キャンディークッキーチョコレート-1
「永月さん!!!」
「っ……くそったれ……!」
永月がよろよろと起き上がる。
背を預けていた校舎の壁は大きく壊れているが、本人はそう大きなダメージを負っていないようだった。
しかし明らかに疲労の色が滲んでいる。大技を使ったせいだろうか、刀が帯びている光も先程よりも弱まっているように見えた。
爆発で抉れたはずのETの皮膚が無慈悲なほどに修復していき、やがて完全に元に戻る。
ETがドズンと地を揺らしながら両手を地につき、口を大きく開く。
そして体内にエネルギーを溜めるように発光しはじめた。
それに気付いた永月の表情に焦りが滲む。
きっと彼なら簡単に避けれるだろう。
でも彼の背後には今、全校生徒がいる校舎がある。
至近距離であのビームを食らったら、全員無事では済まないだろう。
永月は覚悟を決めたように目を閉じ、刃の部分に片手を添え、盾にするように持つ。
すると永月と校舎全体に強固なバリアが展開された。
ETの身体が眩いほどに発光し、ついに口からビームが発射された。永月は正面から受け止める。
ゴオオオオォォ!!
さっきよりも高威力のビームらしい。彼の表情が苦痛に歪み、靴が地にめり込んでいる。
「……くっ!」
全てを焼き尽くしてしまいそうなビームを、何度も押し負けそうになりながらも永月は何とか受けきった。
ビームを受けきった刀からはしゅううと煙が立ち上っている。永月の顔にも疲労の色が浮かんでいた。
力を使いすぎたのだろうか、永月は肩で息をしながらガクンと片膝を地につく。
そんな永月にお構いなしに、ETは身体を起こし、ドズンドズンと歩み寄る。そして足を高く上げ、踏み潰さんばかりに永月へと振り下ろした。
「永月さん!!!」
「ぐっ……!」
永月はすかさず刀を盾にするように持ち、バリアで踏み潰されるのを防ぐ。
攻撃を防がれたのが不服なのか、ETは「グワアアアアア!!」と唸り声を上げ、地団駄を踏むように再度永月を踏みつける。
ガンガンと何度も踏みつけられ、あまりの猛攻に体勢を維持できなくなった永月は倒れ込み、片足と両手で刀を前に出して何とかそれを防いでいる。
しかし永月のバリアに次第にヒビが入り、そしてトドメの一発でついにバリンと破れる。
ズドオオオオオン!
ETの足が、永月を踏み潰してしまった。
「「きゃあああああああ!!!!」」
校舎から恐怖の悲鳴が上がり、私はあまりの自体にへたり込んでしまった。
うそ……あのホルダー最強の永月さんが……死……?
絶望感に苛まれながら呆然としていると、ETがゆっくりと足を上げる。すると横たわっている永月の姿が見えた。
微かにだけど、身体が動いている。生きてる。
ギリギリの所でバリアを展開したのかもしれない。だけど彼の愛刀は真っ二つに折れて光を失い、永月自身もボロボロの状態だ。
もう戦闘どころか、起き上がることすら不可能だろう。
それなのに、ETは永月さんが命懸けでつけたはずの傷が完全に回復しきり、ピンピンしている。
絶体絶命とは、こういう時のために用意された言葉なのだろうと、私は嫌と言うほど思い知っていた。
「冬華……永月さんが……ねえ冬華! 冬華ぁ!」
藁にも縋るように冬華に呼びかける。声が届いていないのだろうか。返事は一切返ってこなかった。
救援が来てくれる気配すらない。
どうしよう。私がなんとかしなきゃいけないってこと? でも……どうやって!
相変わらず黒い霧が吹き出し続けている自分の左手を見る。
こんなので、あんな凶悪なETとどうやって戦うっていうの? こんな、さっきホルダーになったばかりの私が?
助けたいけど、恐怖で腰が抜けてしまって、立つことすら出来ない。身体もガクガクと震えっぱなしだった。
そもそも無理な話だったんだ。いじめられてばっかで、卑屈で、暗くて、誰にも愛されず、誰の役にも立てないようなこんな奴が……誰かのために戦うなんて……。
助けて、助けてよ……誰か……!
「きゃああああ!!!」
悲鳴にハッとして校舎の方を見る。ETが窓に手を伸ばし、女生徒を捕まえようとしていた。
永月を見る。助けに行こうとしているようだけど、起き上がることすら出来ていなかった。
「止めろ!!!」
「!?」
もう少しで女生徒が捕らえられそうになったその瞬間に、誰かが女生徒を突き飛ばし、代わりにETに捕らえられる。
身体を握りしめられて苦痛に歪むその顔に、私はひどく見覚えがあった。
「葛西先生!!!」
ガクガクと震える足で無理やり立ち上がり、駆け出す。身体が勝手に動いていたのだ。
「うわぁあああああ!!!」
訳も分からないまま叫び、左手を突き出しながらETに近づく。
ETが私に気付き、大木のように太い首を傾けてこちらに振り向く。
その目に睨まれるだけで身が竦み、恐怖で足が止まりそうになる。
心臓が嫌な意味でバクバクと騒ぎ、身体中が「引き返せ」と警鐘を鳴らし始める。
だけど私は足を止めなかった。
私じゃあのETには勝てないかもしれない。でも……葛西先生だけは絶対に助ける! 例えこの命と引換えにしてでも!
必死に駆けていると長い髪が揺れ、内側の青色が見えた。その青を見た瞬間、葛西先生が目を見開き、声を上げる。
「君……刃金なのか!?」
どうやら制服が違ったから気づいてなかったようだ。私はそれに頷き、答えた。
「葛西先生! 大丈夫です! 今助けますからっ!」
そう叫んで左手に力を込めてみる。すると黒い霧がぶわりと溢れ出し、黒い剣の形になった。
よし! これなら──!
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
両手でその剣を持ち、斬りかかるように振り上げる。その時──。
ズシャア。
ETの巨大な手が私を薙ぎ払うように襲いかかってくる。
鋭利な爪が私の脇腹に刺さり、一瞬にして切り裂いた。
バタン!
勇ましくETに向かっていたはずの私の身体はグラウンドへと倒れこむ。
いや、倒れるというより、『転がる』と言ったほうが正しいのかもしれない。
何故なら今、私の目の前にはローファーと、そこから伸びている私の脚が見えているのだから。
前屈しているだとかそういうことじゃない。
ただ単に、『真っ二つ』になってしまったというだけのことだった。




