ギラギラ-12
またこの人だ。しつこいな。無視しよう。
私はお姉さんを無視して歩き出そうとした。すると──。
「私は絶対裏切らないよ。あの人と違ってね」
ぴたりと足を止め、私はお姉さんを鋭く睨みつけた。
「もしかして、さっきの見てたんですか?」
「ごめんね。ちょうど通り掛かったんだ」
「……悪趣味。最低。いつもそうやって人をおちょくって楽しんでるの? 性格悪すぎでしょ。いいよね貴女は。美人だから、エランだから、きっと何をしたって許されるんでしょ? 裏切らないなんて、どうしてそんな事が言えるわけ? 私の気持ちなんか……絶対に分からない癖に!」
「うん。そうだね。私には哀ちゃんの気持ちは分からない。だって、私と貴女は違う人間だから」
「ほら、認めた。エランとハーフは違うんだって……私が下で貴女が上。下々の者の気持ちなんて理解に値しないって、そう言いたいんでしょ?」
「そうじゃないよ。私と哀ちゃんは、別の人間だって話なんだけど……いや、同じ人間だけど……う~ん。どう言ったらいいのか、難しいなぁ」
「っ……!?」
お姉さんは突然私の手を取り、指を絡めて握ってきた。
まるで血が通っていないように真っ白なその手が予想に反してとても温かかくて、私は一瞬どきりとした。
「なにするんですか!」
ハッと我に返り、その手を振り払う。
お姉さんはそれに動じず、にこりと微笑んで手のひらを見せてきた。
「ほら、手が二つに指が五本。目が二つに、口も一つ。私と哀ちゃんは、同じ人間だね?」
「はあ?」
「でも、確かに同じ人間なんだけど、身体も心も別々に存在してる。私と哀ちゃんに、別々の意思があるってこと。だから分かり合うためには、言葉が必要なの。自分の意思を、気持ちを、言葉にして相手に伝える。そうでないと、何も分からないから」
「……さっきから何言ってるの貴女、本当に意味が分からない」
「哀ちゃん。もう一度聞くよ。私についてくる気はない?」
お姉さんは私をまっすぐ見つめて問いかける。私は何故か、その視線から目を逸らせなかった。
見つめ合ったまま、どんどん距離が近くなっていく。
気がつけば私は、お姉さんに抱きしめられていた。
甘やかで優しい香りが、肩口で柔らかくなびく銀の髪からした。
よしよし、いい子。
子供をあやすみたいな優しい手つきで、お姉さんの手のひらが私の頭を撫でる。
私はそれを拒絶できなかった。だって、胸の中でずっと押し殺していたものが溢れ出してしまいそうで、なんだか泣きそうだったから。
お姉さんの腕の中でふるふると震える私の耳元で、お姉さんが囁く。
「もし私の所に来る気になったら、今夜10時、国道沿いの喫茶店に来て」
国道沿いの喫茶店。
このど田舎唯一の喫茶店だ。
恐る恐る顔を見ると、長い睫毛に囲われた紫色の瞳が緩く弧を描く。
白く滑らかな手が伸びてきて、私の火傷痕のある右頬を優しくすべった。
「大丈夫だよ。私はあなたの味方。何があっても、裏切らないから……じゃあ、待ってるね」
そう言い残して、お姉さんは歩いていった。
残り香が鼻の奥に残っている。さっき抱きしめられた温もりも。握った手の柔らかさも。
残された私は、遠くなるまでその姿を見つめていた。
白い日差しを差して歩く姿は、まるで百合の花が咲いているようで、とても綺麗だった。
家に帰って学校を退学になったことをおじいちゃんに白状した。予想していた通り、身体が吹っ飛ぶ勢いで殴られた。
「ワシがせっかく話を通してやったというのに……あの鉄工所は中卒でないと雇わんのだぞ!? 恥をかかせよって! お前というやつはぁ! このっ! このぉ!!!!」
馬乗りになってぼこぼこにされる。でももう抵抗すらする気になれなかった。
身体の力を抜いて、もういっそ殺してくれと思いながら、終わるのを待つ。
自分の顔からゴキ、バキ、と鈍い音が響き、血が飛び散る。
当然痛みを感じているはずなのに、どこか上の空というか、他人事のように感じていた。
「がはっ!」
突然お腹を踏みつけられ、お腹を押さえてうずくまった。
「ワシがっお前をっ何のために置いてやってると思っとるんだっ! 身寄りのない所を拾ってやった恩を忘れるな! このっ! くそガキがぁ!」
散々踏みつけられた後、仰向けに蹴り転がされる。ぐったり倒れていると、胸を思いっきり踏まれた。
「い゛っ!」
鈍い悲鳴を上げると、おじいちゃんの表情が変わる。まるで何かを確かめるように、その足が胸をぐりと踏みしめた。
「哀、お前……」
「……え、」
ぐり、と確かめるようにおじいちゃんの足が再び私の胸を踏む。そしておじいちゃんは、ニタリと嫌な笑みを浮かべて足を離し、私に手を差し出してきた。
「哀よ。乱暴してすまんかったのう……ほれ、手を貸してやる」
「え、あ……ありがとうございます」
これで終わりなのだろうか。
混乱したままその手を握って立ち上がる。
次瞬間、今まで感じたことのない悪寒が身体をぞわりと走った。下を見る。おじいちゃんの手が、私の胸を掴んでいた。
「ひひ、貧相なばかりだと思っておったが、ようやく実ったか。そうかぁ……なら許してやらんこともないぞ?」
ニタニタしながら独り言を言い、硬直したままの私の胸を揉む。すると鈴音ちゃんがやってきた。
「もーじいちゃんうるさ~い。そういうのは私がいないときにやってよぉ。それにお腹へったんですけど~」
「おおっすまんすまん鈴音っ! 腹が減ったし、車でファミレスにでも行こうか」
「おじいちゃん運転大丈夫なの?」
「大丈夫じゃ! 自動運転モードで行くから!」
「あれって若干運転荒いから、あんまり好きじゃないんだよね~」
鈴音ちゃんが靴を履いて玄関を出る。するとおじいちゃんが私を振り返った。
「哀」
「は、はい……」
「今日は特別じゃ。風呂に入っていいぞ」
「……え?」
「ちゃあんと綺麗に洗っておけよ?」
さっき浮かべた下品な笑みを浮かべてそう言い、おじいちゃんは玄関を出ていった。




