ギラギラ-11
「わたしがっ……ました」
「は?」
「わたしが……先生を誘惑しました!!!!」
人生で一番大きな声が出せたと思う。職員室が静まり返った。
周囲の視線が私に集中し、いたたまれなくなる。
その視線から逃げるように、私は斜め分けにセットした前髪をぐしゃぐしゃと崩し、重いカーテンのようにして顔を隠す。
そしてリップで色づいた唇を噛み締め、先生を救うための嘘を紡いだ。
「わたしからなんです。わたしから……先生に抱きつきました。先生は嫌だったけど、不意のことでびっくりして、逃げられなかったんだと思います。だってあの後、わたし、突き飛ばされましたから……先生から私に抱きついてくるなんて、ありえないですよ。だってわたし……ハーフなんだからっ……!」
嫌。本当は言いたくないよこんなこと。
よりによって先生の前で──。
涙がじわじわと視界を滲ませていく。心はフォークで抉られるように痛んだ。
「おい刃金!」
「キミ、それは本当かね?」
「……はい」
「先生?」
校長と教頭が確認するように葛西先生へ視線を送る。葛西先生は、動揺に満ちた顔で私の方を見た。
ぐしゃぐしゃになった前髪の隙間から見上げる。
いつもは前髪越しだった私と先生の視線。
それが初めて、遮るものなく純粋にかち合った瞬間だった。
頷いてください先生。私は、大丈夫だから。
視線でそう合図をする。しかし先生は嫌がるように首を振った。
しかし私が視線を逸らさず見つめていると、先生は思い詰めたように私から視線を逸らし、小さく頷いた。
校長と教頭が、安堵のため息を吐く。
「そうかそうか。やはりそうでしたか! いやぁ~おかしいと思ったんですよ! テランの葛西先生がハーフの女生徒と抱き合うなんてねぇ~!」
校長が急に上機嫌になり、葛西先生の背中をバンバンと叩く。葛西先生はそれには反応せず、項垂れるばかりだった。
教頭が咳払いをし、私に向き直る。そして威圧するように言った。
「刃金さん」
「……はい」
「貴女は本日をもって退学処分とします。すぐさまこの学校から立ち去るように。今後一切この学校に立ち入ることも、無論、教師や生徒に接触することもを禁じます」
「退学!? 教頭先生、それは──」
「分かりました」
「おい刃金!」
「いいんです。こうなっちゃったのは……全部、私のせいだから」
本当に私のせいなのかな? ……でも、みんながそう言うんだから、きっとそうなんだろう。
今までだってそうだったし……私が何言ったって無駄なんだ。
だって私、ハーフだし。
「校長先生、教頭先生! せめて明日……明日まで待ってくださいっ! 明日が刃金の卒業の日なんです! ハーフなのに中学を退学なんて事になったら、それこそ就職先なんて──!」
「いいえ、駄目です認めません。私達の処遇に文句があるのなら、貴方にも厳しい処分を検討しますよ」
教頭が冷ややかにそう告げると、葛西先生は俯き、唇を噛んで黙ってしまった。
それを見て、私の中で何かがすっと冷めていくのを感じた。
頭の芯から冷えて、心がどんどん冷たく凪いでいく。
分かってる。先生にだって立場がある。守るべきものがある。
それは私が一番よく知ってる。きっとこの学校の誰よりもね。でも……。
あーあ。変に浮かれるんじゃなかった。代償デカすぎでしょ。
やっぱり私に恋なんて。誰かと信頼を築くなんて。
そんなの無理な話だったんじゃん。
馬鹿だなぁ、私って……ほんと、バカ。
私は先生達に向かって足を揃え、腰を折って深々と頭を下げ、そして蚊の鳴くような声で言った。
「校長先生。教頭先生。それから、葛西先生……今まで本当に、お世話になりました」
さっき歩いたばかりの通学路を歩く。
もう二度と歩くことのない道を、背を丸めてとぼとぼと。
あーあ。これからどうしよう。
中学を退学になっちゃうなんて。おじいちゃんにどれくらい怒られるだろう。
あのおじいちゃんが、環境の良い工場にせっかく話を通してくれたのに。最悪の場合、殺されちゃうかも。
……まあ、いいか。
中学を退学になったんだから、もうまともな職には就けないことが決定しちゃったわけだし。
もう、死んだって──。
「刃金!」
後ろで呼び止める声がした。亀のようなペースで進んでいた歩みを止める。
でも、振り返らなかった。
その声の正体が誰か、分かっていたから。
走って追いかけてきたのだろう。葛西先生は、はあはあと息を切らしていた。
「刃金っ……ごめん、おれ……おれは──!」
「ダメですよ葛西先生。さっき校長先生達に言われたじゃないですか。話しかけちゃいけないって。もう私は、学校の生徒じゃないんですから」
「でも……!」
「先生」
はっきりとした言葉に、背後の足音が止まる。
私の拒絶の意思がちゃんと伝わったようだった。
「こんな事になっちゃったけど、私……先生の事が大好きでした。先生と過ごす時間が好きでした。今まで生きてきて辛いことばっかりだったけど、葛西先生と一緒にいた時間は、楽しくて、幸せで、生まれて初めて、心から笑っちゃったり出来たんです。本当に。だから……もう私のことは忘れてください。妹さんとアイラちゃんを、どうか幸せにしてあげてください」
私の分まで。
心の中でそう付け加え、私は一度も振り返ることなく歩き出した。
さようなら先生、さようなら、私の最初で最後の恋。
家が見えてきた。
足取りがどんどん重くなっていく。
これから私に降りかかるであろう凄惨な未来と、先生との楽しかった思い出が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。
早く忘れたいのに。あの日抱きしめてもらった温もりが、今もずっと鮮明に思い出される。
もし私がテランとして生まれていれば、『そんな未来』もあったのだろうか。
そんな意味のないことを考えながら、私は重くなる一方の足を無理矢理引きずり、歩き続けた。
すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。
差別はダメダメ、みんな仲良く手を取り合ってゴーゴーゴー。
そんな理想の世界は、本の中にしか無い。誰かの書くおとぎ話の中にしか無い。
勧善懲悪を執行してくれる正義のヒーローなんて、当然この世に存在しない。
私のカーストは、役割は、生き方は、生まれながらにして決まっている。
どれだけ藻掻こうと、足掻こうと、それが決して揺らぐことは無い。
「無いんだよ。この世に救いなんて……そんなの絶対無い」
「大丈夫?」
ふいに背後で柔らかい声が響く。荒んだ目のまま振り返ると、視界に入ったのは白い日傘。
そこには、この間私に声を掛けてきたお姉さんが立っていた。
こちらが睨みつけているというのに、お姉さんはにこりと柔和な笑みを浮かべた。
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