ももいろの鍵-2
「アイちゃんの家の近くに大きめのショッピングモールあるみたいだし、色々見てみようか?」
「うんっ」
それから揺られること15分。私達は電車を降りた。
冬華と一緒にスマホの地図アプリを頼りに歩くこと十分。冬華があそこだよと指さした。
正面玄関にオートロックのついている、真新しい感じの綺麗な単身者用のアパートだった。
「はえ~……すごくいい感じのところだね?」
「でしょ? ここ女性専用のアパートだから、安心して住めると思うよ」
冬華が本革のショルダーバッグからカードキーを取り出してかざす。
自動ドアが開いて廊下を歩く冬華についていくと、106号室の前で立ち止まった。
「ここがアイちゃんのお部屋です」
冬華がにこりと微笑んで私にカードキーを差し出す。
それを受け取ってかざすと、ガチャとロックが解除される音がする。私はドキドキしながらドアを開いた。
室内は広めの1Kだった。まるで新築みたいにピカピカだ。
冷蔵庫や洗濯機。電子レンジなどの必要最低限の家電は、既に備え付けてあるタイプの部屋だった。
ずっと憧れていた自分だけの部屋。
今日から私、ここに住んでいいんだ。
「家電は備え付けのがあるから、とりあえず今必要なのは、お布団と生活用品全般かな?」
「すごい……私、本当にここに住んでいいの?」
「そうだよ。今日からここがアイちゃんのお部屋。好きなものを置いて、好きな時間に好きなことしていいんだよ」
「なんか……夢みたい」
誰にも怒られず好きなタイミングでお風呂に入ったり、漫画を読みながらゆっくりコーヒー飲んだり、そういうことしてもいいってことだよね?
「じゃあそろそろ行こっか。予算は気にしなくていいって偉い人に言われてるから、せっかくだからアイちゃんの好み全開で揃えちゃおう」
「うんっ!」
私達はその後、近くにあるショッピングモールへと向かい、色々買っては家に運ぶということを繰り返した。
雑貨、アパレルショップ、家具や家電のお店。
ショッピングモールは私が想像していたのよりも十倍くらい大きくて、ド田舎育ちの私はなんだか怯えてしまった。
そんな私の手を、冬華は優しく引いて歩いてくれた。
何の変哲もない電気屋さんやスーパーも、冬華と一緒に歩くと楽しくて、世界がキラキラして見えた。
私はただただ幸せを噛み締めながら、買い物に勤しんでいた。
ある程度買い物も済んで、時刻は午後二時。
歩き疲れた私達は、少し遅めの昼食をとるために喫茶店に入ることにした。
冬華はナポリタンとアイスコーヒー。私はハンバーグセットと、憧れだったクリームメロンソーダを頼んだ。
「ふう……これで大方の買い物は済んだかな?」
「うん。冬華、今日は付き合ってくれてありがとうね。服まで買ってもらっちゃって……」
ボックス席に置いた紙袋には、冬華が私のために選んでくれた洋服がたくさん入っていた。
服を買いに行くなんて経験初めてだったからかなり緊張したけど、冬華が選んでくれた服を試着室で色々着てみるのは、正直かなり楽しかった。
「気にしないで。私がアイちゃんに買ってあげたかっただけなんだから。今度学校がおやすみの時は、そのお洋服着て、会いに来てね?」
「うんっ! 着てくよっ! 絶対着ていく!」
なんだか私、冬華に色々してもらってばっかりだ。
私もいつか、冬華に恩返しが出来るようになりたいな。
そんな事を考えていると、ふと色んなところからチラチラと視線を感じた。
振り向くと、別の席からこちらを凝視していた男の人は、慌てて視線を逸らす。
どうやら冬華を見ていたようだ。
実は電車に乗っている時も、ショッピングモールを歩いている間も、ずっと視線を感じていた。通り過ぎる人がみんな冬華を振り向いていたのだ。
声を掛けようとしている人もいたけど、冬華の圧倒的なオーラを前に、自身を喪失したように諦めているのも見た。
まあしょうがないか。だって冬華──尋常じゃないくらい綺麗だもんなぁ。
でも外歩いてる間ずっとこれって落ち着かないし……結構大変そう。
すっかり慣れっこなのだろうか。冬華は視線を一切気にせず、涼しげにアイスコーヒーを飲んでいた。
っていうか冬華って今何歳なんだろう。絶対モテるよね?
恋人とか……いたりするのかな?
色々気になってじっと見ていると、ふと目が合ってぎくりとする。
長い睫毛に縁取られた透き通る紫の瞳が、私に微笑んだ。
「アイちゃん、どうしたの?」
「え、あ、いや、なんでも……」
うう。聞けない。聞けないよ。
もし「彼氏いるの?」なんて聞いて、「うん」なんて答えられちゃったら、私、一週間は寝込む自信あるし……。
……いや、冬華に彼氏がいるとかいないとか、そんなのは私に関係ないんだけどね。
だって冬華は私の恩人だもの。
幸せであって欲しいよ。例えそれが、私にとって納得のいかない形だとしてもね。
「あ、そうだ。これ渡しとくね」
「へ?」
冬華が鞄からスマホを取り出し、私に差し出した。
「これは?」
「アイちゃんの携帯だよ。私の連絡先登録してあるから、困ったことがあったらいつでも連絡してきてね?」
「本当に、いつでもいいの? 夜とか、冬華も予定あったりとか……」
あんまり考えたくないけど、例えば、デートとかね。
「うん。全然大丈夫だよ。私、基本的に深夜一時くらいまで仕事してるし。休日も割り込みの仕事入ったりするから、ほぼ執務室に引きこもってるんだ」
冬華はにこりと笑ってとんでもない事を言う。
ええ……。警察って就業時間きっちりしてるイメージあったけど、実は結構ブラックなのかな。
絶対これから、夜とか寂しくて電話したくなったりしちゃうだろうけど、あんまり迷惑かけたくない。
「ありがとう。分からないこととかあったら、日中に連絡するね?」
「? うん。分かった」
冬華は私とは全然違う。
あの6課の室長をやってるんだ。きっと仕事がすごく出来る人だ。
みんなに頼りにされてて、綺麗で、こんな私にも優しくて。
何一つ満足に出来ない今の私じゃ、冬華の隣にいる資格なんて無いような気さえしてくる。
早く仕事に慣れたいな。冬華の役に立てるようになりたい。
冬華の隣にいることに引け目を感じなくていいように。
もっとちゃんと、強くなりたい。
「キャー!!!」
ふと窓の外から悲鳴が上がる。冬華と私は顔を見合わせ、すぐに窓際へと駆け寄った。
見ると、逃げ惑う人を追いかけるように、ドズンドズンと地を這う巨大な生き物がいた。ETだ。
「うそ……あれ、ETじゃん……」
「アイちゃん」
耳に届いたはっきりした声に、私は冬華を見る。冬華はさっきまでの柔和な表情を引き締め、こちらを見つめていた。
「アイちゃん、行こう」
「で、でも……」
この間の記憶が蘇る。引き裂かれたお腹の焼けるような強烈な痛み、見たこと無いくらいの大量の血。死ぬかもしれないという恐怖。
顔が青ざめ、ガクガクと足が震える。
行かなきゃ。そんなの分かってる。でも私、戦い方なんて──。
「大丈夫だよ」
「っ!」
私の左手を冬華が握る。手袋越しでも、冬華の手のぬくもりが伝わってきた。
冬華は動揺している私の目をまっすぐ見つめたまま、はっきりと告げた。
「大丈夫だよアイちゃん。一人じゃない。戦い方を教えてあげる。それに、私も一緒に──戦うから」




