アタシー10
「辛いよね。苦しいよね。誰も自分のことなんか分かってくれない。分かり合うことなんて出来ない。そういう気持ち……私もそうだった。分かり合える人なんて、この世界に一人もいない。友情とか恋愛とか、そういうのは幻想の中にしか無いって。でもさ……そうじゃなかったよ?」
私を救ってくれた人──冬華を思い浮かべる。
自分の為だけに用意された誕生日ケーキの味とか。抱き締められた時の安心する感じとか。
一緒に買い物したり、お話したり、そういう時に感じたときめきとか。
全部、涙が出るくらい嬉しかったから。
「ソラちゃんって、本当はほのかちゃんとアキラちゃんのこと、大好きだよね?」
「……それは」
ソラちゃんの眉を下げて言い淀む。弱々しくて、頼りない。
きっとそれが本当のソラちゃんの表情。
テランへの嫌悪とか、ほのかちゃんの悪口とか、全部強がりだったんだと思う。
怖かったんだ、きっと。
自分で自分を愛せないから、誰かに愛される自信もなくて。
拒絶される前に、自分から突き放した方がましだって。
「私みたいなハーフの言葉、信じられないかもしれないけど。私、今の生活を手に入れてから分かったんだ。過去の私は、最初から全部諦めちゃってた。だから何にも手に入れられなかったんだって。欲しいものがあるのなら怖がらず、勇気を出して、なりふり構わずぶつかっていくくらいじゃないといけなかった」
「なりふり構わず……ぶつかっていく?」
ソラちゃんの瞳が私だけを映す。その瞳には悪意も憎悪も見当たらない。
猫みたいな丸い瞳をいっそう丸くし、私の言葉の真意を、意味を理解しようと、まっすぐに見つめていた。
失踪事件の犯人だし、逆らったというだけで私のこと滅多刺しにしたし。
ソラちゃんはきっと、6課の定義で言うなら『わるい宇宙人』なんだろう。
でも私は、ソラちゃんのことを嫌いになることが出来なかった。
なんとなく、放っておいちゃいけないような。そんな気がした。
「私もまだ欲しかった全部を手に入れたわけじゃなくて、足掻いてる途中なんだけど……ソラちゃんも私と一緒に、足掻いてみない? 少しだけ。今よりほんの少しだけ周りの人のことを信じてみる。それだけでも、きっとソラちゃんの空っぽは満たされるよ。私、ずっと虐められてたから、人の悪意には敏感なんだ。そんな私だから分かるの。ほのかちゃんも、アキラちゃんも──心の底から、ソラちゃんの事が好きだと思うよ?」
涙に濡れた頬を優しく撫でて微笑む。
すると、ソラちゃんは私をじっと見上げたまま、頬に添えられた手をそっと握った。
「ねえ、アイちゃん。アタシ……信じていいの? あなたの事を、信じていいの?」
その声には今までのような狂気も怒りも存在せず、弱々しくて、少し触れたら折れそうなほどに、か細かった。
私はその弱々しくも切実な問いかけに、はっきりと頷く。
「私はソラちゃんのこと利用したいだとか、チヤホヤしたいとも思わない。ただ、私にちょっと似てる所があるのが分かって嬉しいんだ。そういう人に出会ったの、初めてだったから。だから、そこがなんか……好きだよ」
「……アイちゃん」
ソラちゃんが素直な瞳を潤ませ、私の名前を呼ぶ。
私もそれに答えようと口を開いた。
「さ、一緒にここを出よう。繧ス繝ゥちゃん」
あれ? 今私、なんて言った?
首を傾げると、ぼたぼたと鼻から液体が伝い、ソラちゃんの顔に落ちる。
その液体は赤ではなく、黒だった。
「あ……ア……縺ゅl……?」
「アイちゃん?」
ソラちゃんが私を見上げてる。心配そうなカオして。
ボタボタ。
鼻から、口から、目から、黒が溢れ出す。
「アイちゃん……ねぇアイちゃん! 大丈夫!?」
ソラちゃんが起き上がり、わたしの肩を揺する。
大丈夫と答えようとしたけど、ダメだった。
身体も、頭の中も、クロにそまっていく。
あ、まただ。これ、この感覚、くろ、狂──。
ブツンと、そこで私の意識は途絶えた。
◆
壁の外が静かになった。終わったのだろうか。
両手両足を拘束された秋人は、アイの作った障壁の向こうへと耳を澄ます。
「おい、刃金!」
叫んでみるが返事はない。代わりに宇宙ソラの声が聞こえた。
「アイちゃん……ねぇ……アイちゃん! きゃあっ!」
聞こえた声はどこか切迫してるようだ。
「ぐっ……待って、なんでっ……貴方……アイちゃん、なの?」
和解したのか? 決着はついたのだろうか。だが、どうやら何か問題が起こっているらしい。
まずは状況の把握が優先だ。
「おい宇宙ソラ! 俺の拘束を解けっ!」
秋人が声を張り上げると、すぐに拘束が解ける。刀を出現させ、黒い壁を切り裂いた。
バラバラになった黒い壁の向こうに見えた光景に、秋人は思わず目を見開く。
「刃金……いや、お前は──」
『繧薙∴?』
刃金と呼ばれたその人物は、振り向く。
頭の天辺からつま先までを覆い隠す硬質な黒い鎧。禍々しいオーラで塗れたその姿。
『縺……ア……繧「繧ュ……トォ?』
ソラの首を片手で締め上げながらそこに立っていたのは──バーサーカー状態の刃金アイだった。




