第46話 幕間 緊急告知に対する反応 後編
熱烈なファンの反応
「ねえサクラ、何があったのー?」
サークルからの帰り道、急にアスカがそう問い掛けてくる。
「え、何かって何が?」
「あんた、今日はやけにイサキのこと気にしてたじゃない」
「え、嘘。そんなに分かり易かった?」
「傍目から見ても丸わかるよ。てかたぶん本人も気付いてるわよ」
「えっと、それはその……」
アスカも頷いて肯定しているし、ミドリにもそう言われてしまうくらいに分かり易かったらしい。
でも仕方ないではないか。
こんな考えはあまりにバカバカし過ぎて、自分でも他の人に話せないと思うくらいなのだし。
「もしかしてー……イサキのことが異性として気になってるとか?」
「いや、それは違うわ。本当に」
断じてそういう意味ではないのだ。
私が今日、彼を意識していたのは。
(きっと偶然の一致だってのは私も分かってはいるんだけど……)
それでもどうしても気になってしまったのだ。
数日前のアルバート様の中級ダンジョン攻略の際、生でその姿を見られないかと私もその中級ダンジョンに向かった。
そしてそこで見てしまったのだ。
アルバート様がロッカールームに入ってからしばらく経った後、そこから出てくるイサキのことを。
これまでの付き合いで彼がダンジョン配信初心者であり、ほとんどダンジョンに潜ったことがないと聞いている。
ミナトやガクが彼のことを知ったのも、スライムダンジョンで彼がグリーンスライムと死闘を繰り広げているという映像からだったそうだし、そこに嘘はないはずだ。
実際にその映像についても今日ミナトに頼んで見させてもらったが、そこにおかしな点はなかったし。
(そうよ、あれはどう見ても初心者の動きだった)
以前、私がアルバート様に助けられた際に彼の姿がどの他の配信でも確認できなかったこと。
そして今回、初心者の彼がいるはずのない中級ダンジョンのロッカールームから出てきたこと。
この二つの偶然が重なったせいで、私は妙な考えに囚われてしまっていたのだ。
即ち――もしかしたらイサキがアルバート様なのではないか――という実に荒唐無稽な。
アルバート様の足取りはロッカールームを境に辿れなくなる。
それには色々な憶測が建てられているが、その中に変装しているのではないかという説があった。
別人に変装してロッカールームに入り、そこで変装を解いて出てきてダンジョン配信を行なう。
そして終わったらロッカールームで変装してこっそりと出ていくという風に。
理屈では分かる方法だが、これには否定的な意見も多かった。
何故なら変装するにしても限界はあるだろうし、皆がこれだけ彼の姿を探していて一度も見つからないとは思えないからだ。
黒髪黒目という周囲の日本人とは明らかに違う特徴。大柄な体格も目に付く要素である。
生半可な変装ではその特徴を隠し切れるとは思えない。
(だけどもしその考え方自体は間違っていないとしたら?)
実はイサキという日本人が本物であり、アルバートという人物が彼の変装した姿だとしたらどうだろうか。
それなら彼は変装の用意をしてロッカールームに向かい、そこでアルバート様に変装する。
その姿でダンジョン配信を行なってからロッカールームで変装を解けば、アルバート様を探している周囲の目は彼に向くことはないだろう。
そしてアルバート様が一度もダメージを受けないようにしているのは、もしかしたらその圧倒的な実力を誇示するだけでなく、変装しているという事実を隠すためではないか。
魔物から攻撃を受ければカツラなどの変装道具は簡単に壊れてしまうだろうし。
(……って、何をバカな。あれが変装な訳がないじゃない)
助けてもらった時にアルバート様の姿を私は間近から見ている。
あの時に見た肌や目などの全てが変装だなんて思えないし、変装してあんな人間離れした動きが出来るとも思えない。
(こんなの私の妄想よ。そうに決まってる)
アルバート様がわざわざ故郷でない日本で活動していることや、ダンジョン配信について熱心に聞いてくるイサキが何故かほとんどダンジョンで活動していないことなど、気になる点が妙な形で重なったせいで変な疑いを持ってしまったようだ。
そうだ、きっとイサキもアルバート様に会えないかと考えてあそこにいたに違いない。
(いけないわね。こんな風に変にコソコソと疑うくらいなら今度会った時にでも聞いてみよっと)
こんなことでミドリやアスカから彼が気になっているのかとか妙な疑いを掛けられたり、そのイサキにも迷惑を掛けたりすることになるのは良くないだろう。
(それにイサキはこれから旅行に行くって話だもの)
それでアルバート様がいつものように配信すれば、私の荒唐無稽な想像も簡単に打ち砕かれることだろう。
こんなバカな考えを素直に話す気になれなかったこともあって、ミドリやアスカは適当に誤魔化して家に帰る。
そしてその夜、
「え、アルバート様が配信してる!」
告知のない緊急の配信が始まっているのに運よく気付けた私はすぐにその配信を見にいけた。
そこでアルバート様は明日から上級ダンジョンに挑むこと。そしてクリアするまで耐久するかのような発言をしていた。
またしても前人未到の領域に挑戦しようとすること自体も驚きだった。
だがそれ以上に私は別の事に動揺を隠せなくなっていた
「これも偶然、よね……?」
しばらくの間、旅行に行くといって私達の前から姿を消したイサキ。
そしてそれに呼応するかのように、これまではやっていなかった長時間の配信を行なうアルバート様。
更にそれはまるでアルバート様はイサキの旅行の期間で上級ダンジョンを攻略しようとするかのようですらあった。
これでもしダンジョン攻略するのと彼が戻ってくるのが同じだったら、
(……もしかしたら、もしかするの?)
あり得ない。だけどもしかしたら。
その二つの考えを行ったり来たりしながら私は困惑することしかできなかった。
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