第49話 初めての負傷
アルバートとなってから初めて負傷した。
といってもほんの僅かな切り傷だし、戦闘には全く問題ない範囲でしかないが。
だがその僅かな傷でも多くの視聴者にとっては驚くことだったらしい。
おい、これって!?
傷だ!
ダメージがあったってことだぞ!
おいおい、大丈夫なのか?
いいぞ! そのまま負けちまえ!
初めての敗北が遂に来るのか!?
いや、とは言っても掠り傷やん
でも初めて見たぞ、アルバートにダメージが通ったところなんて
これで一階層とか上にはどれだけ強力な魔物が待ってるんだ?
こんなの相手に耐久とか無理じゃね?
自分の配信やコメント欄は空中の何もない空間に流しておくことができる。
だからそれを視界の端で捉えて視聴者の反応を確認することもできなくもないのだった。
(なんか俺が負けることをやけに望んでる奴もいるのな)
熱心なアンチだろうと配信を見てくれているのなら俺にとっては貴重な収入源の一部でしかなかった。
それにこういう風に負けるのではないかという雰囲気を漂わせてくれるのもこちらとしてはむしろ助かるくらいである。
圧勝なだけでよりも、先の分からないハラハラした戦いの方が盛り上がるのが普通だろうし。
まあ圧勝は圧勝なりに無双ゲームで敵を蹴散らす爽快感のようなものもあるので悪い訳ではないだろうが。
要はどちらか一辺倒になって飽きられるのが問題なのである。
その意味でこの無敵と思われたアルバートがやられるのではないか、というこれまでにない流れは視聴者に示して驚かせると同時に興味を惹きつける要素になるのは間違いない。
戦闘中にそんな考え事をして、尚且つコメントを見るような余所見をしていて大丈夫なのか。その答えは何も問題ないだ。
(確かにこれまで戦ってきたどの魔物よりも強い。それこそ真価を発揮することが出来なかった中ボスよりもずっと)
だけど決して勝てない相手ではない。
それを証明するように『発火の魔眼』を回避した敵に対して今度はこちらから接近する。
『斬撃』
そして火を回避することに意識を割いていた敵にスキルの込められた斬撃をお見舞いする。
「ギャン!?」
初級スキルによる強化がなされた斬撃をその身に受けて胴体に思っていた以上に大きな傷ができる魔物。
どうやら素早さや回避性能の割に防御面はそこまでではないようだ。
「AGI高めの回避型ってところか?」
既に頬の僅かな傷からの出血は止まっているこちらに対して、相手は胴体からかなりの出血が続いている。
どちらが有利かなど一目瞭然だ。
それにしても火属性の武器を使っているのに攻撃が遮られる感じがしなかった。
となるとこいつは火を連想させる見た目の赤色と違って火属性に耐性がある訳ではないのだろうか。
(まあ『発火の魔眼』を回避してるしな)
だとするとこいつの得意属性は何なのだろうか。
モーフィアスの話では上級ダンジョンの敵ともなれば、大半が基本の七つの属性に関しては何らかの耐性や無効化を持っているらしい。それも一つではなく複数。
だからその耐性を掻い潜れるように複数の属性での攻撃手段を持つか、あるいは敵の耐性がないような上位属性を所持していかなければならない。
でないとこちらの攻撃が敵に全く通じないなんてこともあり得てしまうからだ。
(物理攻撃の無属性も効いてるな)
武器を使わない蹴りなどの攻撃もダメージが通っているので、それら二つに耐性がないのは間違いない。
その上でこちらにはまだ呪い属性の攻撃が可能な『呪いの魔眼』が控えているのだ。
敵にダメージを与えられる手段も豊富で、最初こそ戸惑ったものの慣れれば動きについていける。
だから負ける要素はない、このままなら。
「まあそうだよな」
でも敵は上級ダンジョンの魔物なのだ。
中級のボスよりも強いとされている相手が、そう簡単にやられてくれる訳もない。
最初の攻撃以降まともにこちらにダメージを与えられない事に危機感を覚えたのか。
あるいはチクチク攻撃されてダメージを蓄積されていく状況を何とかして覆す必要があると考えたのか。
「ウオーン!」
距離を取ってひと際大きな遠吠えをしたと思ったら、全身の赤い毛並みが不気味な光を纏い始める。
赤黒い、どこか血を思わせるようなその色が鈍い光を周囲に解き放ったと思ったら、
『血染めの戦場』
「!?」
いきなり止まっていたはずの頬の傷からドバドバと血が溢れ出てくる。
傷の大きさからあり得ない出血量だし、そもそも既に塞がっていたはずなのに。
(血を思わせる赤黒い光といい、こいつは血に関する属性のスキルを持ってるってことか?)
考察を続けたいところではあるが、血が溢れ出る度にHPが削られているのが分かる。
すぐにどうこうなる速度ではないが、ずっとこれが続けばいずれHPが空になるのは時間の問題だった。
「ったく、えげつないスキルを持ってるな」
今は敵が一体だけだから大丈夫だが、これで複数体と相手にしている最中にこの極度の出血が強いられるフィールドを展開されればかなり厄介なとなるのは目に見えている。
そして上の階層ではそうなるだろうことは何となく予想が付いた。
(となるとその対策も必須だな)
そう考えながら俺は『発火の魔眼』を発動する。
ただし今回は敵そのものではなくその周囲を発生した火が取り囲むようにして。
自身を攻撃対象にした攻撃なら過敏に反応していた魔物も、それには反応できずにその場から動かない。
あるいは当たらない攻撃なら回避する必要がないと思ったのか。
なんにしてもこれで終わりだ。
『呪いの魔眼』
逃げ場のない火の檻に囚われた敵に呪い属性の攻撃が容赦なく襲い掛かる。
しかもこちらは特級スキルである『呪怨超ボーナス』によって威力や速度などが大幅に強化されているのだ。
もしかしたら火の檻がなくても回避する暇も与えなかったかもしれない。
これまでに蓄積したダメージに加えて、中ボスを仕留められるような強力なスキル攻撃をまともにその身に受けて耐えることは叶わず、狼型の魔物はそこで光の粒子となって消えていった。
「ふう、これで一勝か」
先は長い。
そう思わせるのに十分な一戦だった。
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