれは上着を父ちゃんの肩にかけてやった。ありがとう、ありがとうなと涙をぬぐいながら、父ちゃんはおれを見上げた。


「お前の目はアリアそっくりになってきたな」


 そうかい、とおれはそっけなくなり過ぎないように気をつけながら言い、台所でコップに水を汲んでくると父ちゃんの前に置いた。「飲みなよ」


「ああ、アリアもそうやって俺に優しくしてくれてな……」


 年寄りみたいにもぐもぐと口を動かし、やがて父ちゃんの声は不明瞭になっていく。ここまで来たら寝るまであと少しだろう。


 父ちゃんのいる居間とおれの寝室、というより物置に近いその部屋は隣り合っていて仕切りもないから、耳を澄まさなくても声が聞こえてくる。おれはベッドに入り、居間に背を向けて丸まった。


「アリア、おお、俺のアリア……」


 母ちゃんがいたら父ちゃんはこうならなかったんだろうか、とおれはこれまで何百回考えたか知れないことをまた考える。


 でも、結局は選べなかったもうひとつの人生のことを思っても仕方がない。その分岐点はこの先には決して存在しないし、人は過去に戻れないからだ。


 そしてこの件について、おれにはそもそも選択肢なんか与えられていない。


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