ギラギラ-8
思わず顔を上げて前を見る。数メートル先に、白い日傘が咲いていた。その日傘がくるりと翻り、声の正体が姿を現す。
繊細な指先で日傘の柄を持ち、エレガントなワンピースに身を包んだ女の人。
数メートル離れていてもはっきりと分かるほど、美しい人だった。
目が合うと、その女の人がこちらに歩いてくる。
雪のように白い肌。長い睫毛に囲われた、聡明さを秘めた紫がかった瞳。すっとした鼻。桜色の唇。清楚で高貴なワンピースから覗くすらりとした手足。
銀糸のような長い髪は、陽の光を吸い込んで、少女漫画のヒロインみたいにキラキラと粒子を振りまいていた。
年齢は多分、私より少し歳上。22、3歳くらいだろうか。
この世の人間の憧れの全てを詰め込んだような、女神が存在するというなら、きっとこんな見た目をしているのだろうと確信してしまうような。
完璧で一点の曇りもなく、十人いたら十人が振り向くだろうと、たった今目にしたばかりの私ですらそう確信するほどの、美人だった。
すごい。こんな綺麗な人、本当に存在するんだ……。
クラスメイトにエランの子がいたりするけど、段違いというか……ひょっとして、モデルさんか何かかな?
立ち尽くして見惚れる私の前に、女の人が立ち止まる。そしてにこりと微笑んだ。
「こんにちは、刃金哀ちゃん」
「え……どうして私の名前を?」
「さあ? なんでだろうね?」
女の人が微笑みながら首を傾げる。
なんだろうこの人。ちょっと変わった人なのかな。
女の人は瞳をきょろりと動かし、私の顔をじっと見つめて言った。
「その顔の火傷跡、どうしたの?」
「え?」
ぎくりとして私は思わず右頬の火傷痕を押さえ、そして思い至る。
私の顔は、黒くて長い前髪で完全に隠れてしまっている。このお姉さんからは見えてないはずだ。
「可哀想に、痛かったでしょう? ……もっと早く迎えに来てあげられたら良かったんだけど」
「貴女、何言って……」
動揺している間に、白く繊細な指先が私の顔に伸びてくる。そしてその指先が、そっと私の右頬の火傷痕をなぞった。
ハッとし、慌ててその手を振り払う。
「……何なんですか、貴女」
「私はね。哀ちゃんを迎えに来たの。救いに来たと言ってもいいかもしれないね」
「私を……救いに?」
この人、さっきから言ってることがずっとおかしい。もしかしたら宗教勧誘の人なのかも。逃げなきゃ。
「あ、あのっ私、もう帰らなくちゃだからっ……失礼しますっ!」
そう言って足早にお姉さんの横を通り過ぎようとした。その時だった。
「あなたは、この町でずっと生きていくの?」
その言葉に、私の足はぴたりと止まった。思わずお姉さんを振り返る。するとお姉さんは言葉を続けた。
「私の人生は辛いことばかりだ。もうこんなの嫌だ。何もかも捨てて、何処か遠くへ逃げてしまいたい。そんな風に思ったことは?」
「……いや、そんなの、お姉さんには関係ないじゃん」
何なのこの人? 急に訳分かんない事ばっかり……苦手だな。こういう人。
そりゃそんな風に思ったことくらいあるよ。というか、そんな事ばっかりずっと考えてきた。
当たり前じゃん。誰にも優しくされずに、愛されることもなく生きてきたんだから。
きっとこのお姉さんは自分が綺麗だから。エランだから。何を言ったって受け入れてもらえるって自信があるんだ。
そうでないと、こんな意味不明なことを平然と人に言ったりなんか、普通できないよ。
そう思っているはずなのに、私はお姉さんを振り切る事ができず、ただひたすらその言葉の続きを待っていた。
「私なら、あなたをここから連れ出してあげることが出来る。こんな全てが誰かの思惑通りに動いてしまう腐った世界でも、自分で自分の運命を切り拓ける力を与えてあげることが出来る」
「自分で、自分の運命を……そんなの、どうやって」
「エナジクトのホルダーになるの」
お姉さんは、長い前髪で隠れて見えないはずの私の目をまっすぐ見つめ、はっきりとそう告げた。
エナジクトのホルダー。その言葉に、心臓がドクンと高鳴る。
「哀ちゃん。私と一緒に来て」
「……でも、無理です。私なんかが、ホルダーになるなんて……」
「なれるよ絶対。哀ちゃんなら、絶対大丈夫」
「…………」
「さあ、おいで」
お姉さんは柔らかくそう言って、私に向かって掌を差し出し、にこりと微笑んだ。
自分の中の何かが、大きくぐらつくのを感じる。
全然意味分かんないのに。怪しさ100パーセントなのに。だけど、お姉さんの言葉を全て信じてしまいたい。ついていきたい。
その手を取ってしまいたいと、衝動的にそう思ってしまった。
気が付いたら私は、まるで磁石に吸い寄せられるように、差し伸べられた白い掌へと手を伸ばしていた。
手と手が触れ合いそうになった瞬間。
チリンチリン!
「っ!」
私達の真横を自転車が通り過ぎる。私はハッとし、慌てて手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい。わたし……急いでるのでっ!」
お姉さんに深々と頭を下げ、私は逃げるようにその場を後にした。
何なんだろうあの人。まだ心臓がドキドキしてる。綺麗だけど、どこか官能的で、怪しい雰囲気があった。
あの透き通る紫色の瞳に見つめられると、つい言う事を聞いてしまいそうで、怖い。
ああ、心臓がうるさい。あの人の顔が頭に焼き付いて離れない。
この気持ちは──なに?




