BRAIN-1
「6課のホルダーって……私がぁ!?」
「そうだよ」
「吹雪さん!」
「冬華でいいよ」
「じゃあ冬華っ! そんなの無理無理っ! 絶対無理っ!」
「大丈夫。最初はみんなそう言うんだ。でもね、哀ちゃん。やってやれない事なんか、この世に無いんだよ?」
にこりと冬華は微笑む。
その笑顔は柔和なように見えて、頑として譲らない強い意志が宿っていた。
これは説得出来なさそうだ。
憧れのホルダーになれるなんて夢のようだけど、なんせ状況がよく分からない。
それにETと戦うなんて急に言われても──。
コンコン。
突然ノックの音が響く。冬華が「どうぞ」と返事すると、部屋の扉が開いた。
「失礼します」
そう言って入ってきた人物を見て、私は目を剥く。
青みがかった右目。意志を表すように光る金色の瞳。サラサラの黒髪。
トレードマークである上質そうな黒いスーツ。
入ってきたその人物は──。
「な、な、なっ……永月秋人ぉ!?!?」
私の叫び声にびくりとし、永月秋人がこちらにギロリと視線を向ける。
その視線が彼の武器である刃のように鋭くて、今度は私がびくりと身を震わせた。
「吹雪室長。もしかして、こいつが例の新人ですか」
「うん。それで、どうしたの?」
「このホテルから10キロ先にある瑜伽中学に、ETが出没しました。推定ランクはD。俺一人で行きますか?」
「瑜伽中学?」
私は思わず聞き返す。
瑜伽中学。私の通っている中学だ。
冬華は思案するように顎に指先を添えて言う。
「Dランクかぁ~ちょうどいいや。哀ちゃん。永月くんと一緒に行ってみよっか?」
「へ?」
「デビュー戦だね」
「へぁ!?!?」
思わず叫ぶと、永月秋人は眉間にシワを寄せ、凄まじく不機嫌そうな顔で私を見た。
「こいつ、訓練したんですか?」
「してないよ」
「じゃあ無理です」
「永月くん」
「絶対無理です」
「もし許可してくれるなら、明日非番にしてあげるよ?」
永月は苦虫を噛み潰したように眉間にシワを寄せ、考え込む。そして言った。
「帯同させるだけですよ」
「うん。ありがとう。じゃあ哀ちゃん。いってらっしゃい」
「え、……えぇ!?」
ウーウーとサイレンがけたたましく鳴り響き、周囲の人の視線が集まる。
車窓から景色が流れていくのを見る余裕もなくて、私はできるだけ注目を集めないように、身を縮こまらせて俯いた。
これじゃあまるで犯罪を犯した容疑者みたいだと思ったけど、できるだけ人に見られたくなかったのだから、仕方がない。
人生初のパトカーの後部座席は、なんともまあ居心地の悪いものだった。
チラチラと車窓に目を向けていると、段々と見知った景色に変わっていった。
どうやら私達が泊まっていたホテルは、本当に隣町のホテルだったようだ。
「チィッ!」
隣で大きな舌打ちが響き、私はびくりと身を震わせた。
前髪の隙間から恐る恐る隣を覗く。
世間の注目の的と言っても過言ではない。ゾッとするほどの美しい男。もとい、永月秋人が、彼のエナジクトである刀を携え、心底苛立った様子で座っていた。
「なんで俺がこんなクソ田舎に……ただでさえ忙しいっつーのに、余計な仕事増やしやがって……クソETもこんなタイミングで出没してんじゃねえよカスが……全員死ね……ゴミカス共……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、前方の景色を睨んでいるのか虚空を睨みつけているのか、判断のつき辛い荒んだ目をして、ダンダンと忙しなくつま先を踏み鳴らし、組んだ腕の上を指先で叩き続けている。
その姿は画面越しで見てきた様とは明らかに違い、異様な感じがした。
というか、なんていうか……たまに街中で見かける絶対近づいたら駄目な感じのヤバい人そのものだ。
永月って、本当はこういう人だったんだ……。
「おい、クソ新人」
「は、はいっ!」
突然話しかけら、縮こまっていた背筋を伸ばす。隣を見るけれど、永月はこちらを見ず、相変わらず虚空を睨み続けていた。
「能力は?」
「へ? 能力……ですか?」
「チィッ!」
再び大きな舌打ちが響く。どうやら私が答えられなかったせいらしい。
心臓がぎゅうと縮こまり、緊張で生きた心地がしなかった。
「能力っつったらエナジクトの能力に決まってんだろうが、さっさと答えろカスが」
「え、能力……たぶん、これです」
黒い霧が出続けている左の手のひらを見せると、永月はようやく横目でこちらを見る。
そして一瞥した後、いっそう眉間にシワを寄せ、再び虚空を見つめた。
「どうやって使うんだ、それ」
「わ、わかんないですっホルダーになったばかりだし、私、何も……」
チィッと再び車内に舌打ちが響く。私は半泣きになりながら震え上がった。
それを横目で確認した永月はため息をつき、さっきより幾分か柔らかい声色で言った。
「いいかクソ新人。テメーは絶対何もすんな。どうせ足手まといにしかなんねぇ。分かりきってる」
「は……はい……」
「ったく。室長もまた余計なの押し付けて来やがって」
そう言ったきり、永月は黙り込んで窓の外に視線を移してしまった。
私もちらりと窓の外を見る。景色を見ている限り、もうすぐ学校だ。
まさか学校にETが出るなんて……先生や生徒は大丈夫なのかな? 避難は済んでるんだろうか。
……葛西先生。無事だといいな。
パトカーが停まり、私達が降りると同時に、ズドォンと地響きが鳴った。
学校の方に目を向けると、グラウンドの中央に、全長5メートルくらいの図体ETが、四足歩行で歩いていた。
警察官数人が立ちはだかり、銃器や大型のネットを足に纏わりつかせ、なんとか食い止めているようだった。
ET、初めて実物を見た。あんなに大きいんだ。
私……これからあれと戦うことになるの?
「おい、状況は? 校内の人間の避難は?」
永月が周辺の警備をしていた警官の肩を掴んで問い掛ける。すると警察はすぐに振り返り、敬礼をした。
「永月警部! 出現したのがグラウンドだったため、生徒や教師は校舎内に残ったままです!」
校舎を見上げみる。生徒達が興味津々という感じで窓に張り付いてグラウンドを眺めていて、先生達がそれを止めているようだった。
永月が観察するようにETを見る。巨大化したイグアナのようなETは、よだれを垂らし、その場で地を踏み鳴らし、「ガアア」と叫ぶばかりだ。
「知能が無いのか。やはりDランクで間違いないな。動きも愚鈍だから『コントロールX』も必要ない。こいつなら……俺一人で充分だ」
永月は呟き、警官達へと叫んだ。
「とりあえずここは俺に任せて全員引き上げろ! 邪魔だ!」
「はっ! 了解です!」
敬礼して警官達が退散していく。永月がギロリとこちらを睨んだ。
「おい新人」
「は、はいっ!」
「テメェも車戻ってろ。クソ邪魔だから」
「りょ、了解で──」
『駄目です』
「「!?」」
突然頭の中に声が鮮明に響き、私達は顔を見合わせた。
しかし永月はすぐに合点がいったように顔を顰め、その声に答えた。
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