元アイドルの異世界事情
ド☆素人が書いています。暖かい心でお読みください。
まぶしいスポットライトが私を照らす。
広いアリーナには私を表す色のペンライトが揺れ、ところどころ私の名前を呼ぶ声も聞こえる。
どんな角度から見てもかわいく、美しく、かっこよくなるように踊り、歌う。
それが私の職業、まあ、平たく言えばアイドルだった。
もともと弱小事務所の地下アイドルだった私は、ある時SNSの動画コンテンツでバズッた。毎日私の曲を聞かない日はないくらいだった時、大手の芸能事務所からの引き抜きのオファーがやってきた。厳しいレッスンを乗り越え、練習生期間が終わり、晴れて新人アイドルグループの一員としてデビューを果した。
最初の数年は売れずに地下アイドル時代のような生活が続いたが、だんだん知名度が上がるにつれてライブなどいろんなお仕事が増えていった。連れてアンチコメントや嫌がらせの対処も地下アイドル時代の知名度も相まってか、グループ内の人気総選挙では一位を獲った。
だが、そんな日は長くは続かなかった。
仕事終わり、近所のスーパーに夜ご飯の買い物に行こうと家を出たら、背中に激痛が走った。
気づいた時には血だらけで、通報するほどの気力は残っていなかった。
今思えば、あれは過激ファンに刺されてしまったのだろう。
もうアイドルなんてやらない。
そう、思っていたのに、、、。
今、私の目の前には怪しげなおっちゃん、もとい、劇団の支配人がいる。
私が死んだあと、いわゆる異世界転生を果たした私は村の小さな家族にただのマリーとして生まれた。前世の記憶に悩むこともあったが、元気に、すくすくと育ち、一緒に畑を耕したり、狩りをしたり、森の中で歌ったりしてまったりスローライフを送ろうと思ていたのに、だ。この劇団の支配人とかほざくジジイ、、いや、紳士が
「なんときれいな歌声なのだ!ぜひ、わが劇団に入っていただきたい!」
と年甲斐もなく、少年のように目をキラキラさせて私の方へ突撃してきたのだ。とっさの脊髄反射でカウンターを放ってしまった私は悪くないと思う。
すぐに一部始終を見ていた母が駆け寄ってきて、家に招き、とりあえず話を聞くことになった。
「大変申し遅れました、私は帝都にあるラビリンス帝国劇場の支配人、ロバート・ウィルソンと申します。たまたま馬車で通りかかったら、なんとも美しい歌声が聞こえてきてね。私の心が一瞬にしてわしづかみにされてしまったよ。いやぁ、急な申し出であることは重々承知の上なのですが、ぜひ、お嬢さんを劇団に招待させていただきたい!」
誰かこのじぃさんを止めてくれ。助けを求めるようにして母に視線を移す。母は小さく頷いた。
「あの、こう言ってはなんですが、娘は容姿端麗というわけでもありませんし、社交界の厳しさを知らないただの甘ったれた村娘です。親心としては、不安定な職業に就くよりも村にいて家業を手伝ってほしいというのが本音なのですが、、、。」
「ご両親のご心配はごもっともですが、お嬢さんは村で眠らせておくにはもったいない人材だよ。これは十年に一度、、いや、半世紀に一度の歌姫になる可能性を秘めた、ダイヤの原石と言っても過言ではないですぞ!それに、劇団といっても、しっかりレッスンは行いますし、長期休暇などで村に帰ってくることもできますぞ。なあに、そんなに心配はいりません。安心して私に任せてください。」
心配そうに父が私の方を向いた。
「マリー、お前はどうしたい?」
正直すごく不安ではある。また刺されるんじゃないか。またアンチにも耐えなければまらない。だけど、興味もすごく湧いている。それに純粋に私の歌を評価してくれているジジイにも一矢報いたい。また、できるならあの光輝くステージに、立ってみたい。
「、、、私、ステージに立ちたい。私の歌でみんなを笑顔にしたい!
ロバートさん。いえ、支配人さん。私を、一流の歌手にしてください!」
気合を見せるために思い切り頭を下げた。すると、頭上からフッと笑う声が聞こえて、顔を上げてみると、ジジイは微笑んで手を差し出した。
「劇団に入ったことは絶対に後悔させないですぞ。もちろん簡単とは言えない道だが、私が必ず帝国一の歌姫にして見せよう!」
私はその言葉を聞いて、その手を強く握った。
そうして硬い握手を交わした三日後、私とジジイは帝都へと旅立った。
帝都での生活は決して楽なものではなかった。早朝からレッスンが詰められ、劇団の手伝いや時に端役をこなしながら、夜は生活費を稼ぐために飲食店などでバイトをする。
目の回るような忙しさの中で、時たまどうしようもない不安に駆られる。店の戸締りを手伝いながら、ため息をつく。
「本当になれるのかなあ。」
「ん?何が?」
「ほんとに歌手になれるのかなって。」
「そりゃなれるわよ!あんだけきれいな歌声なんだもの。まだ時が満ちてないだけよ。」
彼女は同じ飲食店で働くジュリアと名乗る女性で、美しい金色の髪に碧眼を持ち、本人曰く没落した貴族の末裔だが、家が金銭的に苦しく兄弟と帝都に出稼ぎに来ているらしい。ジュリアはお世辞や建前を嫌うタイプなので、このように言ってもらえると私としてもうれしい。
「ジュリア、楽しみにしててね。絶対、貴女に私の晴れ舞台を見せてあげる。」
「ええ。絶対約束よ?」
だが、機会は一向に訪れずに5年が過ぎた。
依然として私は劇団の練習生兼下働きの立場から変わらなかった。同期たちの中にはもうステージに立って大女優、大俳優として名を馳せている者もいる一方で、もう待てないと田舎の実家に帰る者も少なくない。
焦燥感が日に日につもる。いつになったらステージに立たせてもらえるのだろう。あのジジイについて行った私の見る目がなかったのだろうか。
そんな日常を過ごしていたある日、あのジジイがまた私の前に現れた。演目が終わった舞台の袖からぬっと顔をだして、私に手を振った。
「練習は順調かな?」
また気持ち悪い微笑みをたたえていた。そばには5年前にはなかった杖をついていて、幾ばくか白髪も増えたようだった。
「まぁ、ぼぢぼちですね」
いつになったらステージに立てるのか。喉まで出かかっていたが、なぜかあのジジイの瞳に気圧されて言う事ができなかった。
彼はおもむろに懐から台本をだし、私に差し出した。
「半年後に新たに行われる演目があるんだが、私は主演に君を推薦しておいたんだ。まぁ、抜擢という形になるから反対もあったけど、この演目の主演は絶対君しかいないと思ってね。拒否はできないよ。喉の調子を整えて置くんだよ。」
言いたいことだけ言ってまた舞台の袖に消えていった。しかし、私は声を出せずにいた。
やっと舞台に立てる。
とっても嬉しいはずなのに、久しぶりに感じる、程よい緊張と武者震い。
「練習しなくちゃ。」
たぶん、これが最初で最後のチャンスなんだろうな。なぜか心の何処かで分かってた。
そこから怒涛の稽古漬けの日々が訪れた。
練習室に籠もってひたすら動きを頭に叩き入れる事が出来るか不安ではあったが、不思議と苦痛ではなく、むしろ楽しささえ感じていた。
スタッフの人から嫌がらせを受けることも多く、練習時間を遅らせてみたり、水筒の水がドブ水であったこともあった。どうやら裏では私はあのジジイの愛人ということになってあるらしい。正直嫌がらせよりもその噂のほうがよっぽど嫌だった。
印象が悪い分、実力を示していくしかなくて、完璧を求め、練習を重ねた。はじめの頃より格段に演技も上手くなったし、歌もダンスもアイドル時代より上達していた。たゆまぬ努力が実ってきたからか、だんだん周りの目が温かいものに変わり、いつしか認められるようになっていた。
公演前最後の大詰めになった。
リハーサルを重ね、失敗は許されない、ピリピリした雰囲気が漂っていた。 深夜まで稽古場に残り、完璧になるまで個人練習を行う。
なんとかリハーサルをこなし、劇団を出たそのとき、視界がぐわんとゆがんで、とても立っていられないようなめまいに襲われた。
あ、これ死ぬかも。
そう思った瞬間だった。
「マリーさん!!!」
ふわっと体が浮き、ものすごい風を切って何処かに連れて行かれた。視界がかすみすぎて誰だか全く分からなかったが、甘いキンモクセイの香りが鼻をかすめた。前世のとき大好きで、香水や柔軟剤に愛用していた、懐かしい香りだ。なんとなく安心して、その匂いのもとに顔を擦り寄せ、私は意識を手放した。
眩しくて目を開けると、劇団の医務室のベットに寝ていて、他には誰もいなかった。
「お礼、したかったのにな、、、。」
少し寂しい気もするが、これに構っては居られない。本番前に練習しすぎて体調を崩した、なんて言ったら本当に役を引きずり下ろされてしまう。何とかベットから這い出し、稽古場に向かう。
幸いなことに練習の始まる前だったため、発声練習や柔軟を終わらせ、ゲネプロをつつがなく終わらせ、本番がやってきた。
劇場いっぱいの観客に震えが止まらない。
これは緊張なのか、それとも久しぶりの舞台への期待なのかはわからない。
公演が始まるブザーがなる。
自分史上一番いい笑顔の仮面を貼り付け、緞帳が上がる。
久しぶりの感覚だった。
劇中歌を歌えば歌うほど、観客が私たちの作り上げる世界に没頭するのがわかる。美しく、それでいて力強い歌声をのびのびと響かせると、それに比例して観客のボルテージが上がったのもわかった。
いままでで一番の出来栄えでステージを終え、千秋楽までずっと気の抜けない日々が続いた。
国中ではこの劇が流行し、毎晩少しでも観ようと人が劇場の前に殺到して、チケットの争奪戦になっていた。それに伴い私の知名度も一気にあがり、練習生から国の歌姫に昇格した。
舞台の成功を祝う人は少なくなかったが、目に見えて一番喜んだのはジュリアだった。関係者席で劇を見た後に号泣して楽屋に駆け込んできたのは、彼女だけだ。
「貴女ならできるって信じてたわ〜!私が見込んだ人だもの!」
「ありがとう!これもジュリアのおかげだよ〜」
「やだ〜!何を言ってるのよ!たくさん努力した自分自身の結果よ!
今度お店に来たらスペシャルメニューを出してあげる。」
「ホント!すごく楽しみ!」
やがて公演は千秋楽を向かえ、割れんばかりの拍手と喝采で私たちの劇は終演した。
いままでずっと張り詰めていたからか、緞帳が下りた瞬間に視界がゆれ、足元がふらつく。
あ、と思った瞬間には舞台の床の木目が目の前に迫っていた。すぐに受け身をとろうとした瞬間に体が浮いた。
「マリーさん!!!」
またあの金木犀の香りがした。デジャブだなと思いながら、めまいに耐え切れずに目を閉じる。
まだ何か声をかけられていた気がするが、耐えきれずに意識を手放した。
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楽屋が続く長い廊下を歩きながら、関係者の人にあいさつをする。いつ、どこから見ても完璧なビジュアルとにこやかな笑顔を意識しながら活動するのはやっぱり疲れる。
前のオフはいつとったっけ?
すぐに思い出せないぐらい疲弊していた。体力的にも、精神的にも。
自分の楽屋に入るとそこにはマネージャーが私の好きなジャスミンティーを用意していた。
「お疲れ様です。今日のライブも素晴らしかったです。ジャスミンティーはご用意いていますし、廊下にはケータリングもありますので、ぜひご自由に召し上がってください。今日はこれで退勤ですが、明日は新作の立ち稽古後に新聞社からの取材があるので朝7時にお迎えに上がりますね。」
「…ありがとー。とりま朝7時ね。りょうかーい。」
「お疲れかとは存じていますが、時間厳守でお願いしますね」
「ん?まぁ最善はつくすよ」
「朝7時」
「はいはい」
軽口をたたきながらジャスミンティーを飲み干す。
「ケータリングとりに行こ!お腹すいたんだけどぉ。」
なんて独り言ちながらマネージャーの横をすり抜ける。
ふいにふわりと鼻をかすめるにおいがした。
「あれ?柔軟剤変えた?」
「よくわかりましたね。金木犀の香りにしたんです、実家から大量に送られてきて。」
「通りでいい匂いがすると思ったー!」
「そうですかね?私はもう鼻が慣れてしまってわからないです」
すんすんと服を鼻に近づけてにおいを嗅ぐ仕草が、どうにも犬のようで噴き出してしまった。
何を笑ているんだと怪訝な顔をするのがまた面白くて、声を出して笑ってしまう。
案外くだらないことで笑えてるからいっか。
そう自分に言い聞かせ、廊下に並ぶフードを物色する。
「…マリーさん。今、少しお時間よろしいですか?」
「なぁに?どうしたの、改まった声出して?」
食べ物片手にマネージャーの方へくるりと振り向いた。さながらパリコレモデルのようなターンを決め、フフンと鼻を鳴らした。
「マリーさん。いえ、花宮るるさんとお呼びしたほうがよろしいでしょうか。」
ガシャン、とケータリングが乗った皿が落ち、色とりどりの野菜や果物が放射線状に散らばる。
「…え?」
頭が真っ白になり、何も考えられない。
なぜその名を、前世の芸名を、知っているのか。どうして花宮るるだと分かったのか。一体、目の前にいる貴方は何者なのか。
聞きたいことはたくさんあるのに、言葉に、声にならない。ただ溢れるように吐息と喘ぎ声が漏れるだけだ。
「花宮さん。私は死ぬまでこのことを墓場まで持っていくつもりでしたが、今の貴女の状態をみていたらとても黙っていることはできません。ずっと無理して笑って、限界なのに人に頼らない意地っ張りさも健在で、より貴女が花宮るるさんだと、確信を持ちました。」
マネージャーの長い前髪から覗く目が鋭く私を射抜く。その瞳を見た途端、前世のマネージャーの三角ヒカルを思い出した。そして、彼が好んでつけていた香水が金木犀の香りがする事も。
「…そっか。三角だったんだ。もしかして私を追いかけて異世界来ちゃった?」
冗談めかしで言ってみる。
三角は熱心に私のマネージメントをしてくれて、そして前世の元彼だった。売れる前の地下アイドル時代からメンタルが弱く、鬱になりがちだった私を、公私ともに支えてくれた。しかし、恋愛禁止の事務所に関係が発覚するのは時間の問題だった。関係が解消するときも、別れ際まで私の体調を気遣い、
「ごめんね、やっぱりアイドルとマネージャーは関係を持つべきじゃないって分かってたのに。ホントにごめん。申し訳ない。どんどん苦しそうになる君をみていられなくて。何とか支えられないかと思って、私生活も芸能活動も支えられるのが彼氏という立場しか思いつかなくて。…ホントに馬鹿だよね。君の経歴に傷をつけただけなのにね。」
と嗤ってでて行った。その時私はアイドルを続けたかったし、事務所に言われたから諦めるか程度にしか思っていなかった。しかし、彼がいなくなった後から陰鬱とした気分が晴れず、生活自体がうまくいかないストレスが溜まった。失った後から、自分のなかにあった感情に気がついてしまったが故に、この寂しい気持ちを埋め合わせる手段もなかった。
その結果一夜限りの関係を持つことも増え、週刊誌に撮られたこともあった。もちろん事務所にはこっぴどく怒られたが、もっと辛かったのは三角に合わせる顔がないことだった。きっと律儀な彼は私の動向をチェックしているはずだ。失望したんだろうな、何て思いながら芸能活動をしていた矢先だった、あんなふうに刺されたのは。
今更私に何の用だろう。彼が"マリー"のマネージャーを始めてもう3年が経つ。わざわざこの阿婆擦れ、と罵りにわざわざ来たのだろうか。もしかしたら前世だともう私に興味なんてなくて、元カノの愚行だと嗤っていたかもしれない。
「花宮さん、一度ピクニックに行きませんか?一日オフをとって。」
「何よ、急に…。」
「おすすめの場所あるんです。王都の郊外にあるんですけど、そこ私の親戚の領地でプライベートリゾートみたいなところなんです。夜中には満天の星空も見れますよ。」
「ッなんで私が星好きって知ってるのよ…。」
誰にも言ったことないのに!
見てればわかりますよ、と目尻を下げて笑う。
嗚呼、なんで気が付かなかったんだろう。
目尻を下げて笑うやつなんて他にいないのに。身体が忘れようとしてたのか。いや、異世界に来たのだしと覚えてないフリをしたかっただけかもしれない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
黄昏時でそよそよと風が吹く中、私は三角の馬に乗せられ湖を目指していた。
「…へっくしゅッ!!!!」
「!すみません、寒かったですよね。毛布は鞄のなかに入っていてまだ取り出せないのでこれ着ててください。」
ふわっとした感触の後、彼が着ていたはずの上着が肩に掛けられる。
「…ありがとう。」
「顔赤いですね。すみません、役者さんに風引かせちゃいけないのに。」
たぶん違うが、別の方に誤解してくれたようで命拾いした。
少し馬を走らせた後、美しい湖についた。この前の言葉通り満天の星空が広がり、それが湖に反射してキラキラと水面が輝き、まるでスターダムを形成しているようだ。
ピクニックシートを持参し、寝っ転がっていますボーッと星を眺める。
「花宮さん。僕は貴女に幸せになってほしいんです。」
「…もう十分私は幸せだよ。」
「そういう幸せじゃなくて、芸能活動をしていない人生を歩んでいたら感じられていた幸せを感じてほしいんです。」
「例えば?」
「今みたいに何も考えずに星を眺めたり、好きなことに夢中になってみたりですかね。何気ない日常の中に楽しみを見いだせるようになってほしいんです。」
「クソ忙しい役者に向かって随分難しいことをいうのね。少しでも暇があればセリフも歌もダンスも入れたいのに。」
おもむろに三角が起き上がり、私の横に沿うように寝そべる。
「そんなことは重々承知の上です。ごく小さなことでもいいんです。前世の貴女はいつも何かに怯えるように練習して、完璧な笑顔を浮かべては消して浮かべては消してを繰り返していました。だんだんと日常生活を送るごとに貴女の顔から笑顔が消えて、口数が減って疲れ切った状態で帰るのは見ていられませんでした。放っておいたらこのまま死ぬんじゃないか、消えてなくっなってしまうんじゃないか。何度もそう思いました。
貴女と別れた後も、仕事を転々としながら貴女の心配をずっとしていました。刺されたと聞いた時は生きた心地がしなくて何もしてあげられない自分に嫌気が差しました。」
「…でも私結構荒れた生活してたんだよ?自業自得じゃない?現に私は三角も裏切ったわけだし。」
「そんなことはないと思います。花宮さんは悪くないと思いますよ。」
サラサラと私の頭を撫でる手つきはかつての関係を彷彿とさせる。
「…ずるいよね、三角って。」
「よく言われます。」
今すぐこの頭を撫でる手を払い除けたいのに、なぜかこのままでいたいとも思う。
見た目も声も違うのに三角だと思うと思うようにならない。
「…皆にこうなの?」
「…何がですか?」
「わかんないならいい。」
これもまた本当に不思議そうな顔をしているからタチが悪い。
「最近の貴女は前世の"花宮るる"をみているようなんです。どこまでもストイックすぎるが故に、息を抜くことを忘れてしまっています。せっかく異世界に転生したのに、また芸能活動してると知ったときは本当に驚きました。初舞台のために練習していたときも、千秋楽が終わったときも、貴女は意識を失うほど張り詰めていました。もう二度と前世のような過ちを繰り返したくないんです。」
どこか遠くを見ているようだが、声色は真剣だった。
「それならこれからも三角が教えてよ。貴方の言う、”幸せ”とやらを。」
「…私が?」
「うん。責任持って教えてよ。今も昔も、一番近くで見てるんだし。」
「しかし劇団やファンが誤解したら…。」
「誤解させときゃいいよ。私はまんざらでもないけど?劇団自体恋愛禁止じゃないし。」
必殺小首をかしげる戦法。これで並大抵のお願いは通るはずだ。
三角は目を泳がせた後、両手で顔を覆い深いため息をついた。
「何ため息ついてんのよ、光栄に思いなさいよ。国民的大女優の幸せ教育係を担えるんだから。」
「なんですか、それ。」
「なんでもいいのよ。」
「正直油断してました。花宮るるがいかに大物であるかを。」
「それ、褒めてるようで貶してるでしょ?」
「いいえ。完敗だと言っているんです。」
「どういうこと?」
「わからないならいいんです。」
無言で星を眺めているうちに、時間が過ぎていく。
何か言ったほうがいいとかは一切思わず、この無言の時間が一番心地よかった。
「…歌を、歌ってもらえませんか?」
「なんの曲?」
「なんでもいいです。」
「なんでもいいが一番困るんだけど。まぁいっか。」
私が地下アイドル時代に一番初めに歌ったバラードを口ずさむ。歌詞もメロディーも忘れかけていたためにごちゃごちゃしていたが、それを三角は穏やかに聞いていた。
「そろそろ戻りますか?明日も早いですし。」
「そうね。明日入り何時?」
「6時です。」
「ちょっと!早く寝たいのに!何でもっと前に教えてくれなかったの!」
「花宮さんが楽しそうに歌ってたから。」
「歌わせたのは一体どこのどいつよ。」
「ごちゃごちゃ言わずに帰りますよ。」
「話聞いてないし。」
三角はてきぱきと片付けると、さっさと馬をとりに行っていしまう。
まるで私が駄々をこねているようで不平等ではないか。
ムッとしつつ、時折吹く風の寒さに震える。
頬が赤いのはきっと寒さのせいだ。
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どたばたと楽屋の外が騒がしくなる。
ちょっと静かにしなさいよ。こっちも公演後で疲れてるのに。
すると、その騒音は私のドアの前でぴたりと止んだ。
バンッと、けたたましい音を立ててドアが開く。
「マリー!!!!」
「ジュリア。そんなに急いでどうしたのよ。」
「どうしたもこうしたもないわよ!貴女、結婚するの?」
「!!
ちょっと!声が大きい!まだ正式に発表してないのに!」
「あら、ごめんなさい。でも!私とあなたの中で教えてくれないなんて水臭いじゃない!」
「その内報告しようとは思ってたよ?ジュリアも忙しいかなと思って。」
「私なんか全然なんだからいつでもいってくれればよかったのに!で、お相手は?」
「わかった、貴女それを聞きにきたのね。」
「もちろん、他に何があるっていうの?」
二人で顔を合わせ、プッと噴出した。出会ってから十数年がたったが、いまだに変わらない関係性を持っているのはジュリアだけかもしれない。
「お察しの通りよ、ジュリア。私に幸せを教えてくれた人。」
「あ!またそうやってはぐらかす!いい加減貴女の口からきかせてもらうわよ!付き合ったときも私に推理させて当てさせたんだから!世紀の大女優の旦那あてごっこなんて誰も楽しくないわよ!」
「えー、どうしてもっていうなら考えるけど。」
「どうしてもよ!どうしても!観念なさい!今日こそはッ…」
「お二人とも声が廊下まで丸聞こえですよ。それにマリーさん、もうすぐ出発の時間です。準備は終わっているんですよね?」
楽屋の扉にもたれかかり、私たちをジトッと見つめる三角。私の格好を見て、身支度ができていないことが分かったのだろう。とたんに目が吊り上がる。
「ジュリア様。大変申し訳ございませんが、身支度を手伝ってやっていただけませんか?あと5分で出なければならないんです。」
「あらまぁ。それは大変ね。いいわよ。まだ聞きたいこともあったし。」
「ではよろしくお願いします。わたくしは馬車を手配しておりますので、ご準備が終わり次第エントランスまでお越しください。」
まだ衣装のままだった私はジュリアに高速でコルセットをとってもらい、他の装飾品もとってもらう。
さすが二児の母なだけあって、手際がいい。早くしなさいと小突かれながら荷物を鞄に詰める。
「ねぇ、マリー。最後にこれだけ聞きたかったんだけど。」
「ん?」
「貴女、今幸せ?」
一瞬片付ける手が止まる。少し逡巡した後、はっきりと口に出した。
「うん。今はとっても幸せ。」
「…そっか。それならよかった。」
「私が不幸そうに見える?」
「ううん。今までで一番幸せそうよ。」
「でしょ?あの人のおかげで幸せなの。」
「…久しぶりに惚気を聞いたら胃もたれしちゃいそう。」
「聞いたのジュリアでしょ。」
「不意打ちは厳しいのよ。」
キャラキャラと二人で笑いながら廊下を進む。
三角と満点の星空を見た日から、私は強制的にオフを作らされる日々を送った。
暇さえあれば三角が私が休んでいるか監視に来ること以外は楽しく暮らしている。
女優としてのキャリアもずいぶん上がった。実力も名声も、街にいたら声をかけられない日はないほどだ。王宮に呼ばれ天覧劇もやった。貴族にも知り合いが増えたし、人脈も広まった。
最近はガーデニングをやっているが、水やりは三角がやっていることが多い。本人はぶつくさ文句を言っていたが、ああいうこまめにお世話するタイプのものは嫌いそうではなかった。
ジュリアと別れてから、馬車に乗り込む。もうすでに中には三角が座っていた。
「ジュリア様とお会いしたのはお久しぶりでしたね。いつぶりでしょうか。」
「…」
「どうかされましたか?」
「口調、仕事終わったし直してくれない?ちょっと気持ち悪いかも。」
「失敬な。これもれっきとした俺なんだけど。」
「それとこれとは話が違う。」
貴族の邸宅が並ぶ通りを抜け、郊外に広々と門を構える屋敷に止まる。
三角は先に降りると私に向かって手を差し出した。
私はわざとそれに捕まらずにジャンプして降りる。
明らかを今ため息ついた後、咎める元気もないのか私の荷物をもって屋敷に向かって歩きだした。
「マリー、今日もお疲れ様。おかえりなさい。」
「ただいま。貴方もお疲れ様、ヒカル。」




