マザードラッグ──4
「……その話、信じる証拠は?」
睨みつけて問いかけると、少女は不敵に笑ってソファに座り直した。
「アイちゃんの情報を色々聞き出しちゃったし、わたしも特別にいっこだけ教えてあげる。わたし、もう任務は達成してるの。ひとまずママに言われてた分の子宮は集め終えた。だからこれ以上の仕事をするなら、『サービス残業』ってかんじ? つまりこれからどうするかは、『わたし次第』ってこと。でもさ、任務が終わっちゃったらわたし、また一人の世界に戻っちゃうじゃない? それはさみしいなぁって……だから、暇つぶしに、アイちゃんに遊び相手になってもらおっかなって話」
「……遊び相手?」
「アイちゃんがこの話を受けてくれるなら、わたしはもう子宮集めをしないし、あなたの仲間に攻撃もしない。約束するよ。新しい被害者を出さずに済む上に、わたしの動向を監視することができる。アイちゃんにとって、悪い話じゃないと思うんだけどなぁ?」
話を信じるなら、確かにこの子の言う通りだ。
よく分からないけど、この子はなんだか私のことを気に入ってるみたいだし。それに仲良くなっていくことで懐柔できて、説得できて、逮捕できる可能性だってある。
まともに戦って勝てないんだ。この話、乗らない手は無いのかも。
「……わかった。あんたの友達になってあげる。ただし条件はつける。私の仲間には一切手は出さない。人を殺さない。これは絶対に飲んで」
「ふふ、分かった。じゃあ契約成立ね。これからよろしく、アイちゃん?」
「そういえば、あんたの名前は?」
「名前? わたしはね──」
「……がね……刃金!」
突然の声にハッとし、顔を上げる。目の前には腕組みした永月が立っていた。しかめっ面で、メンチを切るみたいにこちらを睨んでいる。
「何をぼーっと突っ立ってやがんだ? 待ち合わせ場所に来ねぇから探す羽目になっただろうが。やる気ねぇなら帰れクソ野郎」
「あ……ごめん」
あれ? そうか待ち合わせ……ってちょっと待って、私、さっきまで何してたっけ?
……いや、それは嘘、ちゃんと覚えてる。さっきまで私、アンユータラス事件の犯人と話してた。
なぜだろう。記憶が消されてない。これ、チャンスなのかも。
「ねぇ、永月。さっきわたし、犯人と──」
そこまで言いかけて言葉を止める。
ちょっと待って。あの子は私の記憶を操作できるはず。記憶をあえて残したのだとしたら、こんな事話して大丈夫かな?
もしかしたら何処かで監視しているかもしれない。視えてないだけで私の隣にいる可能性だって──。
「犯人がどうした? はっきり言えよグズ野郎」
「……ごめん。何でもない」
「チッ! 余計な口きく暇あったらさっさと動け。行くぞ」
「うん」
永月は苛立った様子でCBDを取り出し、吸いながら歩き出した。
あの子、永月とも接触してる可能性がある。確かめたいけど、迂闊なことは言えない。
なんだか常に監視されているような気がして、それからずっと居心地が悪かった。
「ん~! やっぱりここのショートケーキおいしー! タクシーのおじさんにここまで連れてきてもらってよかった~。ね? アイちゃん?」
ヘーゼルナッツ色の丸い瞳がこちらに問いかける。
謎のロリータ美少女、もといアンユータラス事件の犯人が、私に問いかける。
気がつけば私は見知らぬカフェにいて、目の前で少女がケーキを美味しそうに頬張っていた。
状況的に、一緒にティータイムを過ごす友達として呼び出されたらしい。
ここは何処なんだろう。また高校生には不釣り合いな感じの高級なお店だ。
「アイちゃんどうしたの? 食べなよそのホールケーキ。それ、アイちゃんが自分で選んだやつだよ?」
「……うん。いただきます」
無意識状態で自分で選んだらしい苺と生クリームたっぷりのホールケーキに、私はフォークを入れた。
食べてみる。すごく上品な甘さが口の中に広がり、当然のように美味しかった。
「ねえねえ? どう? おいしい?」
「……うん。おいしいよ、すごく」
「そっかぁ~。ふふ、アイちゃんよろこんでくれたぁ。連れてきてよかったぁ~」
少女はテーブルに頬杖をつき、にこにこと上機嫌に言った。その笑顔に、引きつりつつもなんとか笑みを返す。
この状況、私ほんとにやばい気がする。誰にも助けを求めることもできないし。
……でも、なんとかしなきゃ。だって私、6課の人間だもん。冬華に頼まれたんだもん。
現状この子を6課に連行するのは不可能。
だったら──。
私は笑顔を貼り付け、努めて明るい声で問いかけた。
「ねぇ、あなた名前なんていうの?」
「へ?」
「聞いてなかったでしょ? 友達になるんだから、知っておきたいなぁ~と思って」
「えー……なまえ?」
女の子はなぜか即答せず、首を傾げる。そして口元に指先を添え、桜色の艷やかな唇がゆっくりと開く。その拍子に、白く輝く歯が見えた。
綺麗に揃った歯列だけれど、全ての歯の先がやけに尖っている。まるで犬のそれだ。
その珍しい造形に見惚れていると、次の瞬間、がぶりと、鋭く尖った歯が指へと食い込んだ。
甘噛ではない。確実にその歯は、指の皮膚を貫通していた。
「……は?」
呆気に取られて、間抜けな声が口から漏れる。
少女はこちらを気にする様子もなく、一切の加減なく、ぎりぎりと自らの指を噛み締めている。
ぼたぼたと血が流れ落ち、彼女の白いドレスを汚し、ついにはばき、となにかが割れる音が聞こえた。
「ちょっ……何やってんの!?!?」
思わず立ち上がり少女の腕を掴んで口元から引き剥がす。予想通り、血だらけの指は骨が見えていた。
少女は口元を赤く汚したまま、ぽかんとした顔で私を見上げた。
「あえ? ……アイちゃん?」
「まじで何やってんの! こんなに血が出て……ほらっハンカチ!」
スカートのポケットからハンカチを取り出し、傷口に押し当てる。出血の量が多すぎる。白いハンカチがすぐに真っ赤に染まった。
すると少女は目を丸くして私を見つめ、そしてけらけらと笑った。
「あはははっ!」
「何がおかしいの!? 笑ってる場合か! 早く病院行こう!」
「大丈夫。だって私、ナチュラルだもん。あなた達ホルダーと同じように、このくらいの傷なら治癒できるよ?」
「え?」
その言葉の通り、少女の指はみるみるうちに治っていった。
指先に押し当てていた白に戻ったハンカチを、少女は手に取り、膝の上で丁寧に折りたたむ。そして心底幸せそうに頬ずりした。
「うれしいなぁ。アイちゃん、わたしのこと心配してくれたんだぁ~……ねぇ、これ貰っていい?」
「……いいけど」
こいつ、やっぱりイカれてる。
演技だとしても仲良くはなれそうにないな。
「わたしの名前かぁ~。そんなの知りたいの? アイちゃん」
「え? うん……まぁ」
「ポチ」
「え?」
「ポチ。わたしの名前……正真正銘、本当の名前だよ?」
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