ギラギラ-9
家に帰って急いで晩御飯の支度をし、おじいちゃんと鈴音ちゃんの三人で食卓を囲む。
二人はテーブルで、私は床に正座して食べる。いつも通りの夕食の風景だ。
さっき出会ったお姉さんの言葉が頭に浮かぶ。
私があの人の言葉に一瞬希望を抱きそうになったのは事実だ。
非現実的で、理想的で、まるで漫画の中みたいなキラキラした言葉だったから。
私がずっと求めていた、『救い』に似ていたから。
でも、あの人には私の気持ちなんか分からない。分かるわけがない。
だって、あの人は圧倒的に──『持ってる側の人』なんだから。
「あたしさぁ。いじめっていじめられる方に問題あると思うんだ。なよなよウジウジしてる奴がいるとさぁ。それだけで雰囲気悪くなるじゃん? だから陽キャのあたし達が、イジって面白くしてあげてるって感じ」
「そうじゃな。鈴音の言う通りじゃ!」
「ねえ、哀はどう思う?」
ふいに話を振られ顔を上げる。鈴音ちゃんが得意げな顔で私を見下ろしていた。
「うん……私も、そう思う」
「でしょ? あたし、見た目ってすごく大事だと思うんだよねぇ。いくら『人間は中身』なんて綺麗事言ったって、結局み~んな見た目で判断してくるんだもん。はぁ~あたしは可愛く産まれてよかったなぁ。もし顔の右半分に火傷痕があったり、お風呂も3日に一度しか入らせてもらえない陰気な雰囲気の女だったら、学校でぜ~ったい虐められてただろうしぃ」
「あはは……そうだね。鈴音ちゃんは、本当に綺麗だと思うよ」
このくらいの嫌味じゃ、もう心も痛まない。鈴音ちゃんは今までだってずっとこうだった。
私がおじいちゃんに折檻されるよう仕向けたり、見下したり馬鹿にするような発言をしたり、見た目とは違って、かなり性格がきつい。
それでも学校では猫を被っているのか、違う学年の私の耳に届くくらいの人気者なのだ。
男子にも毎日のように告白されているし、色々プレゼントしてもらったり奢ってもらったりしているらしい。
でも、それも仕方のないことだ。
だって鈴音ちゃんも、あのお姉さんのように『持っている側の人』なのだから。
この世界はどうしようもなく不平等で、その不平等さはこの世に生きる人々にとって平等に作用していると、私は思う。
その最たるものが、常識と錯覚するほど浸透してしまったカテゴリー分けであり、どんな人間だってひとつの例外もなく、たった二種類に分けられてしまう。
持つ者と、持たざる者。
蔑む者と、蔑まれる者。
持つ者は持たざる者を見下し、蔑み、持たざる者は、持つ者へ逆らう権利すら与えられない。この世界の基本原理。
その法則に私を当てはめるとするならば、私は産まれたときから、逃れようもなく──圧倒的に後者だ。
『私なら、あなたをここから連れ出してあげることが出来る。こんな全てが誰かの思惑通りに動いてしまう腐った世界でも、自分で自分の運命を切り拓ける力を与えてあげることが出来る』
『なれるよ絶対。哀ちゃんなら、絶対大丈夫』
お姉さんの言葉がふと胸に蘇り、それを頭を振って否定する。
無理だよ。私には。こんな私だもの。変わることなんて、一生無理。
……もうあの人のことは忘れよう。
いいんだ。私には葛西先生がいる。葛西先生が傍にいてくれるのなら、それだけで充分だ。
それから時が経ち、ついに卒業式の前日の朝を迎えた。
早朝5時、みんなが寝静まっている時間に、私は鏡の前に立っていた。
丁寧に髪を櫛でといて、震える手でハサミを持ち、ドキドキと鼓動を高鳴らせながら、ずっと伸ばし続けていた前髪を切る。
ジョキンと音を立てて、黒い髪の束が洗面器へと落ちた。
短くなった髪の隙間から、おどおどした青い瞳がこちらを見つめる。
自分の顔を見るのなんてかなり久しぶりだ。前髪を切るのなんて、顔に火傷してから初めてだし。
切って整えた前髪を右の顔が隠れるように流し、口紅を塗る。
この口紅は、鈴音ちゃんのゴミ箱に捨ててあったものをバレないようにこっそり隠していたものだ。
2、3度重ね塗りしてから唇を合わせ、んぱ、としてみる。
初めて塗るから加減が分からなくて、少し濃く塗りすぎてしまったかも。
でも、うん……ちょっとだけ私、可愛いかも。
私は鏡に写った自分を見て、ぎこちなく微笑んだ。
家を出て、ドキドキしながら私は通学路を歩いた。
左の顔を遮る前髪が無くて、日差しがいつもより眩しい。
でもそれも、悪くないなと思えた。
今日、私はとある決意を胸に秘めている。
葛西先生を放課後呼び出し、告白するのだ。
葛西先生は人気者だから、きっと卒業式当日はいろんな子と写真を撮ったりして忙しいはずだ。
みんなに囲まれている葛西先生を呼び出せるほど、私は勇気が出ない。
だから、告白の日を前倒しにすることにしたのだ。
葛西先生、今の私を見てどう思うかな。
きっとびっくりするだろう。そして言ってくれるんだ。
「刃金、随分見違えたな。可愛い。そっちの方が先生好きだぞ」って。
へへ。それはちょっと夢見過ぎかな?
女の子から告白するなんて、ちょっと大胆すぎ?
でもいいの。振られたっていい。
葛西先生はきっと、私の気持ちを知ったとして一緒にいてくれるはずだから。
ドキドキしながら学校へたどり着く。
何やら校庭に生徒が集まり、ざわついていた。
どうしたんだろうと気になり、私も人の集まっている場所へと向かう。そしてそこに張り出されていた写真を視認した瞬間、目を見開く。
そこに写っていたのは──体育館裏で抱き合っている私と先生の写真だった。
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