シンデレラグレイー1
7階建てのビルが爆炎で砕け、吹き飛び、一瞬で消し炭となる。ガラガラと崩壊するビルの破片を避けながら、ティアラは地へと着地した。
爆風でなびくツインテールとスカートをそのままに、ティアラは自分の生み出した光景を見渡す。
歌舞伎町という雑居ビルだらけのはずの街が、見渡す限り、灰色の瓦礫に変わり、平地と化していた。
彼女の第一解放はホルダーの中でも指折りの破壊力を持っている。
ティアラの第一解放『マイン・フィールド』を食らって生き残ったETは、いまだかつて存在しない。
任務を平気でサボって遊び回るティアラが、常にSランクであり続ける由縁だ。
身を隠せるようなものは存在しない。奴の姿は見当たらない。間違いなく消し炭に出来たはずだ。ティアラはそう確信し、腕を組んだ。
「アンタが悪いんだからね。アンタがてぃあの邪魔するから……てぃあはちゃんと忠告したもん。悪く、ないもん」
組んだ腕の上にある指先が、カタカタと小刻みに震える。
どうしよう。てぃあ、本当にアイツのこと殺しちゃったのかな? 人を殺すのなんて、はじめてだよ。
どうしよう。どうしよう。
高揚感が去り、ズキンズキンと胸の奥が痛み、罪悪感が一気に押し寄せる。
さっきの仲間が来るかもしれない。早く逃げないと──。
駆け出そうとした時、
ガラガラ。
近くのコンクリートの瓦礫が動く音がし、誰かが姿をあらわす。ティアラは信じられないような目でそちらを見た。
瓦礫から這い出し、刀を杖代わりにして立ち上がったその人物は、永月だった。永月は右目に青い炎が灯し、ティアラを睨む。
「うそ……なんで……?」
「俺の第一解放も爆発系だからな。同じタイミングで発動することで、テメェの爆発を相殺してやったんだ」
「相殺?」
エナジクトの攻撃は使用者には干渉しない。そこで永月は考えたのだ。
彼の第一解放、刺突爆雷を発動することによって周囲に自分の爆撃を展開し、彼女の爆撃を防ぐという方法を。
「そんな……それじゃティアラの攻撃、アンタには効かないってことじゃん」
戦意喪失し、へたり込むティアラに永月は歩み寄る。刀を手に歩いてくる永月を見上げ、ティアラはガタガタと震える。
やばい。絶対やり返される。だっててぃあ、コイツのこと殺そうとしたんだもん……殺されちゃうっ!
目の前まで歩いてきた永月がティアラに手を伸ばす。ティアラはぎゅっと目を閉じた。しかし、しばらく待っても何も起こらない。
恐る恐る目を開ける。永月はこちらに手を差し出していた。彼の武器である刀は、鞘に収まっている。
「……なに?」
「立てよ」
「なんで?」
「どっか怪我でもして、立てないってのか?」
「そうじゃなくてっ……なんで、なんでティアラに何もしないの? ティアラ、アンタに攻撃したんだよ? 死んでもおかしくない攻撃した! 殴るくらいすればいいじゃん! ボコればいいじゃんっ!」
永月は煩わしがるようにチィ! と舌打ちをし、答えた。
「俺をテメェみたいなガキと一緒にすんな。俺には女を殴るような趣味はねぇっつの」
「趣味とかじゃないよ。男ってそういうもんでしょ? 『気に入らないことがあったら殴って躾けるんだ』って、パパだってずっとそう言ってた。てぃあのことボコボコに殴ってた! ……星亜くんだけだもん。てぃあのこと殴らない男は、星亜くんだけ。星亜くんが、そう言ってたもん……っ」
ぽろぽろと大粒の涙を流し、ティアラは訴えかける。永月はため息をつき、若干やわらかい声のトーンで言った。
「それはお前のいた環境がイカれてたってだけだ。そんなクソみてぇな野郎共と俺を一緒にすんな。だいたいお前は6課の人間、いうなれば俺の仲間。そんな奴に手を上げて、何の得がある?」
「あはは……そんな男、この世に存在するんだ。今までの彼氏で、てぃあのこと殴らなかった人なんか……いなかったよ」
黒いネイルが光る指先で涙を拭い、ティアラは落ち着きを取り戻したように、膝を抱えて座り込んだ。
「分かってるよ。今の状態が良くないってことくらい。でも……せいあくんに会わないなんて。そんなこと、考えられない」
「なんで?」
「てぃあだってね、 星亜くんがてぃあのこと金づるとしか見てないってこと、ちゃんと分かってるの。でも星亜くんは、貢いだら貢いだ分だけちゃんと応えてくれる。てぃあのこと愛してくれる。かわいいって言ってくれる。抱きしめてくれる。褒めてくれるの。そんなふうにしてくれる人……こんなゴミカスなてぃあを大切にしてくれるのは、星亜くんだけなの。星亜くん以外に、てぃあのこと大事にしてくれる人なんて……この世に居ないんだよ? ママにてぃあは星亜くんが好きなの、星亜くんに捨てられたら……生きていけないの!」
「呆れるな。そんなカスみてぇな承認欲求満たすためだけに、任務ほっぽって身体売ってるってのか? そのクズ野郎に愛されるために、クソオヤジ共に身体を許してるのかよ」
「違うもん! てぃあは身体売ってないっ! 色んなとこに行って、エナジクトの力を使ってトンネル採掘手伝ったりしてんのっ! ちゃんと汗水垂らして金稼いでんのっ! 人の役に立って手に入れた、綺麗なお金なのっ!」
「だったら尚更だろ。その金、自分のために使えよ。そのうるせえ口を、自分を守るために使え」
「でも──!」
言葉を遮るように、秋人はティアラの頬を掴む。そして顔を近づけ、目をしっかりと見つめた。
「誰かに縋るな。救ってくれる誰かを待つな。自分以外の誰かを使って、自分を承認しようとすんな。お前の力を利用しようとして近づいてくるクソみたいな連中はな、お前に利用価値を感じられなければ絶対離れてく。縋ったって、媚びたって、本当に呆気なく、ゴミみたいに捨てられるんだ。その時に残るのはなんだ? 散々利用されるだけ利用されて、ボロボロになったお前自身だけだろ? お前は人を愛せたんだ。人に尽くせたんだ。だからこれからは、そのクソ野郎を愛したように自分を愛せ、自分に縋れ、自分を救え、自分のためだけに、自分の力を使え。俺はそうした。楽になったよ……間違いなくな」
動揺に揺れる瞳を見つめながら秋人は語りかけ、そして立ち上がる。
ティアラはへたり込んだまま、その言葉を胸の内で反芻しているようだった。
「秋人くんの言ってること。全然分かんないよ。自分を愛するなんて。自分のために生きるなんて。そんなの全然わかんない……てぃあ、ママに言われてたんだ。『アンタは寄生虫だ。アンタは誰かに寄生しないと生きていけないんだ』って。だから、どうやったらいいのか分かんない。酷い人だとしても、利用されてるだけだとしても、好きな人から離れるなんて、出来ないよ。だって、今までずっと甘やかしてくれたんだもん。てぃあにとって星亜くんは神様……生きるための希望だったんだもん」
「……分かった。だったら俺がぶっ壊してやるよ。そのくだらない幻想をな」
「え……きゃっ!?」
ティアラが驚いた声を上げる。秋人が強引に腕を引いたからだ。立ち上がったティアラはおずおずと秋人を見上げる。
その瞳をまっすぐ見つめ、秋人は言い放った。
「清甘、ホストクラブに戻るぞ」
「ホストクラブって……なんで」
「俺があのクソ男を負かして、目を覚まさせてやるよ。テメェの貢いできた幻想が以下にくだらないもんが、思い知れ」
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