ビビデバー3
「ちょっ永月さん! 猫ちゃんになんてことを──」
「お前、相っ変わらずの女好きだな」
永月さんは何故か、持ち上げた猫ちゃんに視線を合わせ、うんざりするように話しかけた。すると。
『よおアキト、調子はどうだ?』
「ほあっ!?」
猫ちゃんから男性の低い声。私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「クソ新人。こいつはただの野良猫じゃない。擬態してる地球外知的生命体──ETだ」
い、ET!? じゃあこいつ──退治しないとっ!
左手の手袋に手を掛けた瞬間。永月さんの手の中で猫ちゃんが飛び跳ねた。
『ちょっ!? 待てよ嬢ちゃん! おいアキト、ちゃんと説明してくれよ!』
「え……永月さんと知り合い?」
「こいつはキジトラ。6課が指揮下に置いてるETだ。意思疎通ができる個体だから、治安維持の為に渋谷一帯に生息してるETのまとめ役を任せてる」
『はじめまして、綺麗なお嬢さん? オレはキジトラ。見ての通り、超絶美形のオス猫だ。どうか以後お見知りおきを』
キジトラが私に向かってウインクをする。おお、猫のウインクなんて初めて見た。っていうか、自分で超絶美形とか言っちゃうんだ。
確かに毛並みもツヤツヤで、お目々も透き通ったグリーンだし、顔立ちも上品な感じに整ってる。まごうことなき美猫だ。
「私は6課に最近入った刃金アイです……よろしくお願いします」
『へ~アイちゃんかぁ、いい名前だ。愛、それはオレが生涯追い続け渇望する、この世で最も尊いモノ……アイちゃん。今からオレと二人で本物の愛を──』
「クソ新人。さっきこいつに噛まれてたら、お前はこのドスケベ猫野郎の性奴隷にされてたぞ。キジトラには『噛みついた相手を絶対服従させる力』があるからな」
「せっ性奴隷!?」
『いやいやっ!? さすがのオレでもそこまでヒデェ事はしねえって! 変な印象与えんなっ! ……つーかアキト。なんで制服なんか着てんだ? もしかして、この子とコスプレデート中だったり?』
「へ!? で、ででっ……デート!?」
「んなわけねぇだろ。ただの潜入捜査だ。ついでに聞いとくが、この制服着た奴で怪しいのはいなかったか?」
『んー? それ曼荼羅高校の制服だろ? たまに見かけるけど、健全に遊んでるだけの子ばっかだな』
「それ以外の異変は? 例えば、新しいETが来たとか」
『う~ん。オレの縄張りでは特に動きはねぇな。妙な事してる奴や新入りが来たなら、オレに一報くるはずだし……あ、そういや今日はクロの旦那が妙に気が立ってて怖かったって噂は耳に入ってたぜ?』
「クロか……了解。じゃあ引き続き頼む」
『あいよっ! それより今度こそカワイコちゃんとの合コンセッティングしてくれよ? オレにとっちゃそれだけが生き甲斐なんだからさ~』
「……気が向いたらな」
『約束だぜ?』
永月さんがキジトラさんを地面に下ろす。そして「行くぞ」と踵を返した。
『またなアキト。アイちゃーん今度はデートしようなー! 後悔させないぜ~?』
「あはは……じゃあまた」
たとえ猫だとしてもチャラい男は勘弁かな。出来るだけ近寄らないようにしよう……。
「とりあえず、今日の所は異常なしだな」
「はい……」
それから二時間が経ち、渋谷の街を夕日が赤く染め始めた頃。永月さんがやっと歩みを止める。私はぐったりとその場にしゃがみ込んだ。
私達は渋谷の街を一通り回った。路地裏から雑居ビルまでくまなく見て、動物に擬態したETに話を聞いたりもした。
猫、カラス、ハト、スズメ、果ては飼い犬飼い猫まで。
何気なく歩いていた街で見かけていた動物の中に、こんなにもたくさんのETが隠れているなんてと、私は驚くばかりだった。
「じゃあ今日は、これで終了ってことですか?」
「……いや、次で最後だ。一人で行くから、お前はもう帰っていい」
「え? まだあるなら、私も一緒に行った方が……」
「お前を気遣ってるわけじゃない。『あいつ』は人間が苦手なんだ……繊細で優しいやつだから」
あいつって、もしかして、さっきキジトラが言ってた『クロ』ってETのことかな?
人間が苦手だったら、確かに私みたいな新人が急に来たらびっくりしちゃうよね。
……でも。
「だとしても、やっぱりついていきたい……かも」
「は?」
「私だってホルダーになったんだから、これからETと関わる事多くなるだろうし。先輩である永月さんのETへの接し方を見て、勉強させてもらいたい、というか……」
「……分かった。でもお前、絶対何もするなよ」
たとえ何があってもな。
永月さんは私に念押しし、踵を返した。
既に日が沈んで暗くなってきた頃、永月さんはビルとビルの隙間。路地裏に入っていった。
ついていくと、四方をビルに囲まれた湿度が高くて日の当たらない、小さな空き地にたどり着く。
錆びついたベンチと雑草だけがある空き地の真ん中に、一匹の黒い大型犬が俯き、静かに鎮座していた。
なんだろうこの雰囲気、なんとなく落ち着かない。嫌な予感がする……。
永月さんを見る。武器であるエナジクトすら持っていない。
エナジクトは必要な時には手元に呼び出せるって聞いたことあるけど……無防備だ。何かあったら、私が何とかしないと──。
永月さんはしゃがみ、サングラスを外して犬と視線を合わせる。そして優しく、気遣うような声色で黒い犬へと問いかけた。
「クロ。元気か」
『おしまいだ……もう何もかも、おしまいなんだァ……』
永月さんの言葉を無視するように、黒い犬は俯いてぶつぶつとネガティブな言葉を呟き続けている。
「どうしたんだ。お前らしくない。いつもの威勢の良さ見せてみろよ」
『だまれ、黙れよ永月……あのクソ女、全部あのクソ女せいだ。チクショウ……俺がいったいっ……何したっていうんだよオッ!!』
犬が突然口を大きく開いて吠える。いや、吠えるというよりは咆哮、慟哭に近かった。
周囲の空気やビルの外壁がビリビリと震え、私はあまりの声量に耳を塞いだ。
犬の目が真っ赤に光り、ぐるると低く唸る。大きく開いた口からは涎がダラダラ零れ、足の爪も鋭く尖っていく。
身体の関節がボキバキと音を立て、みるみるうちに見上げるほどに巨大化した。
「まさか……凶暴化!?」
左手の手袋を取ろうとすると、永月さんに腕を掴まれた。
「永月さん!」
「エナジクトは出すな、クソ新人」
「でも!」
「大丈夫だから」
はっきりとした声に制され、仕方なく私は手袋を外すのを止めた。
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