マザードラッグ──5
「ポチ。それが私の名前だよ」
驚愕しながら見下ろす私へと、少女はまっすぐな瞳で見つめ返し、にこりと言い放った。
「それ、あだ名?」
「だから~本名だってぇ」
「冗談……からかってるんだよね?」
信じられなくて聞き返すと、少女はくすくすと笑い、マカロンを一つ手にとって口に放り込んだ。
「ほんとだよ。わたしの名前、ポチ。わたしを産んだ人が、そうつけたんだぁ」
ハーフは基本的に悲惨な家庭環境の子が多いけど、だとしても、自分の子にそんなペットみたいな名前を付ける人がいるなんて……。
それに、『わたしを産んだ人』という言い方が気になった。
この子が言ってる『ママ』と産みの親は別人なのか?
私のハンカチを胸元で大切そうに抱え、少女は続けた。
「でもね。わたし、もう一つ名前持ってるの。ママがわたしにつけてくれた名前……でも、その名前は誰にも教えない。だって、ママにもらった大切な名前だもん。誰にも教えたくない。ひとり占めしたいの」
「……変わってるね、あんた」
「アイちゃんもね?」
少女がにこりと笑い、そこで私の記憶は途絶えた。
翌日の昼間、気がついた時には私は渋谷スクランブルの中心に立っていた。
「アーイちゃんっ」
雑踏の中でも一際美しい、鈴の音のような声が背後からし、振り返ると少女がにこりと微笑む。
「アンタねぇ……今まだ授業中なんですけど?」
「学校なんかどうでもいーじゃん。わたし、アイちゃんと遊びたかったんだもん?」
甘えるような声で言って、少女は私の腕に纏わりつく。
いや、ちょっとはこっちの事情を配慮せんかいと内心突っ込みながら睨む。
「ほら、アイちゃん。行こ?」
「はぁ……わかったわかった」
無断で学校をサボったなんてバレたら、後でソラに何を言われるか……でもまあ従うしかない。これも私にとっては大切な任務でもあるのだから。
「じゃあ行くよ、イチゴ」
「いちご?」
「アンタの名前。だってアンタいちご系のスイーツばっか食べてるし。本当の名前なんだろうけど、ポチなんて呼びたくないもん。だから勝手にそう呼ばせてもらう」
「いちご、イチゴかぁ~……うん! すっごくいいなまえっ! いちご~♪ いっちご~♪」
少女、もとい『イチゴ』は突然上機嫌に歌いだし、びょんと手を上げる。
するとすぐにタクシーが止まり、上機嫌のまま、私をタクシーへと押し込んだ。
たどり着いたのはいわゆる夢の国、某巨大テーマパークだった。
平日だというのに人がたくさんいて、テレビでよく見ていたキャラクターの着ぐるみがこちらに手を振っている。
ジェットコースターから楽しそうな悲鳴が聞こえ、一瞬にして抜けていく。
すごい。これがデデニーランド……生まれて初めて来た。
「アイちゃん、早く行こっ!」
内心ワクワクしていると、イチゴは弾んだ声で言って私の腕を引っ張り、歩き出した。
「ねぇ! アイちゃこれ乗ろ!これ乗ろ!」
「ええ~……これ?」
イチゴが指さしたのは巨大な洋館のような建物。
その一番上がくり抜かれていて、乗り物に乗った人達の姿が一瞬見えたと思えば、ギャー! という悲鳴とともに消える。
そう、イチゴが乗りたいと言ったのは、デデニーでも有名な乗り物。タワーオブヘラーだ。
「私はちょっと……パスかな?」
「え~! 乗りたい乗りたいっ! アイちゃんと乗りたいよ~! ねぇ一緒に乗ってよぉ~お願い?」
私の腕に抱きつき、うるうるした瞳でイチゴが見上げてくる。
その姿は真っ白な野うさぎのように可憐で、めまいがするくらい、殺人的に可愛かった。ほんと、顔が良いって得だなっ!
「はぁ……わかったわかった。めっちゃ並んでるし、一回だけだからね?」
「え? 並ぶ必要なんて無いじゃん。ほら、行こっ」
「は? ……ちょっ!?」
イチゴは私の腕を引っ張り、行列に並ばず直接アトラクションへとすいすい進んでいく。
周囲の人もそんな私達を気にすることなく大人しく並んでいた。
「ちょっとイチゴ! もしかしてアンタ、能力使ってる!?」
「うん!」
「ダメでしょ! ちゃんと並ぼうって!」
「や~だっ♪ 逆らったらアイちゃん殺しま~すっ!」
「アンタ……マジでイカれてるわ」
私達は結局一歩も止まることなく、あっという間に乗り場へとたどりついてしまった。
こちらを見ているようで全く見ていないクルーさんの案内で、私達は乗り物に乗り込んだ。
人生初の遊園地かつ絶叫系。さすがに緊張する。でもこれも経験か……耐えきってみせる!
席に座って安全バーが下りると、イチゴが急に静かになった。
気になって隣を見ると、何やら唇を噛み締めて、カタカタと小刻みに震えている。
「アンタ……もしかして怖いの?」
「うん。こういうの乗るの、初めてだもん。アイちゃん……手、握っていい?」
なんじゃそりゃ。あんだけ威勢が良かったくせに。
「……はい、どうぞ」
「へ? いいの?」
「別にいいよ。ほら、さっさと握りなよ」
「アイちゃん……えへへっありがとっ!」
ひどく繊細で冷たい指先が私の指の間に滑り込み、ぎゅっと握る。
おいおいまさかの恋人つなぎかいとは思ったけど、私も怖かったので、実はちょうど良かったなんて思ったり。
ガタンと音がして、アトラクションが動き出す。繋いでいた手に汗が滲みはじめた。
「アイちゃん……ドキドキするね」
「うん……」
「はじめてを一緒に出来るのがアイちゃんで、ほんとによかった。うれしい」
「……あっそ」
なんでそんな、本当の友達みたいな事言うわけこいつ。私が油断するのを狙ってるの?
イチゴの真意は分からない。だけどその言葉が妙に胸に響いて、なんだか私も悪い気がしなかった。
乗り物がどんどん上昇していき、それにつられるように鼓動も高鳴っていく。私達は互いの手をぎゅっときつく握り合った。
そしてついに塔の頂上にたどり着き、外の景色が見えた。謎の高揚感を覚え、隣を見る。するとイチゴもこちらを見ていた。
「アイちゃんっ」
「イチゴっ」
「「落ちるよっ」」
言葉がシンクロした瞬間、真っ逆さまに私達は落ちた。
「あ~楽しかったぁ~♪ ねっアイちゃん?」
「うんまあ……楽しかったかな?」
あれから私達は色々なアトラクションに乗った。完全なズルではあるけど、イチゴの能力のおかげで並ばずにアトラクションに乗れたので、たった半日でほぼ全てのアトラクションを制覇出来てしまったのだ
正直言うと、かなり楽しかった。
イチゴは自由気ままでよく分かんない奴だけど、一緒にいて退屈しないし、意外なことに、気を使うところでは気を使ってくれていた。
何よりイチゴが楽しそうにはしゃいでるのを見るのが、私には喜ばしいことのように思えたのだ。
この子、本当に殺人犯なのかな? 変わってる奴だと思うけど、人殺しなんてそんな悪いことするやつには思えない。
何かの思い違いであってほしいとすら私は思っていた。
というか、この子はいったいどうやってここまで生きてきたんだろう。
誰にも認識されない能力は、いつ発現したんだろう。そんな事すら気になってきていた。
園内随一の高級レストランの一番いい席を陣取ったイチゴは、上機嫌に紅茶をガブ飲みしている。
タダで園に入った上に高いコース料理を勝手に食べてしまい、デデニーランドの皆様すみません。と思いながら、私も運ばれてきた前菜を食べ始めた。
「いっただっきま~すっ」
イチゴがご機嫌でフォークでサラダを取る。というか、思いっきりフォークで突き刺していた。
皿にフォークの先が勢いよく当たり、ガチン! と耳障りな音がする。
そして串刺しになったサラダを口に持って行くが、口に入る前に数枚落ち、その上ぼたぼたとドレッシングがこぼれ、ピンクのドレスに思いっきりシミを作っていた。
怪訝な顔で見るけど、イチゴは気にせずそのまま食べ進め、今度は紅茶をぐびりとあおる。アールグレイティーがだばばと首筋を伝い、襟元を茶色く染めていた。
前から思ってたけど、こいつ、かなり食べ方が汚い。毎回思いっきりこぼしてるし、それを気にする様子もない。
育った環境が原因なんだろうけど、誰にも指摘されなかったのかな? コイツよく分かんないし、殺人鬼だし、言ったら殺されるかな。
でも……これはさすがに言ったほうがいいんじゃ?
意を決して、私はイチゴに問いかけた。
「前から思ってたけどさぁ……アンタちょっと食べ方変わってるよね? せっかく綺麗なドレス着てんのに、汚れちゃってるじゃん」
「ふぇ? そう?」
「自覚なしか……誰かと食事してる時に、言われたこととか無い感じ?」
「ん~、確かに言われてみれば、みんなわたしが食べてるの見て変な顔してたかも?」
「みんなって?」
「わたしに子宮をくれたみんな」
信じられないワードが飛び出して、私は思わず目を見開く。
「え……あんた、今まで殺した子たちとも、こうやってご飯食べてたの?」
「そーだよ? だって、子宮をくれたみんなは、わたしの友達だったんだもん」
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