大脳的なランデブー -2
「……確かにそれは一理あるかもね。永月くんは変装無しではまともに外を歩けないくらいの有名人だもんね」
「だったら──」
「でも、そんな永月くんだからこそ犯人に対して作用する、強力な『力』があるんじゃないかな?」
「強力な力?」
「抑止力だよ。『ホルダー最強の永月秋人』が転校してきたとなれば、犯人もこちらの関心の大きさに気づいて、派手な行動は控えるはず。次の犠牲者が出るのを未然に防げるでしょ?」
「…………」
「それに、ウチの子で手が空いてるのは現状キミ達だけだし、高校に通える年齢なのもアイちゃんと永月くんだけだからね。ETについては『スリーシックス』と話はつけてあるから、しばらくはそっちに任せるつもりだし、安心していいよ」
「……チィッ!」
永月さんは苛立ったように舌打ちをし席を立つ。
「そういえば、この後顔を出せって永月警視総監が言ってたよ」
ピタリと永月の動きが止まる。
警視総監? それってあのドラマとかでたまに出てくる、警察の中で一番偉い人のことだよね?
しかも『永月』警視総監って……。
「どういう呼び出しだ?」
「『久し振りに二人で飯食いたいなぁ~寂しいなぁ~さっさと来いよ秋人ぉ~』って言ってたかな?」
「『行かねぇよ死ね』って言っといてください」
「別に行くかどうかは好きにすればいいと思うけど、あの様子じゃきっと、行かなかったら永月くんの家に直接来ると思うよ?」
「……どいつもこいつもクソばっかだな」
バタンと乱暴に扉を閉め、永月さんは出ていった。
「冬華、永月警視総監って言ってたけど……もしかして永月さんて」
「そうだよ。警視総監の息子なんだ。永月くん」
「すごいね永月さん。親が警察の一番偉い人で、本人も優秀で、世間の人気者だなんて」
容姿端麗で、ホルダー最強で、親も警視総監。まるで漫画の登場人物みたいだ。
「まあ、彼にも色々あるみたいだよ。たまに弱音吐いてるらしいし」
「……そうなんだ」
「気になる?」
「へ? いやぁ、あんまり」
だって私、今は自分の事で精一杯だし。
「あ、そうだ。永月くんに書類渡し忘れちゃった。アイちゃん、届けてくれる?」
「へ? 届けるってどこに?」
「警視総監室」
「あんなに嫌がってたんだから、行ってないんじゃないの?」
「いるよ。確実にね」
確信を得たように冬華は言い切り、私に書類を差し出してきた。
いやぁ、絶対いないと思うんだけどなぁ……とりあえず、冬華がそう言うなら信じて行ってみるか。
書類の束を受取り、私は執務室を後にした。
◆
警視庁の最上階に存在する警視総監室。そこに入室を許される者は極一握りに限られている。
ホルダーとして最低ランクである秋人は、近寄ることすら許されない部屋だ。そう、彼が警視総監の息子でなければ。
エレベーターで最上階へ上り、一番奥にある「警視総監室」という金のプレートのついた木製の重厚な両開きの扉を、秋人は3回ノックした。
「失礼します」
「あ~……誰だ?」
すぐに聞き慣れた気だるげな声が帰ってくる。
「永月です。永月秋人」
「ンな事言われなくたって分かってるって」
じゃあ聞くんじゃねぇよ。内心舌打ちをしながら秋人は待つ。
鼻歌交じりの足音が近づき、扉が開く。
秋人がこの世で一番嫌悪を催す男が、中から顔を出した。
男は秋人を見下ろし、異常なほどに整った顔を崩し、にこりと笑ってみせた。
「よお秋人。遅かったなぁ。遅すぎだろ。待ちくたびれたぞ。100年待った気分だ。謝罪しろ」
「……すいません」
「まあいいや。さ、入れよ」
「っ!」
男が秋人の腕を掴み、引っ張る。
その手は絶対に逃がすまいとするかのように力強く、秋人の腕を締め上げた。
秋人はそれに抵抗するかのように立ち止まり、男を睨み上げた。男はそれを目尻を下げて見下ろす。
「どーした? そんな怖い顔して」
「食事に行くって聞いたんだけど……」
「馬鹿かオマエは? この警視総監であるオレ様がわざわざ店に出向いてやる必要がどこにある? 部屋に用意させたよ。三つ星のフレンチだぞ? ありがたく思えよ、秋人」
「……ありがとうございます」
「ほら、さっさと食事にしよう。お前を待ってたせいで腹が減って死にそうだ」
腕を引かれるままに部屋に入ると、真っ赤で上質なカーペットが秋人の革靴を迎える。秋人はそれにすら嫌悪感を覚えていた。
広々とした室内。最高級のデスク。金や銀で出来た豪奢な調度品。壁に貼られた数々の賞状。開放的な窓から見える東京という街の全貌。
警視総監という立場があるとはいえ、一公務員には、あまりにもあまりに豪奢で贅沢である。
建物自体も50階建てであり、まだ建設されて5年と経っていない。
現在の警視庁は、老朽化を理由にこの男が設計図を描いて建て替えさせた、いわばこの男の為に建てられた建物だ。
当然国民から非難の声が出たが、男が警視総監としてメディアへ会見した所、自体は一斉に沈静化してしまったのだ。
白いクロスの掛かったテーブルの上に料理を給仕し、料理人が頭を下げて出ていく。
カチャカチャと食器が立てる音だけが静かに響く。
男はテーブル越しに秋人の顔を見つめ、料理を口に運ぶことを繰り返す。秋人は俯いたまま、綺麗な所作で機械的に料理を口に運んでいた。
「久々の親子水入らずの食事だな。嬉しいなぁ秋人」
「……はい」
「どーした? 浮かない顔だな。悩み事か?」
「いえ、なんでも」
「そういえばお前、明日から潜入捜査で高校生やるんだってな。制服はもう貰ったのか?」
「…………はい」
「今ある?」
「……ここには無い」
「何だよつまんねぇなぁ、せっかくだから見たかったなぁ~お前の制服姿」
「……すみません」
「なあ、秋人」
「はい」
「お前さ。舐めろよ、オレの靴」
「……は?」
秋人が顔を顰める。
男は不敵な笑みを浮かべたまま、秋人を見つめ返した。




