キャンディークッキーチョコレート-3
「あり得ないよそんなの! だって私、身体真っ二つにされたんだよ!? 絶対嘘だって!」
「嘘じゃありません。ちゃんと証人もいるしね……永月くん。入って」
部屋の扉が開き、「失礼します」と永月秋人が入ってきた。
冬華が言っていた通り、永月さんは無事だったようだ。
良かったと胸を撫で下ろしていると、目が合う。今まで以上に鋭い眼光で私を睨んでいた。
そう、まるで彼の武器である刀みたいな鋭さで。
「永月くん。あの日ETを倒したのは、哀ちゃんだったんだよね?」
「…………はい」
「ほらね?」
そう振られて、私はやっぱり全然納得がいかなかった。
だって永月さんもかなり不満そうな顔してるし、こっちを親の仇かのように睨んでるし!
「いや、だってあり得ないですよ。私……ホルダーになったばっかりだし、永月さんがあんなに苦戦してた敵を倒すなんて……」
「チィッ!」
永月さんの大きな舌打ちが響く。私はびくりと身を震わせ、口を噤んだ。
「まあ、信じられないのは分かるけど、事実だからね。哀ちゃん。初任務ご苦労さま。いっぱい頑張ったね。ありがとう」
にこりと冬華が微笑む。
あのETを倒したという実感は無いけど、こんな風に感謝されるのなんてはじめてだし、私の胸は勝手に高鳴ってしまった。
「というわけで哀ちゃん。永月くん。二人には、これからバディを組んでもらいます」
「「はぁ!?!?」」
「しかも、とある高校に潜入捜査してもらっちゃいます」
「「ハァッ!?!?」」
私と永月が同時に声を上げる。
冬華は驚愕の表情を浮かべる私達を眺めながら、長い脚を組み換え、不敵な笑みを浮かべていた。
「冬華っ、な、ななっ何言って……!」
「哀ちゃんのその制服、実は潜入捜査先の高校のなんだ」
「え!? そうだったの!?」
「室長、嫌です。無理です。こいつとだけは……絶対に嫌です」
永月が心底嫌悪するような顔で辞退を申し出ると、冬華は永月の目を見つめ、柔和な笑みを浮かべた。
「でも、永月くんは分かってるよね? 哀ちゃんは6課に必要な存在で、哀ちゃんは永月くんにしか無理だって」
「…………」
「オッケーしてくれるなら、非番の日、増やしてあげてもいいよ?」
「……チィッ!」
永月は舌打ちをし、殺気立った様子のまま目を逸らし、何も言わなくなった。
それを見た冬華は了承と取ったのだろう。長い睫毛を伏せて頷き、言った。
「詳しいことはまた日を改めて話すね」
「……了解」
「じゃあ永月くん。今日は上がっていいよ」
「……失礼します」
永月は一度もこちらを見ることなく、バァンと乱暴に扉を閉めて出ていってしまった。
永月さんとバディ? あの『永月秋人』と? いやいや……絶対ムリなんですけど!
「哀ちゃん」
「はい!?」
返事をして顔を上げる。冬華は聖母のように目を細め、私を見ていた。
「さっきも言ったけど、ETとの戦闘。本当におつかれさま。哀ちゃんが勇気を出して戦ってくれたおかげで、みんな助かったんだよ」
「……私のおかげで、みんなが?」
信じられなくて聞き返すと、冬華は私の言葉を肯定するようにはっきりと頷いた。
「瑜伽中学のみんなも感謝してたんだよ。哀ちゃんに直接お礼を言いたい。今までのことを謝りたいって子もいたりしたって」
「そんなこと……」
やっぱり冬華の言葉を信じられない。
だって、私みたいな奴が誰かに感謝されるなんて。誰かの役に立てるなんて。そんなのあり得ないから。
「『そんなの信じられない』って顔してるね?」
「へ!?」
「大丈夫だよ。ここに来たばかりの頃は、みんなそんな感じなんだ」
「みんなって……6課のホルダーですか?」
冬華はその言葉に頷き、まつ毛を伏せながら続けた。
「ここにいる子達は、本当にみんないい子なんだ。でも、ハーフってだけで差別されて、酷い扱いを受けて、辛い思いを沢山してきてる。きっと私の想像が及ばないくらいに、いっぱい苦しんできた……だから私は、ここに来てくれたからには、みんなに幸せでいてほしいんだ」
「……冬華」
「ごめんね。変なこと言って。でもね哀ちゃん。あなたは本当に、ここに必要とされてる存在なんだよ?」
「私が……必要?」
「そう。替えの利かない大切な存在。私にとって……ううん。この国にいるみんなが、哀ちゃんを必要としてる」
国が私を必要としてるなんて。スケールが大きすぎて想像がつかない。
でも、私をまっすぐ見つめている透き通る紫の瞳は、嘘をついているようには見えなかった。
誰かに必要とされるなんて、そんなの、経験がなさ過ぎて戸惑ってしまう。
でも、こうして言葉で伝えてもらうと、嬉しくて飛び上がってしまいそうだ。
みんなが私を必要としてる。
もしそれが本当なら、私はそれに、全力で応えたいな。
ふと冬華は腕時計に視線を落とし、立ち上がる。
「そうだ。そろそろ届いてる頃かな。とりあえず、私の部屋に移動しようか」
冬華の後をついて長い廊下を歩く。スーツを着た精悍な顔つきの人々が忙しなく歩いていて、冬華を見つけると敬礼し、通りすぎていく。
そういえば、ここって何処なんだろう?
「冬華、ここって何処なの?」
「ああ、そういえば言ってなかったね。ここは警視庁。つまり東京だよ」
「東京!?」
「私達の所属する地球外生命体対策本部──通称『6課』は、本部を東京に置いてるんだ。国内で一番ETの出没や『その他の案件』が多いからね」
「『その他の案件』って何なの?」
「まあ、それも追い追い分かっていくと思うよ……さ、ついた」
とある扉の前で冬華の足が止まる。そこには『地球外生命体対策本部』という金色のプレートが掛かっていた。
冬華はドアノブをガチャリとして、私を招き入れるように開く。
「どうぞ入って」
「あ、うん……おじゃまします」
促されるままにおずおずと部屋に入る。ふわりといい香りがした。
きょろきょろと周りを室内を見回してみる。
ドラマとかでよく見る、偉い人が使ってそうな木製のデスクと、そこに収まった座り心地の良さそうな革張りの黒い椅子。
大きな観葉植物、難しそうな本がたくさん詰まった本棚。
部屋の中央にある三人掛けのソファは、見るからにふかふかそうだ。
置いてある壺や置き時計などの調度品も、アンティーク感があってセンスが良い。
なんか、ドラマとかでよく見る『会社の偉い人の部屋』って感じ。
冬華の服装も白いワイシャツにブラウンのネクタイ。リボンタイと同色のタイトスカート。
長い銀の髪はハーフアップだし、この部屋がとっても似合っていた。
「紅茶淹れるから、座ってゆっくりしてて」
「へ? あっ……はいっ」
慣れない畏まった雰囲気にぎくしゃくしながら、私はソファの隅っこに座る。そこでふと気づいた。
ソファの前にあるガラスのテーブルの上に、白い箱が置いてある。
なんだろうこれ、冬華のかな?
「おまたせ」
冬華がソーサーに乗ったティーカップと、お皿とフォークを二人分置く。
首を傾げて見上げると、冬華はにこりと笑って、私の正面にある一人掛け用ソファに座った。
「哀ちゃん。この箱、何が入ってるかわかる?」
「へ? ……ううん。分からない」
全く検討がつかなくてそう答えると、冬華は人差し指を立てて見せた。
「ヒント、今日は4月1日です」
「4月1日?」
「そう。ここまで言ったら分かるでしょ?」
「……もしかして、エイプリルフールとか?」
「それもあるけど。哀ちゃん。今日はもう一つ、大事なことがあるでしょ?」
「大事なこと?」
「さあ、開けてみて」
「? うん」
検討がつかないまま白い箱に手を伸ばし、そっと開けてみた。




