マザードラッグ──1
翌日の夜8時、相変わらず私達は歌舞伎町をパトロールしていた。
あの後私とティアラちゃんは「杏奈のことを誰かにチクったら殺す」と永月に凄まれた。どうやら杏奈ちゃんは、ETと人間とのハーフであるということを隠して生活しているみたいだ。
隣を歩く二人を見る。相変わらず黒いサングラスを掛けた永月の腕に、ティアラちゃんが抱きつきながら歩いていた。
しかし、その表情はどこか暗い。永月の顔を見上げることなく、俯いたまま歩いている。
「どうしたのティアラちゃん? なんか元気ないね」
「だっててぃあ、昨日杏奈ちゃんを傷つけちゃったから……ねぇ秋人くん。あの後杏奈ちゃん大丈夫だった? てぃあがぐいぐい行って、失礼なこと言っちゃったせいで落ち込んでなかった?」
ティアラちゃんが不安そうに永月を見上げる。永月は前を見たまま答えた。
「あの程度気にするほどじゃない。お前らと仲良くしたいって、杏奈は喜んでたよ」
「……ほんと?」
「しつこい。つーかそろそろ離せ。歩きにくい」
吐き捨てるように永月が言うと、ティアラちゃんは瞳を潤ませて永月を見上げた。
「秋人くん優しい……もしかして神? 早く結婚してほしいんだが? ねぇ、今から市役所行って婚姻届貰い行こ?」
「チィッ!」
舌打ちをし、永月はティアラちゃんを振り払う。そしてさっさと前を歩いていってしまった。
ティアラちゃんはそんな永月の背中を、目をハートにしてうっとりと眺める。
「はぁ~……秋人くんガチでメロい。メロメロのメロなんだがぁ?」
すごいな。あんな塩対応されてんのに……恋は盲目とはこの事か。走って永月を追いかける。そして耳打ちした。
「ねぇ、今日ほんとに一日中歌舞伎町歩き回るの? こんなんでほんとに犯人見つけられると思えないんだけど。それに、言ったらあれだけど……ティアラちゃんがいなかった方が捜査しやすかったんじゃ」
「いや、あいつは今回の捜査に適任だよ」
「え?」
「刃金。お前にはエランの血が流れてるだろ?」
「え? まあ、そりゃハーフだし」
「宇宙人の血は、引かれ合うんだ。所属や性格、ファッション、信念、その他諸々。共通点が多ければ多いほど、出会う確率が上がる。この事件は全て歌舞伎町で起きてるだろ。つまり犯人もこの街の属性を多く持ってる可能性が高い。つまりこの街に馴染んでる真甘と孔雀さんは犯人に出くわす可能性が高い。適任ってことだ」
「なるほど」
「でも、二人だけに任せてたら不安だろ? だから俺等みたいな監視役が必要ってわけだ」
「ああ、そゆこと」
宇宙人の血は引かれ合う、か。確かにそういう話聞いたことあるな。
じゃあ私と永月は犯人に出会う可能性が比較的低いのかも。
「ねぇ、じゃあ二手に分かれない?」
「は?」
「絶対その方が効率いいでしょ。私と孔雀さん。永月とティアラちゃんのペアで……どう? ティアラちゃん」
「さんせーい! いこいこっ秋人くんっ!!!」
ティアラちゃんが私達の間を割って入り、再び永月の腕に飛びつく。一瞬ぎょっとした永月だが、すぐに諦めたようにため息を吐いた。
「……わかった。じゃあお前はさっさと孔雀さんと合流しろよ。じゃあな、このゴミカス地雷押し付け女」
「口悪っ」
寄り添って、というかティアラちゃんが一方的にすり寄って歩いていくのを見送る。
なんか今回の任務、あんまり私が活躍する出番なさそ。ま、テキトーに解決して、冬華に褒めてもらおっと。
私は孔雀さんとの待ち合わせ場所へと歩き始めた。すると──。
「きゃっ!」
女の子とぶつかってしまった。
私はびくともしなかったが、相手は小柄な子だったせいか、そのまま尻もちをついて倒れてしまった。
慌ててしゃがみ込み、手を貸す。
「ごめんっ! 大丈夫!?」
「うう~……おしり、いたいよぉ~……」
「ごめんね、私、ぼーっとしてて」
女の子が顔を上げ、目が合う。まるで西洋の人形みたいに綺麗な子だった。
ロリータっていうんだろうか。ピンクと白を基調としたフリルがたっぷりのワンピースに身を包み、ミルクティーのようなウェーブヘアの上には同じようなヘッドセットが乗っている。
あまりに綺麗で、私は時間が止まったように、その子に釘付けになってしまっていた。
長い睫毛に囲われた、魂ごと吸い込まれてしまいそうなヘーゼル色の瞳が、じっとこちらを見つめる。
「おねえちゃん、だれ?」
「え、私、わたしは……刃金アイ」
「なにしてる人?」
「公安の……6課のホルダー」
「だれかさがしてるの?」
「アンユータラス事件の犯人を探せって、冬華に言われて」
「ほかに仲間は、いるの? どんな人?」
「……いる。永月秋人、清甘天愛来 (しんかんてぃあら)、孔雀麗。全員6課のホルダー」
「ふーん。犯人の手がかりはあるの?」
「ない。性別も年齢も、わからないみたい」
「犯人を見つけたら、おねえちゃん、どうするつもり?」
「……冬華の言う通りにする」
「殺せっていわれたら?」
「殺す」
「あはは、そうなんだ。はんにん、見つかるといいねっ」
ふいに雑踏が耳に入り、ハッとする。
なんだろう。私、ぼーっとしてた? いや違う。誰かと話してた。そんな気がする。何を? 誰と? 思い出せない。
「さっきまで私……誰と話してたんだっけ?」
そうだ。とりあえず孔雀さんと合流しないと。
待ち合わせ場所のゴヂラのいるビルへと向かうと、何やら人だかりが出来ていてたどり着けない。
「何あの鳥、デカすぎじゃね?」
「なんかの撮影かなぁ? 写真撮ろ!」
群衆から聞こえた情報に心がざわめく。この先にいるのは、もしかして──。
エナジクトの力を足に込め、人混みを飛び越え着地する。そして私は目を見開いた。
8階建てのビルのてっぺんからこちらを覗くゴヂラ像の上に、巨大で真っ赤な羽の鳥が留まっていた
。
視認する限りビルに人はいない。早々に避難したのだろう。
ゴヂラ像よりも巨大な鳥……違いない、ETだ。
群衆を振り返り、叫ぶ。
「皆さん! こいつはETです! 今すぐに逃げてくださいっ!」
人々が悲鳴を上げ、ようやく逃げ出す。
それが刺激になったのか、ETがバサバサと大きな翼を羽ばたかせ、ギャア! と大きく鳴き声を上げ、飛び上がった。
やばい! なんとか止めなきゃ!
左手の手袋を外し、黒い霧をETの胴体へと伸ばす。なんとか捕らえることは出来た。
しかし距離が遠すぎるせいか、すぐに拘束が千切られてしまいそうだ。
周りに被害を出さないためにもコントロールXを使わなきゃ。でも、私一人でこいつを倒せるのか?
エナジクトの力を全力で込めて踏ん張っているはずなのに、鳥が羽をはためかせる度に引きずられていく。足が宙に浮きそうだ。
「っ! ……やばい、持ってかれる!」
「刃金!」
ふいに声が聞こえて振り向く。永月とティアラちゃんが駆けてきていた。
「永月! ETが出たっ!」
「分かってる!」
永月が刀を抜き、飛び上がる。それと同時に黒い霧の拘束がぶつんと千切れた。
ETに差し迫った永月の右目に青い炎が灯り、振り上げた刀が青白く光る。
「第一解放──刺突爆雷!」
刀がETの脇腹に刺さり、大爆発する。しかし全くダメージが無いように見えた。
「クソッ!」
巨大なくちばしが身体を突くその寸前で刀を引き抜き、永月は地上へと着地する。
「秋人くん見てて! てぃあがあのETを焼き鳥にしてあげるっ!」
ティアラちゃんが飛び上がりETへと向かう。
黒いネイルで彩られた指先が風にはためくスカートの表面を撫でると、スカートの中から爆弾がゴロゴロとこぼれ落ちた。
「めんどいから最大火力でやっちゃうっ! アイちゃん! 周囲にバリア張ってて!」
「わかった!」
人のいる場所周辺を永月と手分けしてバリアを張る。
ティアラちゃんが鳥を指さすと、無尽蔵の爆弾が鳥めがけて飛んでいった。
「点火ぁっ!」
声と同時に爆弾が赤く光り、一斉に爆発する。爆音が地を揺らし、煙を伴った爆風が周囲を覆い隠す。
煙が晴れる。ETは動かなくなっていた。
しかし、様子がおかしい、ビルの上に留まり、翼で身を守る用に丸まっている。
やがてその翼が、ゆっくりと開く。ETは無傷だった。
「嘘っ!?」
着地したティアラちゃんが焦った顔で永月を振り返る。
「空を飛んでる相手じゃ、てぃあの第一解放使えない……ねぇ秋人くん! こいつやばいよ! 絶対Sランク以上だよっ!」
「だな」
「そんな……SランクのETなんて、」
冬華から聞いたとこがある。Sランク以上のETを倒すには、少なくともSランクのホルダーが5~10人は必要だって。
AランクのETはこの間永月と協力してなんとか倒した。でも、それも運が良かっただけなんだろう。
応援が来るまで……私達で食い止めないと。
「清甘、第二解放は使えるか?」
「……秋人くんの前では、できれば使いたくない」
永月は一瞬眉間にシワを寄せたが、切り替えたように言った。
「あのETを俺達だけで倒すことはできない。万が一の場合を除いて、コントロールXは極力使うな。避難誘導は交番の奴らに頼んだし応援要請はした。周囲に被害が出ないように気をつけつつ、俺達でなんとか時間を稼ぐぞ」
ふいにETが再び羽ばたき、空を旋回する。そして私達へと視線をロックオンして空中に静止し、口を開いた。
暗い口の奥が光り、巨大な火の玉が発射された。
「やばいっ!」
三人で最大出力のバリアを張る。そのバリアが破られそうなほどの火力だ。
なんとか防ぎきる。周囲を見ると、バリアしていなかった部分のコンクリートが、マグマのようにドロドロに焼け溶けていた。
「これ……当たったら確実に死ぬやつ」
「来るぞッ!!」
永月の声にハッとして前を見る。ETがこちら目掛けマッハで飛んできた。
掘削機のように巨大で鋭利なくちばしが寸前まで迫ってくる。避けられない。最大限のバリアを展開し、目をぎゅっとつむった。
その時──。
『止まれ』
拡声器を通したような声が周囲に響き、静かになる。
目を開けると、巨大なくちばしが眼と鼻の先の距離にある。しかしその巨体は、まるで時が止まったように静止している。
「……何これ」
「よお、おまたせぇ~」
聞き慣れた上機嫌なへろへろの声に、三人一斉に振り向く。
ストゼロを持った赤らんだ顔の孔雀さんが、へべれけ状態でこちらに歩いてきていた。
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