ももいろの鍵-3
私は冬華の言った言葉に、思わず耳を疑った。
「え、冬華、何言って──」
「とにかく行こう。被害が出る前に」
「……うん」
エスカレーターを駆け下り、冬華とともに外に出る。
ショッピングモールの広場の中心でETが暴れている。周囲の人々は逃げ回り、パニック状態だ。
「ねえ冬華! 私、どうしたら──」
「コントロールX」
「へ?」
「アイちゃん。コントロールXを使って」
「……コントロールX?」
コントロールX。その単語に聞き覚えがあった。確か永月さんが使えって言ってたやつだ。
「それ、どうやるの?」
「目を閉じて、意識する対象を限定するの。アイちゃんと、私と、あのETだけに」
「意識を、限定?」
聞いてもよくわからない。でも、やってみることにした。
目を閉じて、限定、限定する……私と冬華。そしてET──。
すると、周囲で聞こえていた騒々しい足音や悲鳴が止んだ。
「……え、」
目を開けてびっくりした。さっきまでいた逃げ惑う人々が、一人たりともいなくなっている。
広いショッピングモールに存在するのは、私と冬華とETだけになっていた。
「良かった。これで被害は防げるね」
「すごい……これ、どういう仕組み?」
「コントロールXは、意識した対象だけを別空間に飛ばせるエナジクトの能力なの。つまりここで起こったことは、元の空間には干渉しない。ここに飛ばされた私達以外にはね」
私達に背を向けて暴れまわっていたETが異変に気づき、振り返る。へし折った街灯を握りしめているその姿はゴリラに似ている。
だけど、何かが違って見えた。うまく言葉では表せないけれど、何かが違うのだ。
地球上の存在じゃないと、ひと目見て分かってしまうような、そんな歪で異質な存在感があった。
『ガ……ア……』
ギラギラと光る真っ赤な目が私達の姿を捉えた。途端にぞくりと背骨に恐怖が走り、体が震えだした。
「ふ、冬華っ! どうしよう。あいつ……こっちを見てる!」
「落ち着いて。あのETはDランク。この間アイちゃんが戦ったETよりずっと弱いよ」
「で、でも……!」
「大丈夫、アイちゃん……私を信じて」
冬華が震える私の手をそっと取る。そして手袋を引っ張った。
ぶわぁ!
「うわっ!」
滞留していたであろう黒い霧が大量に放出され、私の腕までを真っ黒く包み込む。
怯む私と違って、冬華は動じることなくそれを見つめ、優しい手つきで私の腕を撫でた。
「大丈夫だよ。アイちゃん。まずはイメージして。絶対に折れない剣──どんなものでも切り裂ける、最強の剣を」
「……最強の、剣」
よく分からないけど、とりあえず、冬華の言う通りにしてみよう。
目を閉じ、意識を腕に集中する。すると、手のひらに堅い感触とずしりとした重みが訪れた。
「……これは」
目を開けると、私の手に握られていたのは黒い剣だった。ギラギラと怪しい光を帯びている。禍々しい感じの剣。
冬華はそれをうっとりと眺め、「ほら、とってもきれい」と微笑む。
「……アイちゃん」
ふわり。
いい香りの髪が私の鼻先をくすぐる。
気がつけば私は、冬華に抱きしめられていた。
「ふ……ふゆか?」
「アイちゃんなら絶対大丈夫。アイちゃんなら……絶対出来るよ」
耳元で甘やかな声が優しく囁く。
それと同時に頭を撫でられて、私は今の状況も忘れて、身も心も蕩けてしまいそうになっていた。
『ガァ……ガァア!』
ドスンドスンと音を立て、ETが私達の方へと駆けてくる。
「冬華! 来るよ! 離れてて!」
冬華を背に隠し、剣を構える。
なんだろう。なんか今なら──何でも出来るような気がする!
「はぁぁ!」
ズシャァ!
突進してきたETの身体目掛け、デタラメに剣を振り下ろしてみる。
ETの腕に命中し、腕の根本からスッパリ切断された。
「まだまだぁっ!」
剣に振り回されそうになった身体を足を突っ張ってどうにか踏ん張り、斜め下からバットを振るように斬りかかった。
ETの脇腹に剣がヒットし、そのまま胴体を真っ二つに切り裂いた。
「やった!」
「まだだよアイちゃん」
「ふぇ!?」
見上げると切り裂いたばかりの胴体が瞬時に繋がり、ETの赤い瞳がギロリと私を見下ろした。
そして剛腕を振りかぶり、私へと殴りかかろうとしていた。
やばい──やられる!
『──止まれ』
ふと冬華が背後でそう呟く。次の瞬間──。
『グワァアアアアア!!!』
ETは突然頭を抱え、そして地面に倒れ込み、苦痛を感じているかのように転がりだした。
わけが分からず冬華を振り返る。すると冬華はこくんと頷き言った。
「アイちゃん。今だよ。ETの心臓は頭にある。頭を潰せば、ETは再生できない」
「うん!」
転がり回っているETの頭へと狙いを定める。そして完全に照準を定め、私は雄叫びを上げながら渾身の力で剣を振り下ろした。
スイカ割りみたいにETの頭がグシャアと割れ、青い血が飛び散る。そしてETは、完全に動かなくなった。
「アイちゃん。美味しい?」
「うん! クレープなんて初めて食べた!」
「ふふ。さっき頑張ったご褒美だよ?」
冬華に買ってもらったクリームたっぷりのチョコバナナクレープを無我夢中で頬張っていると、よしよしと頭を撫でられる。
フードコートだから人の視線をめちゃくちゃ感じたけど、私は満面の笑みで見えない尻尾をブンブン振る。
だって、人の視線なんかどうでもよくなるくらい、私は幸せだったのだ。
ETを倒せた。つまり冬華の役に立てたのだから!
「そういえば冬華、さっきのどうやったの?」
「え?」
「ほら、ETが転げ回ってたやつ」
「ああ、あれかぁ~。ETの耳に直接声を注ぎ込んだんだ。声量を50倍に増幅させてね。どんなに屈強な獣だろうと、聴覚は弱いものだからね」
「すごい……そんな事も出来るんだ」
「うん。でも私はナチュラルだし、あんまり乱用すると倒れちゃうんだけど……ね……」
冬華はそう言い残し、ふらふらと机に突っ伏してしまった。




