第6話 砂粒
「最高傑作をなぜ書かないのですか?」
「君は書けるのかね?」
「ええ、もちろん」
「ふーん。君は最高傑作とは、どういうものだと考えているかね?」
「それは多くのひとが、読んで素晴らしいと感じるものだと思います」
「では聞くが、君は多くのひとが素晴らしいと思ってもらえば、満足なのかね?」
「満足、ですか? ええまあ……。みんなが私の作品を認めているということですからね」
「多くのひとに認めてもらうことが満足だと考えているのだね?」
「そうです」
編集者の言わんとしている最高傑作というものが、なんなのか分からなくなった。だから、太宰治にストレートに質問してみた。
「では、質問を変えよう」
太宰治は、筋子と納豆を、かき混ぜご飯の上に落としている。視線は料理へ向いており、目を合わせようともしない。
「君はこれまで傑作を書き上げてすぐに飛び跳ねるほど嬉しくなったことは?」
「いえ、達成感はありましたが、嬉しいと感じたのは、読者に読まれてからです」
「なるほど……だいたい君の考えていることがわかった気がするよ」
「教えてください」
「その前に君が書いたという最高傑作を私にもみせてくれないかな?」
「え、あ、はい、こちらです」
「時間がある時に読ませてもらうよ」
オレの作品を借りて読んでくれるのか……あの太宰治が。
翌日、卵かけごはんを食べていると太宰治が、オレの原稿をそっとテーブルのうえに置いた。
「私には何も響かなかった。これを最高傑作だと言うのであれば、私は君を文士仲間とは思えない」
遠回りな言いぐさだが、要は面白くないってことか……。
ってか「響く」ってなんだ? 大勢の読者が面白いって思ってくれたら、いいんじゃないの?
「昨日の問いに答えよう」
遅れて食堂に入ってきた中原中也に視線を移す。早くも舌戦を繰り広げようと戦闘態勢に意識が移っていくのが、わかった。
「君の〝ことば〟はまるで砂粒みたいだ」
──どういうこと?