ギラギラ-10
「ねえこれありえなくない? なんでよりによってハーフの刃金と? 葛西先生好きだったのにな~」
「もしかして付き合ってんのかな? 気持ち悪~」
私と先生の写真を前に、生徒達が言いたい放題言っている。
なんでこんなもの。もしかして、あの時誰かに見られて──。
愕然としていると、生徒の一人がこちらを振り向いた。
「あ、刃金だ!」
「マジ!? おい刃金! この写真どういうことだよ!」
「こ、これは、ちがくて……!」
「おいちゃんと答えろよ刃金!」
「ハーフの癖に先生に何やってんの!? 最低! 穢らわしい!」
糾弾する生徒たちに詰め寄られ、あっという間に囲まれる。
私はそれに答えず、逃げるように駆け出した。
自分の教室へとクラスへ向かう。ガラリと扉を開けると、クラスの視線が一斉に私に集まった。
その視線はいつもの冷ややかなものとは違い、明らかな好奇を含んでいる。
黒板を見る。さっきの写真が張ってあった。
葛西先生いない。じゃあ次は──。
「おい刃金、お前──」
何か声を掛けてきた生徒を無視し、私はすぐに駆け出した。
はあはあと息を切らし、職員室を目指す。
悔しくて、辛くて、私は泣きそうになりながら走った。
私のせいだ。私のせいで先生が……お願い。間に合って!
職員室の前にたどり着く。予想通り人だかりが出来ていた。みんな興味津々で職員室を覗き込んでいる。
「どいて!」
ジロジロ見てくる生徒達をかき分けて職員室の入口にたどり着く。
乗り込もうとしたその瞬間──。
「どうなってるんですか葛西先生!!!」
怒号が職員室に轟き、私は扉に掛けた手をぴたりと止めた。
校長と教頭が怒り心頭の表情で顔を真っ赤にしていて、その前に、こちらに背を向けるようにして、葛西先生が立っていた。
「よりにもよってハーフの生徒と……もし噂が広まって視察でも入れば、処罰されるのは貴方だけじゃ済まないんですよ!!」
私の予想通り、葛西先生は私との関係を問いただされ、激しく責められているようだった。
「違うんです! あれはただ、刃金を励まそうとしただけで、変な意味なんか──」
「言い訳は結構です!! いつからこんな淫らな関係を続けていたんですか!! 正直に答えなさい!!」
「本当に俺達は何も無いんです! 俺はただ刃金が心配だったんだ! いつも周囲に疎まれてばかりで、優しくしてくれる人が誰もいなくて……そんなあの子に優しい言葉を掛けてやりたかった! 苦しみに寄り添いたかった! やましい関係じゃ決して無い! 信じてください!」
校長の詰問に対抗するように、葛西先生も声を張り上げる。しかしそれは火に油を注ぐのと同じだった。
二人の言い合いはどんどんヒートアップし、周囲にどんどん人が集まってきた。
「私がどんな思いでハーフなんてゴキブリ以下の存在を学校に受け入れてやってると思ってるんだ! あのクソどもを在籍させてやってるだけで、この上ない慈善事業なんだっ! あんなクソの役にも立たん奴らなあ……今すぐ全員退学にしてやったっていいんだぞ!!」
「校長、貴方は最低だ。それでも教育者ですか! ハーフで産まれたというだけで差別するなんて狂ってる! 最近は政府だって、人種間の差別意識の撤廃に向けて動きはじめているというのに……時代錯誤も甚だしい!」
「何をこの……!」
「校長先生」
見かねた教頭が校長の肩を叩く。そして周囲を気にするように見回した後、葛西先生に優しく問いかけた。
「葛西先生も少し落ち着きませんか? 私もハーフに対する周囲の扱いにいささか疑問は感じておりますので。貴方のお気持ち、少し分かりますよ」
「教頭先生……!」
「ですが、これは人種間の問題ではありません。本題は、『生徒と先生が校内で恋人同士のように抱擁した』ということにあるんです」
教頭が柔らかくもはっきりとそう言い切ると、葛西先生はばつが悪そうに俯いた。
「葛西先生。今一度お聞きします。『教師と生徒が恋愛関係になる』。それは、貴方のおっしゃった『教育者』として正しい行為なのでしょうか?」
「それは……違うんです。俺……僕は、刃金と恋愛関係では決してありません。先程も言ったように、刃金を元気づけたいといった意味合いで抱擁を……でも、今にして思えば、迂闊だったと反省してます」
「そうですね。私も教育者として、コミュニケーションは生徒との絆を深める上で重要だと考えています。ですが、それは時と場合を選ぶべきです。もちろん手段と相手もね」
「……はい。すみません。校長先生。教頭先生。この度は……本当にご迷惑をお掛けしました」
葛西先生が校長と教頭に頭を下げる。すると教頭先生は葛西先生の肩をぽんと叩いた。
「大丈夫ですよ葛西先生。今回のことは、貴方だけが悪かったわけではありませんから」
「? どういう事ですか」
「葛西先生。今から私は、貴方に一つ質問をします。その返答次第では──貴方の『解雇処分』を取り消しても構いません」
解雇処分。
その言葉に葛西先生の瞳が大きく見開かれる。
「解雇処分なんて……そんな……!」
「私のハーフに対する考え方は、葛西先生に近しいものがあります。しかし。しかしですよ? 世間は私達のように寛容ではありませんからねぇ……もし貴方がここを解雇された場合、転職先を見つけるのは相当厳しいでしょうねぇ。事実はどうであれ、『ハーフの女生徒とやましい関係であった』という解雇理由が広まれば、そんな教諭を雇う学校など、全国を探したって存在しないでしょうから」
教頭先生の言葉に、あの日縋り付いた葛西先生のたくましい背中が項垂れる。私の頭を撫でてくれた大きな拳が握られ、ぶるぶると震えはじめた。
ドクン、ドクン。
私の鼓動は、嫌な意味で早くなっていった。
教頭先生が葛西先生に言わせようとしていることが、なんとなく理解できたからだ。
予想通り、教頭先生がちらりとこちらを見る。そしてニタリと嫌な笑みを浮かべ、葛西先生に優しく語りかけた。
「葛西先生。正直に答えてください。大丈夫。貴方は私の言葉に頷くだけでいい。『貴方は刃金哀に対して恋愛感情も信頼の気持ちもなく、その存在を疎ましく思っていた。なのにしつこく付き纏われ、抱擁を強要され、仕方なく抱きしめただけ』……そうですね?」
葛西先生がいっそう項垂れ、握った拳がぶるぶると震える。
しん、と沈黙がその場を支配する。
周囲にいる生徒達の視線が、教員室の前に立ち尽くす私に注がれた。
分かってる。
先生が言わなくちゃいけないこと。
そのくらい、子供の私にだって分かるよ。
──でも。
私は教員室へと一歩踏み出す。周囲の先生達がそんな私を見た。
がくがく震える足を進め、私は葛西先生の元へと向かう。
教頭先生がそれに気づき、見下すようににやりと笑った。
葛西先生が足音に気づき、振り返る。
私は、必死で声を振り絞った。




