第43話 泊まり込みの準備と様子のおかしなメンバー
時間がない。
こうなった以上は大学生活との両立を考えている余裕などないくらいに。
(それにこれまで真面目にやってきたから二週間くらいは講義を休んでも単位取得に問題はないな)
もっとも仮に問題あっても家族の命と比べられるものではないだろうが。
そう考えた俺はそれまで定期的に参加していたダンジョン配信サークルにもしばらく休むことを伝えにきていた。
「大学も休むって話だけど、そんなに長く休むなんてどこか旅行にでも行くのか?」
「まあそんな感じだな。だからしばらくはこっちにいないけど気にしないでくれ」
「了解。ま、折角の旅行なんだし楽しんでこいよ」
ミナトにそう尋ねられるが、予想していた質問だったので淀みなく答える。
急な予定変更だったこともあって泊まり込みの準備などまるでやっていない。
だからすぐに上級ダンジョンに向かう訳にもいかず、その傍らにこうして周囲にそれとなく情報を流している訳だ。
(下手に何も言わずに上級ダンジョン攻略に向かって心配されても困るしな)
万が一、何も言わずに姿を消して失踪したとか思われたら不味い。
それで部屋に来られたら例のモノリスが見つかるなんてことも考えられなくはないので。
だから父や妹にもしばらく家を空けることは伝えてある。
連絡がつきにくくなる可能性があることも含めて。
そしたら妹にはこの状況で何を考えているのかとぶち切れられたが。
(実の母が危篤に陥るかもしれない状況で、家にも帰らずフラフラとどこかに行っている長男か。傍目から見ると控えめに言っても最低最悪だな、今の俺は)
それでもここまできて止めるなんて選択肢はない。
仮にこのせいで妹や家族との関係が一時的に修復不可能なほどに悪化したとしても。
(大学の友人達にも連絡はしたし、これで大丈夫だろう)
モーフィアスとの相談の結果、これから挑戦する予定の上級ダンジョンは県外のそれなりに遠い場所にあるものにした。
上級ダンジョンにも色々な種類があり、ものによって二週間で攻略は不可能なところもあるらしいので、そうではない俺にとって条件の合うところを運営から教えてもらった形である。
「それじゃあ旅行の準備もあるから俺は帰らせてもらうな」
「ああ、またな」
「お土産には期待しているからねー」
ミナトを始めとしたサークルメンバー旅行が嘘だなんて疑うことなくその態度におかしな点はない。
ただ一人を除いては。
(……俺、何かしたっけか?)
そのただ一人である人物はサクラだ。
何故か今日は顔を出した時からこちらの様子を気にしているというか、チラチラと観察するかのように見てきていたのである。
俺とサクラとの関係は良くも悪くもない、至って普通のサークル仲間的な関係だ。
最初こそ俺がジロジロ見たことで異性関連のアレコレで警戒された可能性もあるが、その誤解についてはもう解けている。
実際にその後のサークル活動でもダンジョン配信について知識を学ぶことしか興味を示さなかったこともあって。
だから今では普通に話すくらいはできるし、かと言って特別仲が良いという訳でもない感じだ。
むしろ俺の方はアルバートの熱烈なファンを公言してやまない彼女に若干の苦手意識みたいなものがあるくらいだった。
(別に嫌ってほどじゃないけど、あそこまで褒められると気まずいというか気恥ずかしいんだよな)
それなのに今日のサクラは明らかにいつもと様子が違って、こちらを気にしまくっているのがありありと伝わってきた。
前のサークル活動で何かやったか思い返すが、やはり心当たりはない。
「……まあいっか。今はそんなことより重要なことがあるし」
今の俺が優先すべきことは上級ダンジョンを攻略すること。
それ以外については優先事項を片付けてから考えればいいだろう。
(ここから余計なことを考えている余裕なんてないだろうしな)
なにせこれから俺が挑もうとしているのは、ただの上級ダンジョンではないのだから。
運営の許可の元、モーフィアスが俺に提案してきたのは未だに発見されていない上級ダンジョンである上に、その中でも戦闘面で非常に厳しい場所とのこと。
その反面、それをどうにかできる強ささえあれば短い期間で攻略も可能らしい。
二週間という短い期間で上級ダンジョンを攻略しなければならない今の俺にとって、一番の問題は攻略までの時間が掛かることだ。
(強さに関してはスキルを揃えてどうにかすればいい。てか、そうするしかない)
モノリス出現からが半年ほど経っても俺以外に中級ダンジョン攻略者が出ていないのが現状。
未だに超えることが難しい大きな壁となっているのが中級ダンジョンなのだ。
そんな中でその上位互換である上級ダンジョンを、僅か二週間という短期間で攻略するとなればどうあっても無理をする必要が出てくる。
それも生半可なものではない。
「それでもやってやるさ。ここまできて諦めるなんてあり得ないからな」
そのために呪怨ダンジョンで地獄のような呪いを受けては苦しみ、何度も何度も死に続けてきたのだから。
そうして準備を終えた俺は、試練の塔と呼ばれる数多の魔物が待ち受ける上級ダンジョンへと向かうのだった。
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