第53話 幕間 視聴者の反応
名も無き同業者兼ファンの反応
宣言通り試練の塔という未発見の上級ダンジョンに挑戦しているアルバートの配信は既に四時間を超えようとしていた。
その間、アルバートはほとんどぶっ通しで魔物と戦っている。
このままではボスを倒せないからと経験値稼ぎのために何度もギブアップしているが、そうしてダンジョンカメラ外に行くのはほんの数秒のみ。
つまりギブアップしてロビーに戻っても、それこそ僅かたりとも休むことなくすぐに入り直しているのだ。
その行動ははっきり言って異常だった。
常軌を逸していると言っても過言ではない。
(そのことを理解している一般人がどれほどいるのだろうか……)
確かにダンジョン配信者の中には長時間ダンジョンに潜ってこのくらいの時間は配信する奴はそれなりにいるし、なんならダンジョンに泊まり込む勢いで挑戦する猛者も少数ながら存在している。
それと比べれば四時間程度、ダンジョンに挑み続けることなどそれほどではないと思ってしまうだろう。
だが実際にはそうではないのだ。
なにせこのアルバートという男がやっていることは実はそれらとはまるで中身が異なるのだから。
通常の長時間のダンジョン配信は魔物と戦う以外にも色々とやる。
ダンジョンの探索に始まり、中には食事や休憩の時間などを挟む者も多い。
何故そうするかと聞かれれば、そうしないと肉体と精神のどちらも持たないからだ。
死なないとはいえ強大な強さを誇る魔物と戦うのはそれなりに緊張する。
ましてやそれを多くの視聴者に見られているともなれば、大衆が考えているよりもずっとメンタルなどに圧し掛かるものがあるのだ。
ましてや超新星のアルバートともなれば、その視聴者数は尋常のものではない。
それこそ万など軽く超える数の世界中の人間が常に自分の一挙手一投足を見ているが配信画面にも表示されている。
慣れない人間ならそれだけで吐いてもおかしくはないし、慣れても感じる圧迫感は相当なものだろう。
そういう周囲の目を全く気にしないでいられるのは一部の天才や異常者のみ。
そういう面で言うと、このアルバートもそういう限られた奴らの一員なのだろう。
「もう百戦を超えてるってのに、まだやる気なのかよ……」
それも上級ダンジョンの魔物という強敵相手で。
かのアルバートと言えど、上級ダンジョンの魔物の攻撃には少ないながらもダメージを負っているというのに。
いくらステータスで肉体が強化されているとはいえ、その行いはいえ正気の沙汰ではないと言い切れる。
どれだけの精神力があればこんな苦行を続けて平然としていられるのか理解に苦しむと言っていい。
だけどその理解を超えた超人であるアルバートですら限界は存在していたようだ。
十階層を超えた辺りから段々とその動きに陰りが見えてきたのである。
これまでは一体ずつだけだったのに、十一階層からはその制限も取っ払われたのか複数の魔物との戦いを強いられることも原因の一つではあるだろう。
だが先程は回避できていた攻撃にも引っ掛かっていることもあるので、それだけではないと思われた。
「そりゃそうだ。人間なんだから疲れるし疲労が溜まれば動きが悪くもなる」
ちょっとだけ実はアルバートが人間ではないのではないかと疑っていたことがあるのはこの場では無視して呟く。
(これでクリアまで耐久は無理だろ。大人しく諦めて休んだ方がいいだろうに)
別にこんな無謀な挑戦をしなくても、人類では初めて中級ダンジョンを攻略してみせたアルバートのダンジョン配信者としての地位は確固たるものがあるのだ。
それなのに画面の中のアルバートは一向に諦める様子を見せない。
恐らく自分なら上級ダンジョンも簡単に攻略できると高を括っていたのだろう。
だが実際には一階層から想像以上の強敵が出てきてしまった。
ここで止めたら緊急告知していた手前もあって引っ込みがつかないという気持ちは分かるし、それを待ち望んでいるアンチの思い通りになりたくないのも理解できる。
(意志の強さが結果的に自分の首を絞めてる形か)
負けたくないのだろう。
その負けん気は正直嫌いではないし、同業者兼ファンとしてはむしろ頑張ってほしいと思う。
でもだからこそ無理は止めてほしいと思いながら視聴を続けて、アルバートが十五階層の魔物を倒した時だった。
「ふう……流石にそろそろ限界ですね。残念ながら精神はともかく肉体がついてこられなくなってきました」
ようやく自身の過ちを認める気になったらしい。
そのことにホッとした俺は、お疲れ様でした! というコメントを送った。
他の多くの視聴者も同じように思ったのか、頑張ったアルバートを労うような、そして次の挑戦に期待するような温かいコメントが配信に溢れる。
中には無謀な挑戦をしたことを嘲笑ったりバカにしたりするようなコメントもあるが、そんなアンチの言うことなど何も気にする必要はない。
そういう奴らは努力する誰かをバカにしたり貶めたりすることしかできないような輩なのだから。
そうして彼を応援にする視聴者の多くがこのまま配信が終わると思っていたのだが、
「そうじゃなくてもこのままじゃ眠くなったりして詰まらないミスが生まれることでしょう。ですのでこれを使います」
どうやらそれは途轍もなく甘い考えだったらしい。
そう宣言したアルバートの手には見たことも無い回復薬らしきアイテムが握られているのだった。
そして私達は、彼が本当の意味で規格外であることをこの後に思い知らされることとなるのだった。
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