第96話 感謝と団欒
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい。待ってたわよ」
大学の期末試験を終えて実家に戻った俺を母が出迎える。
その様子は少し前まで余命宣告をされた病人とは思えないほど元気なものだった。
いや、それどころか十歳くらい若返っているように思えるのだが気のせいだろうか。
(なあ、なんか母さんが妙に若々しくなってないか?)
「それはエリクサーの効果だろうね。あれは万病に効く万能薬であると同時に、ありとあらゆる肉体の損傷を癒す治療薬でもある。それらの効果が飲んでからしばらくは続くことで、彼女の肉体を以前よりも若々しい状態へと変化した。要するに本当に若返ったんだよ」
モーフィアスの回答からして、見せかけとかでなく本当に肉体年齢が巻き戻った形となっているらしい。
流石はエリクサー。
不治の病を癒すだけでなく寿命まで延ばしてしまうとは驚きである。
「あれ、家にいるのは母さんだけなのか?」
てっきり父と妹もいるのかと思っていたのだが、どこかに出かけているらしい。
「お父さんには真理奈を外に連れ出してもらってるわ」
「……何で?」
「そうでもしないと、どうせ天架のことだからまた誤魔化そうとするでしょう?」
「……」
目線を逸らして黙秘する。
だが流石にそれでどうにかなると思ってはいなかった。
不治の病が奇跡的な形で完治した。
それは幸福なことだし嬉しいことではあるが、だからと言ってそれで全ての人が納得する訳がない。
妹の真理奈は母が生きているのなら他の事は何でも良いという感じが強く、どうしてこの奇跡が起こったのかをあまり気にしてはいないようだが、両親までそうとはいかなかった。
特にその病気を患っていた張本人である母は、その体調の改善具合を実際に体感しているのだ。
その明らかに異常な変化が自分の身に起こって気にしないはずがない。
(父さんも母さんも、状況から俺が何かしたのではないかと疑ってるみたいしだな)
これまでは探りを入れられても知らぬ存ぜぬで誤魔化してきたのだが、どうやらこうして場を整えて話を聞こうとしている辺り、これまでのようにはいかないかもしれない。
そう思った俺だが、母をそんな俺の様子を見て大きな溜息を吐いて呆れを示す。
「まったく、嘘が下手なのは相変わらずね。こうして顔を見れば、天架が隠し事をしているかなんてすぐに分かるわよ」
「うぐ……」
だと思った。昔から他の人はともかく、母に隠し事が出来た試しがないのだから。
だからこそ俺はエリクサーを使用してからは大学とダンジョン配信の二重生活に戻って、なるべく家族と顔を合わせないようにしていたのだ。
正直、今回の帰省要請も適当な理由で断ろうと思ったくらいだし。
もっともだったら母の方から出向くと言われてそれは断念するしかなかったのだが。
「そんなに言いたくないのなら詳細は聞かないわよ」
「え、いいのかよ?」
これは俺が何かしたのかを肯定するような発言だが、どうせ何かしたのを悟られているのならもうそれくらいは構わないだろう。
「その様子だと言いたくないのにも何か特別な理由があるんでしょう? そうじゃなかったらここまでこっちに悟られてるのに隠そうとはしないだろうし」
流石は赤ん坊の頃から俺を育ててきた人物だ。
俺がどういう思考回路や行動原理をしているのかなんて、それこそ手に取るように分かるらしい。
「ただこれだけは聞かせなさい。あんた、今回のことで良くないことに手を出したりしてないでしょうね?」
「それは大丈夫。少なくとも犯罪とか非合法な事に手を出したりとかはしてないからさ」
(多少の無茶はしたけどな)
呪怨ダンジョンで何度も何度も呪い殺されたこととか、上級ダンジョンを何日も寝ないで攻略したことのことだ。
と言ってもここでそれを言って心配させる意味もないので黙っておく。
そんな俺の様子を見た母は、どうやら嘘は言っていないと判断したのかどうにか納得してくれた。
「なら、いいわ。私のせいで天架が何か妙な負債とか背負ったりしてないかだけが心配だったもの」
自分が助かっても、それで息子が犠牲になるようなことは一ミリたりとも望んでいないと母は言い切る。
でもそういう母だからこそ、俺は何としてでも助けたいと望んだのだ。
「いつか話せる時が来たら、その時にちゃんと説明すること。それまではこれ以上、何も聞かずに待っててあげるから。いいわね?」
「分かったよ。……ありがとう、母さん」
父にもそういう事になったと、それとなく伝えておいてくれるとのこと。
「それと肝心な事を伝え忘れてたけど……またこうして健康な体でこの家に戻ってこられるなんて、正直思ってもみなかったわ。だから、こちらこそありがとう、天架。本当に感謝してるわ」
「……いいよ、別に。家族なんだからさ」
純粋な感謝の言葉。これまで辛い思いを何度もして、時には妹にはろくでなしと罵倒されながら、それでも達成した母の病を治すという目標。
それは誰かに称賛されたかった訳でも、感謝されたくてやったことでもない。
だけどそれでも、その母の言葉は俺の胸にグッと熱いものをこみ上げさせてきた。
「さてと……それじゃあお父さん達を呼び戻して御飯にしましょう。今日は天架の好物をたっぷり用意してあるんだから」
そうして皆で食卓を囲み、久しぶりの家族団欒を過ごす。
その掛け替えのない大切な時間を俺はしっかりと心に刻み込むのだった。
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