第42話 急報
突如鳴り響いたインターホンに出ることもできず動けなかった俺だったが、相手は居留守で帰ってくれはしなかった。
それどころかドンドンと乱暴に扉を叩いてくる。
(俺が家に居るのが分かってるのか?)
そう考えて居場所まで特定されているとなれば逃げ場もなく、もはやここまでかと思った時だった。
「お兄ちゃん! いないの!」
そんな聞き覚えのある俺の妹、真理奈の声が聞こえてきたのは。
「……なんだよ、あいつかよ」
この短い時間で額に汗が浮かぶくらいに滅茶苦茶焦らされたではないか。
(ったく、人騒がせな)
そう思いながら俺はインターホンを出る。
「いったいなんだよ、こんな朝っぱらから」
焦らされたこともあって文句を言ってやろうと思ったのだが、次の言葉にそんな気持ちは吹き飛んだ。
「うるさい、いつまで寝てるのよ! お母さんが大変だってのに!」
「大変って……おい、何があった?」
「いいからすぐに病院に行く準備をして!」
その様子にただならぬ状況が発生していることが嫌でも理解させられる。
(まさか母さんに何かがあったのか?)
それはおかしい。
何故ならまだモーフィアスが示した期日まではまだまだ時間があるのだから。
そう思ってモーフィアスに確認したところ、それに嘘はないし間違いもないと断言される。
(だとしたらいった何がどうなってるんだ?)
分からないが、妹の様子からして急いだ方がよさそうだ。
幸いなことに外出する用意はダンジョンに向かうためにしていたので、俺はそう時間を掛けずに外に出るとタクシーに乗り込む。
「もう、何度も電話してるのに出ないんだから!」
「それは……悪かった、寝てたんだよ」
本当は違う。
ダンジョン配信に行く時、俺は基本的に自分の持ち物は最低限にしているのだ。
特に持ち主が特定できるスマホなどは絶対に持っていかない。
万が一アルバート状態の俺がそれを落としたり、あるいは誰かからの通話が掛かってきたりしたら正体がバレる可能性があり得るからだ。
それが今回は悪い方向に作用してしまったらしい。
スマホを見ると、確かに何回も着信がきている。
(俺が中級ダンジョンのボスと戦っている間だな)
だとしたら仮にスマホを持っていってとしても出ることはできなかっただろう。
だがそんなことを正直に言える訳もないので、俺は寝ていたと誤魔化すしかできなかった。
「もう分かってるとは思うけど、今朝方からお母さんの容体がかなり悪いらしいの。……最悪の可能性もあり得るかもって連絡が病院から来てる」
「そんな、あり得ない」
「あり得ないってなにが? ほとんど見舞いにも来なかったくせにお母さんの容体の何を知ってるのよ」
思わず呟いた言葉に痛烈な言葉が投げつけられた。
だが事情を話せない以上、それは甘んじて受け入れるしかないだろう。
傍から見れば俺はまともに顔も出さない薄情者でしかないのだから。
だが妹もこの状況で俺に文句を言い続けるつもりはないのか、そこからは黙っていた。
もっとも不機嫌そうな、あるいは不安そうな態度は隠そうともしなかったが。
そうして母が入院している病院に辿り着くと、そこには憔悴した様子の父が待っていた。
「親父、母さんは?」
「安心しろ、危ない状態は脱したそうだ」
聞けば一時はかなり危険な状態まで陥ったものの、今は持ち直してくれたらしい。
だがこの先、いつまた同じことが起こるかは分からないので覚悟をしておいてほしいと医者から言われたとのこと。
(そうか、期日まで持つとしてもそれまでに危険な状態になることもあり得るのか)
期日までは絶対に大丈夫だと思い込んでいたが、だとしても母さんの病状は時間の経過と共に確実に悪化しているのだ。
「……それと担当医から提案をされた」
「それはどんな?」
「母さんは薬の副作用でかなり苦しんでいる。だから場合によっては薬の投与を止めることも選択肢の一つだと」
それは治療を諦めて、せめて死ぬまでの時間を辛くないようにするというものだった。それについて俺が何か言うより前に、
「それはダメだ! そうなったら《《確実に死期が早まる》》!」
頭の中にモーフィアスの声が響いてくる。
その声にはこれまでになかった焦りが感じられた。
そうだ、前にモーフィアスは言っていた。
入院して薬での延命をすれば、絶対に半年は生きられると。
それはつまり薬での延命を止めたらそうではないということでもあるのだ。
(短くなる期間はどのくらいなんだ?)
「二週間後だ! つまり次の月頭まで持たない!」
その言葉を聞いてサッと血の気が引くのが分かった。
予定としては次の報酬で二億DPを貯める予定だったのに、これでは間に合わないとなれば全ての計画が狂ってしまう、
「ダメだ、親父! 治療は続けてくれ!」
「勝手なこと言わないでよ! お母さんが辛い思いをしてる間、ほとんど見舞いにも来なかったくせに! 今更お兄ちゃんがそんなこと言う資格なんてないわよ!」
「落ち着きなさい、真理奈」
我慢ならないといった様子で真理奈が俺の言葉を否定くるのを親父が宥めている。
「二人とも、私達がそれを勝手に決める訳にはいかないよ。本人である母さんの意思を尊重するべきだ」
「いや、でも……」
ダメだ、ここで時間さえあれば助けられるんだ、なんて言っても信じてもらえる可能性は限りなく零に近い。
むしろ頭がおかしくなったと思われるのがオチだろう。
(父さんのこの態度からして、どんなに俺が言葉を尽くしても意思が変わるとは思えない)
つまり母さんが治療の継続を諦めると決めたらそれまでだ。
どれだけダンジョン配信という分野では圧倒的な力を持っていても、前人未到の偉業を成し遂げても、現実の俺は単なる力のない大学生でしかない。
金も権力もない今の俺は親の言うことを覆すこともできないのだ。
あまりに無力だった。
(ふざけんな、あと少しなんだぞ!)
だけどここまできて諦められるものか。
期日が短くなったのなら、何としてでもそれに間に合わせてやる。
幸いなことにしばらくして意識の戻った母さんはどうするか悩んだものの、俺の必死な頼みのおかげもあってか治療の継続を決めてくれた。
そのことに真理奈は勝手なことを言うなとそこでも怒り心頭な様子だったが、それでもここは我儘を通させてもらう。
(だけどいつまた同じことが起こるか分からない)
母さんの病状は日に日に悪化しているのだ。
次にまた同じようなことがあったら俺がどんなに抵抗しても今度こそ投薬を止めてしまうかもしれない。
絶対にそうならないとは言えないことは、先ほどのモーフィアスの焦りからも明らかだ。
「モーフィアス、計画を早めるぞ。万が一の場合でも間に合うようにすぐに上級ダンジョンを攻略する」
「君が決めたのなら従うが、それは大きな危険を伴う行為だよ」
病院を後にした俺の言葉にモーフィアスがそう返答してくる。
それは言われるまでもなく分かっていることだ。
だけど今回のように俺がダンジョンに潜っている間に事が進んでしまえば、取り返しのつかないことも考えられる。
「リスクは承知の上だ。頼む、協力してくれ。代わりに俺ができることなら何でもするから」
「……はあ、分かったよ。私としてもここで君との契約を違えるような真似はしたくない。上と交渉してギリギリまで譲歩を引き出すよ」
「助かる」
ここからは時間との勝負だ。
早まった期日が来る前に何としても条件を達成しなければならない。
(そのためなら何でもやってやる。何だろうとな)
そう覚悟を決めて、俺はアルバートという人物を更に規格外な存在へと導くような行動を取るのだった。
これにて第2章は終了です。
タイムリミットが近づく第3章。
家族の命を救うという目的を達せられるのか、乞うご期待!
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