好きすぎて滅!──1
「今までの被害者は、全員アンタの友達だったってこと?」
険しい表情で問いかけると、イチゴは急にうろたえ出した。
「アイちゃん、もしかして怒ってる?」
「うん。怒ってる。それよりちゃんと答えてよ。アンタ、今まで自分の友達を殺してきたの? あんな酷いやり方で?」
「……はい。そうです」
イチゴが俯きながら、私の言葉を肯定する。私の中で育っていたイチゴに対する友情めいたものが、さーっと引いていくのを感じた。
なんだ。やっぱりこいつ、ただのイカレ殺人鬼だ。
「なんで友達にそんな事できるわけ? もしかして、私の事もそういう目的で呼び出した?」
「ちがう! ちがうよアイちゃんっ! ちゃんと聞いてっ! その子たち、みんなわたしと同じようなかんきょうの子でっ……死にたがってたのっ! だから全部同意の元だったのっ! その分のぜいたくをいっぱいさせてあげたんだよ!? 子宮をもらうときも、痛くないように無意識じょうたいの時に──」
「もう信じられないよ、アンタのこと……」
イチゴを睨みつけたまま左手の手袋に指を掛けると、イチゴは慌てふためき、ダァン! と勢いよくテーブルに手を突き、立ち上がって叫んだ。
「しないっ!!! わたし、アイちゃんのこと殺したりなんか絶対しないっ! おねがいっ……信じてっ!」
私は思わずぎょっとした。イチゴの手は震え、ヘーゼルナッツ色の大きな瞳からは、大粒の涙がぼろぼろとこぼれていた。
イチゴは顔を両手で覆い、その場でしゃがみ込んでわあと泣き崩れた。
「ごめんっ……ごめんなさいっ! 怒らせてごめんなさいぃっ……! アイちゃんっ! わたし、アイちゃんのこと大好きなのっ! わたしのことっ……イチゴのこと捨てないでっ! 一人にしないでえぇっ!!」
「……わかったって、信じるよ。アンタは私を攻撃しない。そうでしょ?」
「ほんと? ……信じてくれる?」
「とりあえずはね。だからほら、立ちなよ」
手を差し出すと、イチゴは涙を指で拭い、おそるおそる私の手を握り、立ち上がった。
周囲が賑やかに談笑する中、誰にも視えない私達は見つめ合う。イチゴは私の手を離してくれない。
か細い指で、手繰り寄せるように私の手を両手でぎゅっと握りしめ、まっすぐに私を見つめていた。
その瞳が、手の温もりが、やっぱり何よりも純粋で、美しくて、尊いものに見えて、『こいつはただの殺人鬼なんだ』と、頭の中で必死にそれを否定した。
私、ダメだ。このままイチゴといると、情が移っちゃう。私は6課の人間で、この子は逮捕すべき相手。
今一緒にいるのだって、イチゴを自分になびかせて、なんとか6課に連行するため。
でも……やっぱり私、こういうの向いてない。冷静になれるまで、何とかして距離を取らないと。
「イチゴ、あのさ──」
「こんなにわたしと向き合ってくれたの、ママとアイちゃんだけなの。だからわたし、アイちゃんのことだいすきっ」
飛びつくようにイチゴが私に抱きついてくる。後ろによろけそうになりながら、それを受け止めた。
細い腕が私の背に回り、締め付ける。イチゴは私の胸に顔を埋めながら、まるで心の距離を縮めようとするように、より一層強く抱きついてきた。
引き剥がすべきだということは頭では分かっていた。だけどどうしてか、私は全然そう出来なかった。
おそるおそるイチゴの背中を撫でる。私よりもずっと小さくて、頼りない背中だ。この子はこの背中に、一体何を背負っているのだろうか。
「わたし、絶対にアイちゃんに悪いことしない。さっきは変なこと言ってごめんなさい。わたし、あんまり人と深く関わったことないから、何をしたらダメなのか、何を言っちゃダメなのか、分からないの。だから、これからもアイちゃんに教えて欲しい。わたしと本当の友達になって?」
「本当の友達?」
「言いたいことはちゃんと言い合って、たまに喧嘩して、楽しい時は全力で楽しんで。そんな、漫画みたいな友達」
「それが、本当の友達?」
「うん。わたしずっと憧れてたの。アイちゃんとなら本当の友達になれるって、わたし、そんな気がする」
「私は……正直分からないよ」
「いいの。分からなくていい。だから……ただ一緒にいて?」
イチゴが私を見上げ、小指を差し出してくる。
「なに?」
「ゆびきりしよう、アイちゃん」
「ゆびきり?」
「そう、約束したいの。わたしはこれから絶対にアイちゃんの嫌がることはしない。傷つけるようなこともしない。だから、アイちゃんもわたしに対して、本当の友達として接して欲しい」
「……そんなの、」
「おねがいアイちゃん。こんな能力を持っちゃったわたしには……わたしの世界には、アイちゃんしかいないの。アイちゃんがいなくなっちゃったら、わたし……」
イチゴの透き通る瞳に私が映る。イチゴの言葉に嘘偽り無いということだけは、はっきりと分かった。
決して悪い条件では無い。
それに、『私には貴女しかしかいない』なんて、そんな漫画の世界みたいなセリフ、人に言われたことない。それが単純に嬉しくて、胸が高鳴る。
だって、きっとイチゴほどじゃないけど、私だって迫害されて、差別されて過ごしてきたのだから。
気づけば私は小指を差し出し、絡めていた。イチゴが今まで見たこと無いくらい嬉しそうな顔で笑う。
「ゆーびきーりげんまんっうそついたら針千本のーますっ」
「アンタってほんとに飲ましてきそうで怖いんだけど……」
「へへっしないよそんな事ぉ~だってわたし、アイちゃんを傷つけないって約束したんだもんっ」
「……ならまあ、いいけど」
いや、よくないだろ。何言ってんの私。アンユータラス事件の犯人とこんな約束するなんて、6課からしたら裏切り行為に他ならない。
冬華にバレたら大変なことになりそう。
頭ではそう気付いていたけど、それでもやっぱり私はイチゴを振り切れなかった。
こいつは殺人犯だし、出会ってそう長く過ごしたわけじゃないけど、イチゴのことを私、嫌いになれない。
私をひたむきに見つめるヘーゼルナッツ色の瞳を見ていると、もっと一緒にいたいなんて、そんな事を考えてしまって、仕方なかった。
それからも私達は、二人で色々な所に出掛けた。私といる間、イチゴはずっと楽しそうだった。
イチゴの食事マナーの問題は、どうやら親に食器の使い方を教わらなかったせいらしかった。
産みの親の家にいる時には、本当に犬みたいに地に這いつくばって食べるように命令されていたらしい。
私が根気強く食器の使い方を教えてあげると、みるみる食事マナーも良くなってきて、ほぼこぼさずに食べられるようになってきた。
お店の料理を勝手に食べてばかりというのもよくないから、家に呼んで、手料理を食べさせた。
きっと誰かに手料理を作ってもらった経験が無いのだろう。イチゴはずっと私の機嫌を窺っていた。料理なんかしたことないだろうに、キッチンに立つ私の背後で、何かを手伝おうとおろおろしていた。
「友達同士なんだからこれくらい当たり前。大人しく座ってて」というと、イチゴはおろおろしたまま落ち着かない様子で座っていた。
オムライスを作って、ケチャップでネコを描いてあげた。するとイチゴはキラキラと目を輝かせ、「わ~すごっすごい! アイちゃん天才!」と飛び上がって喜んでくれた。
何故か震えている手でスプーンを握り、ひとくち食べて、そしてイチゴはぼろぼろと泣いていた。
涙の理由を聞くのは止めておいた。なんだか私まで泣いてしまいそうだから。
イチゴはオムライスを一つもこぼさず残さず、きれいに食べきっていた。また何か作ってあげようと思った。
学校にもほぼ通わせて貰えなかったらしく、イチゴは足し算や引き算、漢字の読み書きも出来なかった。
だからそれも教えてあげた。イチゴはとても喜んでくれた。イチゴがそうやって喜んでくれることが、私にとって、何より嬉しかった。
私は6課のホルダー失格なのだろう。事件の真相について一切何も聞かず、イチゴのパーソナリティについてばかり質問した。
イチゴの人生は悲惨で、可哀想な子供だった。私なんか幸せだったんじゃないかと思うくらいに、悲惨だった。
知れば知るほど私は胸が締め付けられて、私はイチゴを何とかしてあげたい、きっと私にならそれが出来るなんて、そんな事を考えるようになってしまっていた。
でも、私達の楽しい日々はそう長くは続かなかった。
後日、アンユータラス事件の進捗について聞きたいからということで、私達は冬華に呼び出されたのだ。
「捜査の進捗はどう? 永月くん」
冬華の問いかけに、永月は腕組みをしながら答えた。
「あれからずっと周辺を捜索してますけど、犯人の目星すらついてない。歌舞伎町の監視カメラも洗いましたが、怪しい人物は見当たらなかった。でも……犯行現場の監視カメラを見ていたら、不可解な部分を見つけました」
「不可解な部分?」
永月は手に持っていたリモコンでテレビを付け、監視カメラの映像を再生した。
映し出されたのはトーチビルの前。日付は私と永月がトーチビルを訪れた日だ。
永月が映像を早送りし、ちょうど私達がビルを出る直前で再生する。私達は画面へと目を凝らし、そして見開いた。
私達がビルから出る本当の数秒前、ビルの前に少女の遺体がパッと突然現れたのだ。
「永月くん。これ……」
冬華が驚いたように呟くと、永月は画面を見つめたまま言った。
「コマ送りで何度も見直したが、犯人の姿は映ってない。まるで魔法のようにこの遺体だけが現れた。間違いなくナチュラルの能力だろう。犯人は姿を消す能力や時間を止める能力を持ってる可能性が高いです」
「今までの犯行は監視カメラの死角で行われてたけど、今回のはバッチリ映ってたんだ。これは犯人から私達6課への当てつけってことが確定したね。永月くんの言う通り、犯人が姿を消す能力を持ってるとしたら、今も監視されてる可能性がある……ねぇ、アイちゃんはどう思う?」
「え?」
冬華の瞳が私を捉える。いつもなら大好きなそのアメジストの瞳から、私は逃げるように目を逸らした。
「わたし……私は、」
言い淀む私を、永月と冬華が見つめる。
なにか、何か言わなくちゃ。怪しまれちゃう。汗ばんだ手でスカートを握りしめ、真っ白になってしまった頭を必死で働かせて、私は言葉を紡いだ。
「現状、新しい被害者も出てないわけだし、あの、うん。引き続きパトロール……頑張ります」
イチゴは私を信頼してくれている。もしかしたら今のイチゴなら、私が言えば自首してくれるかもしれない。
でも、もしそうなったら、イチゴはどうなる?
連続殺人犯で、しかもハーフなんて。死刑、もしくは極刑は免れないだろう。
私、イチゴを、友達を、そんな目に合わせるの? あんなに無邪気に私を信頼してくれる女の子を?
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