第26話 奇妙な縁
(マジか、そんな偶然があるのかよ)
その人物を見た俺の正直な感想がこれだった。
まさかあの時トラブルから助けたとはいえ、自分の配信を盛り上げるために利用した人物と再会することになるとは。
しかもこんなにも早く、なにより現実世界で。
そんな想定外の事態にジッとその人物を見つめてしまったのが良くなかったのか、
「あーもしかしてサクラが気になるの?」
グループの一人がからかうように俺に声を掛けてきた。
「まあ気持ちは分かるけどな。サクラはウチのサークルの中でもトップクラスに有名だしよ」
「そうそう、実際サクラ目当てでこのサークルに来る奴も多いらしいしねー」
「だけど残念! 少し前ならともかく今のサクラには意中の相手がいるのよね、これが。だから新人君の目的がこの子なら早めに諦めた方が賢明よ」
「ちょ、ちょっと止めてよ。恥ずかしい」
顔を赤くして周囲を止めている彼女はサクラというらしい。
その彼女と同感で、俺としてもそんな誤解をされては困ると思わず反射的に口を滑らせる。
「いや、待ってくれ。俺はサクラって人が目的じゃないし、てかそもそも彼女が誰なのかもよく知らないって」
「え、それ、マジで言ってる?」
「ああ、俺が本格的にダンジョン配信に興味を持ったのは最近だし、だからダンジョン配信者にも詳しくないんだ」
これは嘘ではない。
かなり有名なダンジョン配信者はそれなりに見ていたので知っているが、逆に言えばそれ以外の配信者にはまるで詳しくはないのだ。
そしてただでさえ狭いその知見の中にサクラという配信者は存在していなかった。
「んー? じゃあなんでサクラを見て驚いてたの? 知らなかったんでしょ」
(グッ!? しまった!?)
アルバートの時に出会ったからなんて言えないので、なんとかして他の言い訳を用意しなければならない。
自分の迂闊な失態と失言に後悔しながらもフル回転で頭を働かせて、
「いや、前にダンジョンに潜った時に彼女を見たことがあった気がしてさ」
「へー。 ……それいつ? どこのダンジョン?」
(いや、そんなとこまで突っ込んで聞いてくんなよ!?)
内心ではそう思ったが、この尋問には俺が彼女目当てでないことを確認する意味もあるのだろうと諦める。
そこで俺はどうにか頭を働かせてアルバートとして彼女を助けた日、スライムダンジョンですれ違ったような気がすると言っておいた。
これなら嘘ではないし彼女がそのダンジョンに居たことも間違いない。
「あーなるほど。あの日ね」
「分かった。きっとあの人に助けられた帰りのサクラを見たのね。あの様子がおかしいサクラを見たら、印象に残っていてもおかしくないもの」
「よ、様子がおかしいって。私、そんな変だった?」
「うん」
「明らかに蕩けてたわよ、あんた」
その言葉にまたしても顔を真っ赤にしているサクラという人物。
よく分からないがその答えで彼女達は納得してくれたようなのでよしとしよう。
ここで下手なこと言って更に尋問される展開は御免だし。
と、そんな思わぬ危機を挟みながらも俺は歓迎される。
このテーブルにいるのは全部で五人。件のサクラとその親しい友人であるミドリとアスカが女性で、タツヒコとミッチーが男性だ。
なおここでは基本的にはミッチーのようにニックネームであろうと関係なくチャンネル名で呼び合うことになっているとのこと。
その方がコードネーム的な感じでテンションが上がるのと、本名を教えたくない人がいることでそうなったらしい。
「サクラの本名とか、どこの大学なのかとか知りたがる奴が多いこと多いこと」
「ねー。こっちはダンジョン配信の勉強に来てるってのに」
どうやら色々と苦労があるようだが、関わり合いになりたくないので黙っておこう。
「さてと、思わぬ新人の登場で中断してたけど話を戻そうぜ」
「でもそれだと途中からきたイサキが置いてかれない?」
「いや流石のイサキでもこいつのことは知ってるだろうし、さっきまでの内容は簡単に説明すればいいだろ」
そう言ったタツヒコがタブレットで見せてきた人物を見て、俺は思わず口に含んでいたジュースを吹き出しそうになる。
何故ならそこに映っていたのは俺、正確には俺が化けたアルバートという男だったからだ。
(落ち着け。動揺したら怪しまれるぞ、俺)
必死に動揺を押し殺して俺は平静を保つ。
「ああ、こいつのことくらいは流石に俺でも知ってるよ」
「なら話が早いな。実はイサキがサクラとすれ違ったあの日、このアルバートもスライムダンジョンにいたらしいんだよ」
聞けばサクラはミドリとアスカと一緒にスライムダンジョンで活動していたらしい。二人のダンジョン攻略の手伝いなどをするために。
だがそこで急に現れた黒いスライムによって二人は瞬殺。
残されたサクラの抵抗も意味をなさずに捕らわれた時、例の謎の男であるアルバートが颯爽と助けに現れたとのこと。
(知ってます。だって俺だもん、それ)
とは言え、サクラが捕らわれる前に何が起こったのかまでは知らなかったが。
「で、その映像の中でアルバートが凄かったってのもあるんだが、それ以上に俺達が一番注目しているのは黒いスライムの方なんだ」
「色々調べてみたけどあんな色のスライムは見たことないって話だものね。他の配信者とかにも聞いても全く情報ないし」
「つまりは未知の魔物って訳だ。そんな奴をどうにかして配信上で映せれば、多くの人が注目してくれる切っ掛けになりそうだろ? 実際、サクラの登録者数もその配信からかなり伸びているしな。まあそれはあのアルバートと関わったってのも大きいだろうが」
ミドリとアスカもサクラほどではないが、今までにない視聴数が出ているらしい。
それは多くの人がアルバートや未知の魔物である黒いスライムについて知りたがった結果なのはまず間違いないだろう。
「でもーそもそも出現方法も全く不明な上に、仮にどうにかして出現方法が分かったところで今の私達だと瞬殺じゃない? 私とミドリなんて一瞬でやられたから配信上で黒いスライムが映ったのも一瞬だったしー」
「確かにあのサクラですら勝てない魔物だからな。俺達でどうにかなる相手ではないのは分かってる。でもだとしても皆もこのチャンスをどうにかして活かせないかって思うだろ?」
そんなに言われるほどサクラは強かったのかと思って彼女の方を見たら、その張本人は話を聞いておらずタブレットで流れている映像に夢中になっているようだった。
「ああ、今のその子は放っておいて」
「今のサクラは窮地を救ってくれた王子様である彼に夢中だもんねー」
それがこっちに関係なかったらそうするのだが、その対象がまさかの自分なので気まずいったらない。
理由があるとはいえある意味では騙しているようなものだし。
そんな居た堪れない思いもしながらも、俺はそこでダンジョン配信についての自分の知らない情報を多く手に入れることが出来た。
そしてそこでの話は思っていた以上に有用なものも多かった。
(ダンジョン攻略中に魔物と戦ってる他の配信者と遭遇したらどう対応したらいいのかとか、その辺りの配信同士の取り決めとか暗黙の了解的なことをモーフィアスは教えられないからな)
明らかに苦戦しているのなら助けても文句は言われないが、そうでないのならトラブルの元にもなりかねない。
だから救助の際には一声かけた方が賢明だとかそれ以外でも役に立つ知識も教えてくれたし。
それ以外にも色々と俺の知らないことがあるようだし、少なくともしばらくはこのサークルで活動しても良さそうだと俺は考えていた。
「……アルバート様、カッコいい」
(様!? 様って言ったかこいつ!?)
隣で溜息交じりにそんなことを呟く要注意人物もいるが、そいつとは関わらないようにすればいいだろう。
実際今日もアルバートの配信に夢中でほとんど話をしなかったので、たぶん大丈夫だと思う。
(まあ予想が外れてヤバくなりそうなら逃げればいいだろ……たぶん)
若干不安な感じもしたが、それだけで折角の情報収集ができる場を逃すのも勿体ないので、俺はその不安については見ないことにするのだった。
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