アタシー5
「ちょ、ちょっとソラちゃんっ! どこ行くの?」
「どうせ校内に探してる人がいるんでしょ? 探検ついでに校内の案内してもらおっと!」
「いやっ、ちょっ……待ってってばっ!」
私の話など聞かず、ソラちゃんは私の腕を引っ張って、鼻歌交じりにどんどん歩いていく。
ソラちゃんってなんか自由気ままな猫っぽい感じで、こっちが振り回されちゃうというか。
ペースに乗せられて、上手くコントロールできないし、何考えてるのか全然読めない。
まずい。正直に話したの、失敗だったかも。
そうだ。永月に連絡入れとかないと──。
「あ、そうだった。これ捨てとこ」
ソラちゃんはスカートのポケットから、さっき一口だけ食べて残したランチパックを、当たり前のようにゴミ箱に放り投げた。
「ちょっ!? 何やってんの! まだめっちゃ残ってるじゃんっ!」
「? いらないから捨てただけだけど。だってこれ以上食べられないし。体型管理もモデル仕事なんだから、仕方ないじゃん」
ソラちゃんは頭の後ろで手を組んで、あっけらかんとそう返す。
いや、理屈は分かる。分かるんだけどさ。言ってくれたら私……全然食べたのに。
「地球来て思ったんだけどさあ。体型の自己管理できてない人が多いよねぇ~。街を歩く度に、あんなに贅肉つけて歩いてて恥ずかしくないのかな? って思っちゃうよ。恥じらいも、努力する気も無いんだろうね? アタシだったらあんな格好で外なんか歩けないよ~」
あははっ。
誰もが見惚れるような綺麗な笑顔を浮かべて、ソラちゃんは毒を吐く。
私は不快感を抱きながらも、「へえ……そうなんだ」と返すしかなかった。
「でもさ~アイちゃんは、スタイルいいよね?」
突然ソラちゃんが猫みたいな丸い目を細めて、私を上から下まで眺める。
「手足もスラッとしてるし、背も高いし。アキラちゃんも結構いい感じだと思う。でも、ほのかはちょっとなぁ~」
「……え、」
私が険しい表情で固まったことなど気にせず、ソラちゃんは歌うように、自由気ままに言葉を続けた。
「ほのかって顔はめっちゃかわいいしスタイル良い方だけど、かなり背が低いじゃん? 148cmだっけ? せっかく顔があんなに可愛いのに、背が低いともったいないよねぇ~。ほんとかわいそ~」
ソラちゃんのあんまりな言葉に、私は思わず拳を握りしめる。
さっきからこの人、何言ってるの? 自分の友達のこと、普通そういう言い方する?
……駄目だ。駄目だ怒っちゃ。
だってソラちゃんは上位種のエランの中でも最上位の存在。
それに比べて、私は最下層のハーフ。言い返す権利なんか無い。
それにソラちゃんは──『一応』私の友達なんだから。
「地球人ってまじで使えないゴミばっかりで、嫌になるよね~。アイちゃんもエランの血が流れてるなら分かるでしょ? テランってさ、私達があいつらの知能に合わせてあげないと会話すら成り立たないの。見た目も悪いのばっかだし、ほんっと頭が硬くて使えないゴミ。存在価値なーし。そもそもこんな小さな惑星、私達エランがちょーっと攻撃したら無くなっちゃうのに。それ分かってんのかなぁ?」
だめ、ダメ。我慢──がまん。
「アタシはママがこの国を牛耳ってるから、仕方なくここにいるけど。本当なら故郷の惑星に戻りたいくらいだよ。アイちゃんもさ。こんなとこさっさと出ていって他の惑星に行ったほうがいいよ? 地球のブランド品はサイッコーに質が良くて好きだけど、テランはほんと頭空っぽの馬鹿ばっかりで嫌になっちゃう。その癖、あのゴミ教師みたいに偉そうに指図してくる奴もいるし。ほんとさぁ、みんなアタシが誰だか分かってるのかって──」
「ソラちゃんってすごいよね。私、本気でそう思ってるんだ。他の人とは全然違うよ。特別だと思う」
「え? ふっふ~ん。でしょ? やっぱアタシって最きょ──」
「だって本当に凄いよ。だってソラちゃんがなんでそんなに偉そうにしてられるのか、全然分かんないんだもん」
「……は?」
ソラちゃんが振り返る。大きな瞳が、敵意を宿したように瞳孔を狭めた。
私もその威圧感に負けないよう、睨むように見つめ返す。
「人なんて、みんなそれぞれ違って当然でしょ。人種も、育ちも。好きなことも、嫌いなことも。得意なことも、不得意なことも。ソラちゃんはそういうのを対して知りもしないくせに『テラン』って一括りにして、何も良いところが無いと決めつけて、見下してバカにしてるみたいだけど。それはソラちゃんにはテランの良い所が見えてない。分かろうともしてない。つまり、『視野が狭くて想像力が足りない』ってだけのことなんじゃないの?」
「何急に。アイちゃん、アタシに逆らうわけ? ハーフのくせに」
ああやっぱりだ。この圧倒的にこっちを見下してくる、この虫けらを見るような視線。
自分が一番で、それ以外の周り全てを見下してるこの傲慢さが滲み出た嫌な感じ──鈴音ちゃん思い出す。
そっか。だから私、ソラちゃんのことが苦手なんだ。
「私だって、今まで生きてきて、嫌な人にも嫌な目にも散々遭ってきたよ。この世界自体に絶望してたりした。でも、こんな私のことを受け入れてくれる優しい人もいるって事、ちゃんと気づけた……だから、そういう風に何もかもを決めつけて馬鹿にされるのは、ほんっとうに嫌というか」
テランを馬鹿にするのは許せない。
こんな私に声を掛けて友達になってくれたほのかちゃんも、アキラちゃんもテラン。
そして何より、私を地獄から救ってくれた冬華だって──紛れもなく、テランなんだから。
「だから、そんな考え方をしちゃうソラちゃんの価値観が、私は受け入れられない。それに、『自分が首相の娘』だからって理由でワガママを通そうとしてるみたいだけど、それってソラちゃん自身の実力じゃないよね。ただ単に、お母さんが凄いってだけでしょ? 『たまたまエランとして生まれて』、『たまたま首相の娘』だった。それだけの事じゃない。だからね……ソラちゃんは何も『凄く』ない。人に対して偉そうにする権利なんか、無いんだよ」
ソラちゃんの視線がいっそう鋭さを増し、空気がぴんと張り詰め、呼吸すらし辛いほどだった。
だけど私は逃げるわけにはいかない。私は周りの人に救われた。
そんな大切な人達を馬鹿にするような真似、許せるはずが無い。
「ふーん。アイちゃんのスタンスは分かったよ。まあ約束しちゃったわけだし、人探しは、手伝ってあげる」
「い゛っ!?」
腕を乱暴に掴まれ、そのまま引っ張って連れて行かれる。
ギリギリと骨が軋み、顔が苦痛に歪む。
「ちょっ離して……離してよっ!」
私はその手を振りほどこうとした。でもびくともしなかった。
なにこれ。凄い力──抜け出せないっ!
そのまま成すすべもなく腕を引っ張られ、たどり着いたのは放送室だった。
放送室に入るなり、ソラちゃんは苛ついたように私を突き飛ばした。
大量のカセットテープが納まった棚に背をぶつける。その反動で、上の方のカセットテープがバラバラと頭の上に落ちてきた。
「っ……ソラちゃん。なにを……っ!」
ソラちゃんは操作盤のボタンを押し、全てのチャンネルをオンにして最大ボリュームにした後、マイクに向かって言った。
『アーアー、みんな聞こえる~? 一年A組の刃金アイちゃんが、校内で起こった失踪事件の犯人を探してま~すっ! 潜入捜査中みたいで~す! 何か知ってる人は至急アイちゃんの所まで来てくださ~い!』
盛大にハウリングしたマックスボリュームのソラちゃんの声が、校内全体に響き渡る。
私は血相を変えて駆け寄り、慌ててマイクのボリュームをオフにした。
「ちょっとあんたっ! 何やってんの!?」
肩を掴んで怒鳴る。そしてその顔を見てゾッとする。
振り返ったソラちゃんは、得体の知れない笑みを浮かべていた。
「ソラちゃん。あんた──」
視界の端でシュッと何かが動く。次の瞬間、胸にドンと大きな衝撃が襲った。
何が起こったのか分からず胸元を見る。
私の胸にソラちゃんの拳。そしてその拳は、何かを握りしめていた。
私は目を見開いたままソラちゃんの顔を見る。
「あははっ」
ソラちゃんは頭をもたげ、高揚したように頬を染め、尖った八重歯をのぞかせて心底楽しそうに嗤った。
白いカッターシャツが、みるみる赤く染まっていく。
ソラちゃんが胸に振り下ろした物。私の胸の奥深くまで突き刺さっている物。それは──鋭利なナイフだった。




