アタシー9
足に全力を込めて駆け出す。するとそれを追尾するようにナイフの雨が降り注いだ。
全力で走り続け、追いついてくるナイフを霧のガードやナイフで弾き返して防ぐ。
だけどナイフの大群は私の方向だけでなく、四方八方に飛び散っていた。
さっきより精度が落ちてる。怒りで我を忘れてるのかもしれない。
これなら、動き回ってれば避けきれるかも──!
「アンタみたいな凡人に、アタシの苦しみなんか分かるわけがないっ! 何も背負って無い癖に! やろうと思えば何だって出来る身分の癖にっ! 逃げようと思えば……何処にだって行ける癖にぃっ!!!」
ソラちゃんが再び大量のナイフを召喚する。そして私目掛けて放った。
「ぐぅっ!」
弾き返せないナイフが、ガードを貫いて足に突き刺さる。
怯んで足を止めると、一極集中でナイフが降り注いだ。黒い霧を傘のようにして防ぐ。
物量で押され、まるで上から重機で押さえつけられているみたいだ。
防ぐのが精一杯で、身動きすら取れない。
「アタシの人生は、役割は、生まれた時から決まってるのっ! 自由にできるのは今だけなの! 大人になったら、アタシはどんな手を使ってでもこの国の首相にならなきゃいけないっ! あの愚かなテラン共の為に、死ぬまで働かなくちゃいけない! 首相になれなきゃアタシ……ママに捨てられちゃうの! 学校卒業したら頑張るから、だから今は、今だけは自由にさせてよっ! そうじゃなきゃ……何のために生きてるか分かんないじゃん!? そんな苦しいばっかのアタシの気持ち、お前なんかに分かるわけないっ!!」
ソラちゃんは叫ぶ。嘆くように、慟哭するように。
私もそれに、叫んで答えた。
「分かるわけ無いじゃん! 逆に聞くけど、あんたは私の気持ちがわかるわけ!? 何も与えられず、誰にも愛されず、誰にも大切にされずにずっと虐げられてきた私の気持ち……分かるかって聞いてんのッ!」
「うっさい! ……っ!」
ナイフの猛攻がぴたりと止んだ。
ふと見ると、ソラちゃんは頭を押さえて俯いていた。その身体が、ふらりとぐらつく。
そうか。ソラちゃんの力の根源は血液。
さっきお昼ご飯、パン一口しか食べてなかった。
──今だっ!
「あっ!?」
一瞬の隙を狙い、最大の力でタックルをかます。ソラちゃんはバランスを崩して倒れた。
間髪入れずにその身体に跨り伸し掛かる。今度は私がソラちゃんに馬乗りになった。
打ち付けた背中の痛みに顔を歪めるソラちゃんの襟ぐりを掴み、額にガードを集中する。
そして私は頭を一度引き、ソラちゃんのおでこ目掛けて、思いっきり頭突きをした。
ガツン! と頭蓋と頭蓋がぶつかる鈍い音と振動が響く。
「がぁっ!」
ソラちゃんが鈍い悲鳴を上げる。どうやらバリアは発動しなかったようだ。
額から血を流し怯んだその頭を、すぐさま最大出力の力を込めて掌で押さえつける。
そしてナイフの刃先を白い首筋へと押し当てた。
「どう! これでもまだ──」
言いかけてハッとする。
ソラちゃんの瞳は涙に濡れ、その顔からは怒りと狂気が消え失せ、眉は弱々しく下がっていた。
「何よ。なんなのよアンタ……いったい、何だっていうのよぉ……っ!」
「……ソラちゃん?」
「誰もアタシの気持ちなんか分かってくれない。テランだって、ママだって。みんなみんな……自分のことばっかりっ!」
ソラちゃんは私を睨みつけ、目尻に涙を滲ませて叫ぶ。
「本当のアタシになんて、誰も興味がない。アタシが自分の役に立つから。利用価値があるから。上辺だけでチヤホヤしてるだけ。そんなのアタシだって何となく分かってる。だから、虚しいの……どれだけ服や靴を買ったって、やりたかったモデルの仕事をしてみたって、どれだけたくさんの人に持て囃されたって。何してたってずっと空っぽで……全然満たされない。自由に出来るのなんて今だけだっていうのに、ずっと苦しいの、辛いのっ! さみしいのっ! だから……そんなアタシのこと、馬鹿にしないでよっ! これでも自分なりに、みんなの為に頑張ってるんだから。役に立てるよう、一生懸命やってるんだからぁ……っ!」
そう言い切って、ソラちゃんはボロボロと涙を零し、泣きじゃくり始めてしまった。
私は首筋に当てていたナイフをそっと引っ込め、頭を押さえていた手を外した。
そうか。ソラちゃんがほのかちゃんを嫌ってた理由、何となく分かった。
羨ましいんだ。憧れちゃうんだ。嫉妬しちゃうんだ。自分とはまるっきり正反対だから。
自分には無いものを、たくさん持ってるから。
素直に人を頼ることが出来て、掛け値なしに人に優しくできて、眩しいくらいに可愛くて。
ありのままのそのままで──みんなに愛されてるから。
「アキラちゃんも、きっとほのかだって、こんなアタシの事、ほんとは嫌ってる。分かってるよそんな事……でもいいの。誰に嫌われたっていい。それくらい覚悟してる。だから今は……今だけはアタシは、アタシの自由にしたいの! だから放っておいてよ! 好きにさせてよっ! もう……構わないでよぉ……っ!」
ソラちゃんの瞳から、大粒の涙がぼろぼろと零れる。
その涙は赤でも、青でも、緑でもなく。私と全く同じ、透き通った色をしていた。
私、勘違いしてた。
ソラちゃんはエランだから。上流階級だから。私達と感覚が違うから。絶対に分かり合うことなんて出来ないって。
そう決めつけて、ソラちゃんの『本当』を、理解しようともしてなかった。
ソラちゃんのあの高慢な態度も、ワガママも、その全部が──自信の無さの裏返しだったんだ。
私はソラちゃんをそっと抱きしめた。
ソラちゃんがハッとし、私の腕の中で暴れる。
「なにすんのっ離してよっ! はなせっ!」
「ごめんソラちゃん。私、ちょっと言い過ぎた」
そう囁くと抵抗が止む。
ほら、抱きしめたらよく分かる。あったかいし柔らかい。
ソラちゃんは私と全く同じ──普通の人間なんだ。
「ソラちゃんはずっと苦しんでたんだね。分かるよ、ソラちゃん気持ち。だって、私もソラちゃんと同じ気持ち、ずっと抱えて生きてきたから」
「……え?」
そう。環境が違っただけで、私もソラちゃんと同じ苦しみを抱えてた。
だから分かる。ソラちゃんの『満たされない』の正体が──。
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