ももいろの鍵-4
「冬華……ねぇ、ふゆかっ!」
軽く肩を揺すってみるけど反応は無い。
顔を覗き込む。顔色は悪いけど息はしてる。どうやら力の発動で消耗しちゃったようだ。
「あの、大丈夫ですか? 良かったら僕が運びましょうか?」
声に振り向くと知らない男の人がいた。
心配している風を装ってはいるけど、私はその目の奥に、確かな下心を感じた。
周囲を見ると、チャンスとばかりに男の人達が立ち上がり、こちらを見ていた。
「大丈夫です……私が連れていくのでっ!」
私は急いで冬華をおぶって、その場を後にした。
ショッピングモールから自分の部屋まで冬華をおぶって、かつ荷物を抱えながら歩いたけど、意外と平気だった。
冬華が華奢だからとはいえ、普段の私からは考えられない体力だ。これもエナジクトの力なのかな?
備え付けのベッドに買ってきたシーツや布団をセットし、冬華を寝かせる。
顔色は少しマシになっているように見えた。
昨日は私が執務室のベッドを借りてたけど、冬華が隣に来た気配はなかった。ひょっとしたら徹夜でもしたのかもしれない。
力の使いすぎだけじゃなくて、疲労も溜まってたのかも。
ピピピ、と床に置いた冬華の鞄から、忙しなく着信音が聞こえる。きっと仕事の呼び出しだろう。
本来なら起こしてあげるべきなんだろうけど、こんな状況だし。今は無視させてもらおう。
とにかく今は、冬華をしっかり休ませてあげなくちゃ。
そうだ。晩御飯作っとこう。何か消化にいいものを!
「ごめん冬華、ちょっと買い物行ってくるね」
眠っている冬華に声をかけ、「好きなものを買うのに使って」と渡された現金を握りしめ、帰り際に見かけたスーパーへと向かった。
「ん……あれ?」
「あ、起きた。冬華……大丈夫?」
「ごめん。私、寝ちゃってたんだ……そろそろ仕事、戻らないと……」
よろよろと立ち上がろうとするのを慌てて制する。
「駄目だよ! まだ顔色悪いし、せめてご飯食べていって!」
「……ご飯?」
冬華がテーブルを見る。そこにはさっき私が作った、ほかほかの鍋焼きうどんがあった。
「美味しそう……これ、アイちゃんが作ったの?」
「うん。とりあえず消化にいいものが良いと思って……口に合うか分かんないけど」
「じゃあ、せっかくだからいただこうかな?」
「うん! どうぞ、座ってっ」
椅子を引いて促すと、冬華はちょこんと座る。
そしてお箸をそっと手に取り、「いただきます」と手を合わせ、ふーふーしてから食べた。
「……どうかな?」
「……おいしいよ。とってもおいしい」
「ほんと!? よかったぁ~」
ホッとしていると、冬華は目を丸くし、クスクスと笑い始めた。
「? 冬華、どうしたの?」
「アイちゃんは優しいなって」
「優しい? 私が?」
「うん。アイちゃんはとっても優しい子だよ」
そんなの初めて言われた。そうか。私って優しいのか。
優しくて、ETを倒せるほど強いなんて。なんか私……ヒーローみたいじゃん!
「え、えへへぇ~。そうかなぁ~?」
「うん。アイちゃんはすごいよ。もっと自信持っていいんだよ?」
ニコニコと微笑む冬華を前に、私の脳内は有頂天。
見えない尻尾は引きちぎれんばかりにブンブンと振り回してしまう始末だ。
よぉ~し! これからももっと冬華の為に色々頑張っちゃうぞぉ~!
「ところでアイちゃん。おかわりってある?」
「ふぇ? おかわり……って冬華、もう食べ終わったの!?」
「お腹すいちゃったから、後10玉くらいあるとありがたいんだけど」
「そんなにぃ!?」
「私もアイちゃんにご飯作りたいな。作ってもいい?」
「へ? い……いいの? だって冬華、仕事とか……」
「いいの。今はアイちゃんとの時間を大切にしたいから。いっぱい作るから、一緒に食べよ?」
「うん!」
冬華の作ったご飯を二人で一緒に食べて、お菓子を食べながら談笑して、夜の8時。冬華は帰り支度をして、玄関でパンプスを履き、こちらを振り返った。
「アイちゃん。遅くまでお邪魔してごめんね。じゃあ、また明日」
「あ……うん、また明日っ」
私は笑顔を作って手を振り、冬華を見送ろうとしていた。
「冬華……ほんとに一人で大丈夫? 駅まで送っていくよ?」
「大丈夫だよ。近くまで迎えの車が来てくれるみたいだし」
「……そうなんだ」
どうしよう。楽しい時間が終わっちゃう。
冬華が、帰っちゃう。
言ってもいいかな。
こんなに楽しかったの、生まれて初めてだったよ。私、まだ冬華と離れたくないよ。
せっかくだし、泊まっていかない? って。
「…………」
「アイちゃん。どうしたの?」
「……ううん。なんでもない。冬華、今日さ、私すっごく楽しかった! 買い物とか色々、付き合ってくれて、ありがとう!」
「うん。私もとっても楽しかったよ。ショッピングしたのなんて久し振りだもん」
「あはは……よかった……よかったよ……ほんと……」
「……アイちゃん?」
俯いてしまった私を、冬華が心配そうに覗き込む。
見られないように顔を背け、ぐっと堪える。私は何故か、泣きそうになってしまっていた。
寂しい。寂しいよ。明日会えるって分かってるのに……胸が張り裂けそう。
大切な人と楽しく過ごした後って、こんなに苦しくなるものなの? こんなに辛いの、みんなどうやって耐えてるんだろう?
視界が歪んで、目頭が熱くなる。鼻の奥がツンとしてきた。
こんな事で泣いちゃ駄目。迷惑かけちゃう。変なやつだって思われる。
もっとちゃんと、強くならなきゃ。
そう言い聞かせて堪らえようとしても、目から溢れた水分が勝手に頬を伝って落ちる。
ぽたぽたと流れ出したそれは、止まらなくなってしまった。
「もしかして……泣いてるの?」
優しい声とともに、そっと手を握られる。
バレた。最悪だ。こんな顔、絶対見られたくない。
もう、ほっといて帰ってしまってよ。
頑なに俯いたままでいると──。
「アイちゃん。今日私さ、自分の持ってる靴の中で一番高いヒール履いてきたんだ」
「……え?」
予想外の言葉に思わず顔を上げると、冬華はまるで聖母のような表情で私をまっすぐ見つめていた。
「このパンプス履いたら、アイちゃんに背が追いつくかと思ったんだけど、ちょっとだけ足りなかったね……ほら?」
冬華は自分の頭の上に掌を置き、私の方にスライドさせる。こつんとその掌が私の額に当たった。
確かにちょっとだけ、まだ私のほうが背が高かった。
「私ね、もっと身長が欲しかったんだ。ほら、私って見た目にあんまり威圧感とか無いでしょ? だから舐められちゃうこととかあったりして。人前では結構気を張ってるんだ。背がもう少し高かったら、そういうの、ちょっとは減ったかもしれないな~って、そんな風に思ったりさ……だから私、アイちゃんがちょっと羨ましいの。背が高くて、かっこよくて。でもちゃんとこうやって、誰かの前で素直に泣ける──可愛いところがあるんだもん」
「……可愛い? 私が?」
「そうだよ。アイちゃんは……とっても可愛い女の子だよ」
そう言って冬華は、私をそっと抱きしめる。もう、我慢できなかった。
冬華の背にしがみつくように手を回し、抱き寄せる。
涙が堰を切ったように溢れて、冬華の綺麗なワンピースにしみを作っていく。
それでも冬華は私の頭を優しく撫でて、抱き締めてくれた。
「うっ……うう~……ふゆかっ……ふゆかぁっ……」
「アイちゃん、大丈夫。もっと私に甘えていいんだよ? だって私、アイちゃんのこと大好きだもん」
「ふゆかは……私のこと、好き?」
「うん。大好きだよ」
「冬華、私……冬華と一緒にいられないなんて寂しい。帰ってほしくない、ずっと一緒にいて欲しい……そんなの無理だって分かってるの、でも、さみしい……寂しいよぉっ……!」
変だよね。冬華とは出会ったばかりなのに。
しかも電車ですぐに会いに行ける距離なのに。私、何言ってるんだろう。
でも、しょうがないじゃん。だって、好きなんだもん。
気持ちが抑えられないくらい、大好きなんだもん。
「……うん。私も寂しい。私も、アイちゃんとずっと一緒にいたいな」
優しい冬華は、そう言って私の背中を撫でてくれる。
「でんわっ……電話していい? よるっ……深夜とかっ……!」
「うん。いいよ。いつでも電話してきて。学校が始まっても、いつでも会いに来ていいよ。紅茶とお菓子、用意しておくから」
「うう゛~っ……ふゆかっ……ありがどおおお~! ずぎぃ~!!!」
2日後には、私はもう高校生なるというのに。私は冬華に抱きついたまま、延々と泣き続けた。
冬華はそんな私を、泣き止むまでずっと優しく包みこんでくれていた。




