マザードラッグ──3
ヘーゼルナッツ色の透き通る瞳がにこりと微笑む。
誰だろうこの子、ていうかここ何処? 高級ホテルっぽいけど……この状況は何?
目の前にある豪華なアフタヌーンティーに困惑しながら、赤いソファに座っている西洋人形のように美しい少女を見た。
「あなたは?」
「わたしはあなたの友達だよ?」
「友達って……」
改めて女の子を見る。中学生くらいの子だ。しかもとびきりのロリータ美少女。
こんな子と友達になった覚えなんか無いんだけど。
「あなたは公安のホルダーで、今はアンユータラス事件の犯人を探してる。そうだよね? 刃金アイちゃん」
「っ! どうしてそんな事知ってるのっ!」
「全部あなたが教えてくれたんだよ? 仲間の情報も言ってたね。永月秋人、孔雀麗、真甘天愛来だっけ?」
鈴の音のような透き通った声が信じられないことを言う。私は少女をキツく睨んだ。
「もしかして……あんたが犯人?」
「そうだって言ったら?」
左手の手袋に手を掛け、ハッとして周囲を見回す。ここはホテルのラウンジだ。他のテーブルでは談笑しているお客さんで賑わっている。
こんな所で仕掛けるわけにはいかない。それを見抜いたように、少女は優雅な仕草で紅茶に口をつけ、ティーカップを置いて言った。
「いいの? ここで暴れたら、周囲のみんなをまきこむことになるよ?」
「コントロールXを使えばいいだけでしょ?」
「残念だけど、わたしにそれは通用しない」
「は?」
意味がわからずそう返すと、少女が不意に立ち上がる。そして他の席で談笑している女子グループのテーブルへと歩いていった。
何をするのかと見ていたら、少女は突然スカートをたくし上げ、テーブルへと踏み出し、そのままテーブルの上に立った。
「おっとっと」
バランスを崩しそうになった少女が両手でバランスを取りながらたたらを踏み、その拍子に、皿の上に盛られたケーキが、ピンクの革靴に踏み潰されてぐちゃりと音を立てた。
「ちょっ何して──!?」
と、思わず言葉を止める。目の前で異常事態が起きてると言うのに、女子達はなぜか気にせず談笑しているのだ。
おかしい。もしかしてみんな……気づいてない?
「ね? わかった? 私、今誰にも見えてないの。何をしたって、何を聞き出したって、何を奪ったって、壊したって、傷つけたって、誰にも気づかれない。誰も分からない。識らないの」
「そんなこと……どうやって」
「これがわたしの能力。わたしが許可した人以外は、わたしを認識できない。認識させない。つまり、そこにいないのと同じなの。今アイちゃんがわたしを認識できているのは、わたしが『許可』したからだよ?」
「……あんた、ナチュラル?」
「ナチュラルだよ。でも、エランじゃない。わたしはあなたと同じ、ハーフだよ」
タトン、と小気味よい音を立てて少女が着地する。その拍子に、パニエたっぷりのスカートがふわりと優雅に揺れる。
女子グループは何事も無かったかのように、黒い靴跡がついた潰れたケーキを食べていた。
「わたしを捕らえることはできない。だって『捉えることができない』から。そうなる前に、アイちゃんからわたしを視えなくしちゃうもん」
少女は優雅に微笑んで、ソファに座り直した。
確かにそれじゃどうしようもない。コントロールXは対象を限定する能力だ。だけど、認識できないのなら取り込むことなんてできない。
それに攻撃しようとした瞬間に認識できなくされたら……厄介な能力だ。
「ね? わかった? わたしって最強でしょ?」
「どうして私だけ許可したの? 6課の情報を引き出すため? それに、どうして女の子ばっかり……もしかして、臓器売買のため?」
もしかして、この子私のことも……もし戦闘になったら勝ち目がない。知らない間に殺される。
このままじゃ、私も他の被害者みたいな姿に。ぞくりと嫌な予感が背骨を伝う。
「質問攻めにするなんて、なんだかはしたないよアイちゃん? 女の子のひみつはね? すこーしずつ仲良くなって、それからいっこずつ教えあうんだよ?」
「無意識状態の私から、6課の情報を根掘り葉掘り聞きだしたくせに。あんたに言われたくない、そんな事」
「あははっそれはごめんね? 悪気があったわけじゃないの。ママにたのまれて、仕方なくやったんだぁ」
「……ママ?」
「そう。ママ。わたしたちのママ。ママの言うことは絶対なの」
私達、という言葉が引っかかった。この子が言っているママというのは、もしかしたら母親という意味じゃないのかもしれない。
「あんたのママは、一体何者?」
「むー。そんなの言うわけないじゃん」
「言いなよ。『ひみつは教え合う』んでしょ? あんたがさっき自分でそう言った。私の情報を奪ったんだから、その一つだけでいいから教えて」
「ダメ」
「だったら無理矢理にでも──!」
立ち上がり、左手の手袋を取ろうとしたその時──。
「逆らうなら、あなたの仲間たちを殺したっていいんだよ?」
その言葉に手が止まる。少女は不敵な笑みを浮かべ、足を組み替えた。
「吹雪冬華だっけ? 確か6課の室長で、あなたの大切な人だよね?まずはそいつから殺してもいいかな? へへ、どうやって殺そう? 皮を剥いで、目をくり抜いて、その目玉を自分で食べてもらおうかな? あ、そうだ。まだ若いみたいだし、子宮を生きたまま引きちぎっても──」
「ダメッ! それは絶対にっ……だめ、」
泣きそうになりながらソファに座り直す。すると少女は身を乗り出し、私の頬を撫でた。
予想外なほど温かい手のひらの感触に、思わず顔を上げる。すると少女は、ヘーゼルナッツの瞳を細め、とろけるような慈愛の笑みを浮かべた。
「アイちゃん、全部聞いたよ。赤ちゃんの頃に親に捨てられて、それからずっとひどい扱いを受けてきたって。このきれいな顔にも大きな火傷痕が残ったんでしょ? 辛かったよね……痛かったよね?」
透き通るヘーゼルナッツの瞳が、透き通る声が、慈愛を込めて私を捉える。繊細な指先が、労わるように私の右頬を滑った。
その瞬間、泣きたくもないのに涙が一筋頬を伝い、私はハッとしてその手を払った。
「最低っ! 過去のことまで聞き出すなんて……!」
「ごめんね? 悪気は無かったの。安心して。絶対誰にも言わないから」
「あんた何なの? 目的が全然分からない。さっさとやり合おうよ。無意識の中ででも、全力で抵抗してやるから」
「もう、どうしてそう好戦的になるかなぁ? わたしにそのつもりは無いよ。だってわたしは、アイちゃんと友達になりたいんだから」
「……ともだち?」
「さっきも言ったでしょ? わたしはアイちゃんの友達だって。ずっと一人でいるからさみしいんだ、わたし。だから遊び相手が欲しかったの」
「遊び相手って……」
「アイちゃん。これからたまにこうやって声かけるからさ、わたしと遊んでよ。ね? いいでしょ?」
言ってる意味が分からず混乱していると、少女はふわりとスカートを翻し、不敵な笑みを浮かべた。
「アイちゃんがたまに遊んでくれるならさ。わたし、もう人は殺さないよ?」
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