キャンディークッキーチョコレート-5
◆
──翌日、早朝。
「吹雪室長、失礼します」
その声に、デスクで書類と向き合っていた冬華が顔を上げる。そしてその声の主を見て、にこりと微笑んで言った。
「永月くんおはよう。ごめんね? 早朝に出てきてもらっちゃって」
「いえ、この時間なら『あいつ』まだ寝てるので……あの新人は?」
「ああ、アイちゃんのこと? 今は私の部屋でぐっすり寝てるよ」
冬華は横目で寝室へ続く扉へと視線を送った。
室長室には寝室と浴室が併設されている。彼女が泊まり込みで仕事をすることが多いからだ。
アイのアパートが用意されているのだが、書類上の手続きが遅れているため、昨晩は室長室の寝室で眠ったようだ。
永月は忌々しい物でも見るように眉間にシワを寄せながら扉を睨みつけ、目を伏せた。
「永月くん一回家に帰らないとだし、さっそく話を進めようか。私立曼荼羅高校潜入についてなんだけど──」
「知ってたんですか」
「何を?」
「全部」
永月が冬華を鋭く睨みつける。
その視線を受けてもなお、冬華は微笑みを崩すことなくデスクの上で肘をつき、涼しい顔で永月を見上げた。
「何のことを言ってるのか分からないけれど、知らなかったよ。何もね?」
「訓練すらしてない新人を戦闘に投入するなんてトチ狂った判断、何の考えもなしにアンタがするとは到底思えない」
「そっかぁ。永月くんは随分私のことを高く評価してくれてるんだね?」
チィッ!
静かな部屋に永月の舌打ちが響く。冬華は相変わらず笑みを崩さなかった。
「真面目に答えろよ。アンタ、あいつの能力を知ってたんだな? あのイカれた能力を」
「知らないよ。知りようがないでしょ。だって、知ってたら私──ここにはいないだろうから」
冬華がリモコンを操作する。部屋に備え付けてあるテレビが映像を映した。
そこに映ったのは瑜伽中学。ETにアイが身体を引き裂かれ、絶命寸前になっている映像だった──。
『刃金……はがねぇっ!!』
ETに捕らえられた担任である葛西の悲痛な声が響き、校内にいる生徒からも悲鳴が上がる。
その声に反応するかのように、ETはゆっくりと振り返る。そして口を大きく開き、校舎に向けて再び光線のようなものを放とうとしたその時──。
『蜉ゥ……縺代k……』
ETの背後で声が微かにする。
ノイズの掛かったような、唸るような、聞き取ることが困難で、聞く者の心がざわつくような、そんな奇妙な声。
ETの足元に黒い霧がサア、と纏わりつき、締め上げる。
それに気付いたETが振り返ると、そこにはさっきまで存在しなかった人物が立っていた。
『蜉ゥ縺代k。遘√?……闡幄・ソ蜈育函繧……』
鎧の人物が言い聞かせるように、ぼそぼそと何事かを呟く。
その人物は──いや、それは人間かどうかすら怪しかった。
黒い。ただひたすらに黒だけで構成された。全身を覆い隠す、禍々しくオーラを纏う、鋼のような硬質な鎧。
男か、はたまた女か。頭の天辺からつま先までが鎧に覆われているため、判別がつかない。
しかし背丈や纏う威圧感から、『男』と呼ぶに相応しいように思えた。
鎧の男が、ETへと手を伸ばして立っていた。
周囲には彼を守るように、黒い霧の潮流が巻き起こっている。そしてそこからロープのように、ETの足へと黒い霧が伸びていた。
『縺ゅ◎縺シ……縺ュ縺、縺ゅ◎縺シ』
鎧の男が何事か呟き、伸ばしていた手をくんと引き寄せる。次の瞬間、ズドオンとETの巨体が前のめりに倒れた。
ETの足元に纏わりついていた黒い霧が消える。間髪入れずに鎧の男が大きく跳躍した。
着地する直前、鎧の男が左手を突き出す。すると黒い霧が集結していき、やがて剣の形を成していった。
その剣を両手で掲げ、落下の勢いそのままに、ガラ空きのETの背後へと斬り掛かった。
ズシャアッ!
『ギャアアアアァ!!』
ETが今までとは比べ物にならない程の悲鳴をあげる。
当たり前だ。ETの背中は、まな板の上で捌かれた魚のように、胴体を断裂する勢いでパックリと綺麗に割れ、筋繊維や白い骨が見えていたのだから。
『蜿ッ諢帙>! 蜿ッ諢帙>縺ュ縺! 縺ゅ?縺ッ縺ッ縺ッ!!』
鎧の男はETに乗り上げたまま、愉しそうに喉を引き攣らせ、何度も斬り掛かった。
何度も、何度も、気が触れたかのように、壊れた玩具のように、何度も何度も。
青い血が飛び散り、肉片が飛び散り、黒い鎧を、周囲のグラウンドを汚していく。
あまりの猛攻に再生が間に合わず、反撃すらできず、地を這うように逃げるしかないETの軌道が、ラインマーカーのように青い血で描かれていく。
『縺ゅ?縺ッ縺ッ縺ッ! 縺溘?縺励>縺」! 讌ス縺励>縺ュ縺~~~!!!』
鎧の男が狂乱したように斬りつけながら叫ぶ。ETの動きはどんどん鈍くなり、やがて完全に止まる。
すると鎧の男はETの身体から飛び降り、そして蹴り上げた。
その一蹴りで5メートル弱はあろう巨体は、ゴロンといともたやすく転がされ、ETは腹を見せるように転がった。
自らの血で塗れたグラウンドに横たわるその姿は、既に虫の生きだった。見開かれたままの目は、明らかに瞳孔が開き始めている。
ETの手が開き、握りしめられていた葛西の身体がどさりと地へ落ちる。
『蜿ッ諢帙>~! 縺弱e?槭@縺溘>! 縺弱e?~~~!!!』
鎧の男が興奮したように叫び、手のひらをETへと翳す。すると黒い霧が巨大な手のひらへと変化し、ETの身体を完全に包み込み、掴み上げた。
『縺弱e~! 縺サ繧! 縺弱e~~!!』
鎧の男が手のひらを握り込む。すると連動するように巨大な手がETの身体を握りしめ──。
パァン!
ETの身体はついに破裂し、周囲に血と肉片を撒き散らし、完全に動かなくなった。
時が止まったかのようにその場が静まり返る。
周囲の人間はあまりの惨状に言葉を失い、腰が抜け、その場に座り込む者、失禁する者までいた。
『縺ゑス樒オゅo縺」縺。繧?▲縺……邨ゅo縺」縺。繧?▲縺溘=……』
鎧の男は俯き、ぼそぼそと呟く。そして顔を上げ、校舎へと目を向ける。
『縺ュ縺……縺ゅ◎縺シ?』
おどけたように鎧の男が首を傾げ、そして剣を引きずるようにしながら、ゆっくりと校舎へ歩き出す。
途端に悲鳴が上がり、生徒達はパニックになったように窓際から逃げた。
その時──。
「止まれ……クソ野郎……っ!」
鎧の男の身体が微かによろめき、ぴたりと止まる。鎧の男の身体には巻き付く腕。その腕は永月秋人のものだった。
満身創痍な身体を引きずり、何とか鎧の男の背後へと忍び寄ったようだ。彼の額から血が流れ落ち、ぽたぽたと落ちていた。
「もしそれ以上下手なことしやがったら……俺がテメェをぶっ殺してやる……!」
ドスの利いた声でそう告げ、ギリギリと腕で身体を締め上げる。鎧の男はその腕をじっと見下ろした後、ふと身体の力を抜く。
すると鎧がサラサラと解けていき、そのままその場に倒れた。
黒い鎧が消失していき、姿を現したのは──刃金アイの姿に違いなかった。




