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ケンタウロスの子供(2)

 昨日星を見つけた場所にケンタウロスの子どもを引きずって連れてくると、私は一旦彼から離れて命星を探した。これも魔力星と同じく誰にも奪われずに昨日と同じ場所にあった。

 口に入れると溶けてしまうので、前足でちょいちょいと転がしながら星を移動させようとするが、地面は平坦ではないし、草や木の根、石ころなんかが障害となって、意識を失っているケンタウロスの子どものところまでなかなか上手く転がせない。

 

(この、このっ!)

 

 密集して生えている草が邪魔で全然前に進まないので、イライラして前足に思い切り力を込めると、命星は緩くカーブした私の爪に上手く引っかかって、スパーン! と天に向かって飛んでいった。これが命星を空へ飛ばす競技だったらナイスショットだったけど、そんな競技はないのでナイスではない。


 私は飛ばしてしまった命星を一旦諦め、もう一つの命星をケンタウロスの子どもに食べさせることにした。妖精が「ここにもあるよ」と教えてくれた方の命星を探して木の枝の上を見る。

 確かこの辺りに……と覗き込んだ葉っぱの奥に、ちゃんと命星はあった。


 と同時に、おそらく昨日いたのと同じ妖精たちが「何してるの?」とばかりに寄ってくる。彼女たちはこの辺りに住んでいるのかな?

 私は枝の上から命星を落とすと、


(ちょうどいいところに来てくれた!)


 と妖精たちを見て喜んだ。


「ミャア! ミャアミャア!」


 この命星をあそこにいるケンタウロスの子供に食べさせたいのだと、妖精たちにジャスチャーで伝える。

 すると、命星と意識のないケンタウロスの子供を交互に見た妖精たちに案外すんなり伝わって、三人いる妖精たちはみんなで命星を持ち上げ、運んでくれた。

 

(やった! ありがとう! でも一人はもう一つの命星の回収を手伝ってほしいな)


 私は妖精の一人を大きな鼻の先でちょんとつつくと、「ミャア」と鳴いて森の奥に先導する。

 妖精は頭に「?」を浮かべながらも後についてきてくれた。


(二人はその子をお願いね。すぐに戻ってくるから、先に命星を食べさせてあげてて)


 ミャアミャア鳴きながら伝えると、察した二人は命星をケンタウロスの子どもの口元へ運ぼうとしてくれた。

 それを見届けると、私は残り一人の妖精とともに、天高く飛ばしてしまった命星を回収しに行く。


(どこだ? あ、あった……!)


 空に向かって飛ばしたのが落ちてきていたので、距離的にはそれほど離れてはいなかった。星の気配を頼りに地面を探すと、すぐに見つけることができたのだ。

 そこでさっきの要領を思い出し、爪を出して命星を引っ掛けるように乗せ、飛ばす。それを何度か続けながら私が向かった先は、木のおじさんのところだ。


 おじさんはまだ悲しそうな顔をしていて、私のこともちらっと見るだけで何も反応しない。完全に意気消沈している。

 一人では重そうだったが、妖精になんとか命星を持ち上げてもらい、私たちは木のおじさんに近づいた。


「ミャー!」

「……なんだよ、クソ猫め。もうどっか行け」


 力のない声で返事をしたおじさんは、ふと命星を見て数秒沈黙し、目を丸くする。


「そ、それ……! 星か!? なんでこんなところに――って、お前が持ってきたのか? どうして……」

 

 おじさんは混乱していた。私がこの命星をおじさんにあげようとしていると気づいたのだ。


(ちょっとやり過ぎちゃったから、お詫びに持ってきたんだよ。おじさんには遊んでもらった恩もあるしさ。……でも元気になってまた森の生き物を襲ったりするなら、これはあげられない。もう誰かを襲ったりしないって言うなら星をあげる)


 ミャアミャア、ミャー、ミャアアと諭すように話し続けていると、おじさんは渋い顔をして言う。


「ワシがもう誰も襲わないと約束すれば、その星をくれるってのか?」


『ミ』と『ャ』と『ア』しか言ってないのに何故か正確に通じた。伝えようとしておいてなんだけど、おかしいだろ。何で分かったんだ。

 しかし私が頷くと、おじさんは「分かった」と条件をのむ。


「これからは誰かを襲うのはやめて、木らしく水と光と空気を取り入れて生きることにする。だからその星をワシにくれ……。このままじゃ枯れちまう」


嘘を言っていないか、じっとおじさんの目を見てみたけど、正直よく分からない。でも真剣な顔をしている気がする。

 だけどもしまた誰かを襲うようになっても、魔力星を食べて私がもう一度おじさんを倒せばいい。だから今は助けよう。

 

(お願い)


 と私が妖精に合図を送ると、妖精は木のおじさんの口に命星を放り込んだ。

 

「ん、んん? すぐに溶けちまったぞ――……おお!?」


 おじさんが目を見開くと同時に、黒焦げになっていた幹が綺麗に再生していく。燃えてなくなってしまっていた枝はぐんぐん伸びていき、鮮やかな緑色の葉が花開くように茂っていった。

 そして最終的に木のおじさんは、燃える前よりも大きく力強くなった。


「オオオ! なんて爽快な気分だ。体中に力が満ちている! これなら獲物なんて取らなくても数ヶ月は持つぞ」

「ミャアン」


 木のおじさんはわさわさと枝を揺らして元気いっぱいだ。よかったよかった。

 木のおじさんの方は解決したので、今度はケンタウロスの子どもがちゃんと回復しているかどうか見に行く。私は妖精と共に急いで来た道を戻った。

 

「ミャッ!?」


 しかしケンタウロスの子どもは、私が離れる前と変わらずぐったりと地面に横たわっていた。妖精が命星を食べさせてくれたはずなのにと戸惑っていると、その妖精たちが困った顔をして近づいてくる。

 何かあったのかと心の中で尋ねると、妖精たちは近くにあった木の上を指さした。

 

(カラス? あ! 命星が……)


 枝にとまっていたカラスが、くちばしに命星を咥えていたのだ。舌につかなければ星は溶けないようで、形は保たれたままだった。

 どうやら妖精たちはあのカラスに星を奪われてしまったらしい。カラスは魔物などではなく普通の動物のようだった。


(カラスはキラキラした物が好きなんだよね)


 私は慌ててカラスに飛びかかるが、空を飛んで逃げてしまった。

 私がジャンプしても届かない高さまで飛んでいってしまったカラスを見ながら、しゅんと耳を下げる。

 

(カラスを追いかけるのは諦めて、新しい命星を探した方が早いかも)


 そう考え、元気なく垂れた耳をピンと立たせる。


(私ならまたすぐに星を見つけられるはず)


 たぶん私は星を見つけるのが上手いと思う。星の気配みたいなものを、他の生き物よりかなり敏感に感じ取れるから。

 気を取り直し、私は妖精たちに手伝ってもらいながら星を探し始めた。

 すると――、


「ミー!」


 あった! ほらやっぱり!

 少し時間はかかったが、私は金色の命星を見つけることができた。やっぱり私は星を見つけるのが得意なんだ。

 

 そして妖精たちに手伝ってもらい、今度こそケンタウロスの子どもに命星を食べさせることができた。

 星を口に入れると、子供は苦しげにもごもごと舌を動かす。


「うう、ん……」


 そうして目を開けたケンタウロスの子供の顔色は、見る見るうちによくなっていった。


「あれ? ぼく……」


 彼はしっかりした動きで立ち上がり、不思議そうに自分の体を見下ろした。動きを確かめるように、蹄のついた四本の足で何度かジャンプする。

 

「さっきのは、もしかして命星だったの? 君たちが助けてくれたんだね」

 

 上半身は黒髪に浅黒い肌の少年、下半身は黒い毛の子馬であるケンタウロスの子は、穏やかにほほ笑んで私や妖精たちに近づいてきた。


「どうもありがとう」


 気にしないでと私はしっぽを一度振る。妖精たちは照れたように小さく笑い声を上げた後、恥ずかしがってどこかへ消えてしまった。

 妖精たちを見送ると、ケンタウロスの子供は私を見上げて言う。


「ぼくはアデス。君は?」

「ミャー」


 名前はまだない、と答えたけどアデスには伝わらなかった。

 彼は首を傾げた後で、ハッとして言う。


「あ! のんびりしている場合じゃないや。母さんや父さんたちがきっと心配してる。里に帰らなくちゃ」

(そうした方がいいね)


 親がいるなら、親のところに帰った方がいい。

 ケンタウロスたちが住む里には行ったことがないけど、どこにあるかは知っている。頭の中に知識があるのだ。


(こっちの方角だね)

「あ、待って! 君、ぼくのうちがどこにあるか知ってるの?」


 アデスも帰り道は分かっているようだったけど、私が先導した。

 私の俊足について来られるかな? と振り返って不敵に笑ってみたが、ケンタウロスは走るのが早くてアデスは普通についてきていたし、なんなら私に合わせてちょっとスピードを緩めていた。私は不敵に笑うのをやめた。


「君も走るの好き?」

(いや、別に)

「森には色々な生き物がいるけど、君みたいな大きな子猫は初めて見たよ。なんてふかふかの毛なんだろう」


 アデスは私と並走しながら、脇腹の辺りを撫でてくる。


「君にもお父さんやお母さんがいるの? いないんだったら、ぼくのうちに来ればいいよ。君みたいな生き物と一緒に暮らせたら素敵だ」

「ミャア」


 アデスは走りながらそんなことを言っている。私に親はいないけど、自由が好きだからアデスの家には住まないかな。何日か泊まったりするくらいだったらいいけどね。


 お喋りをしながらしばらく森を走ると、やがてケンタウロスたちの暮らす里に近づいてきた。この辺りは古くて大きな木が多く、生い茂る葉が空を覆っていて昼間なのに薄暗い。

 木の根っこにつまづかないようにしながら進んでいくと、


「あ、みんな!」

 

 前方にケンタウロスたちの集団が姿を現した。里に着いたのだ。

 だけどケンタウロスたちは馬みたいに地面で眠ったりしているのか、里と言っても周囲に家はなく、ただ暗い森が広がっているだけだ。


「ただいま!」


 アデスは安心したように笑ったが、部外者の私から見ると、ケンタウロスたちは結構威圧感のある集団だった。馬の下半身に人間の上半身がついているから大きいし、男の人たちはムキムキなのだ。それにほとんどみんな槍を持ってて物騒だった。

 まぁケンタウロスからすると私の方がでかくて威圧感があるかもしれないけど、私は武器は持っていないし。


 そして彼らはみんな、馬の部分は黒か茶色の毛で覆われていて、白い毛を持つ人は見当たらない。上半身もみんな褐色の肌をしていて、髪色も黒や茶色が多いみたい。


「アデス、よかった! どこに行っていたの!」


 とそこで、集団から一人の女性ケンタウロスが出てきてアデスに駆け寄った。男性は裸だけど、女性のケンタウロスはみんな胸に布を巻いている。


「一晩帰ってこないから、みんな心配していたのよ。お父さんは里の他のみんなとアデスを探しに行ってるけど、もうすぐ戻ってくるはずだから、入れ替わりで私たちも探しに行こうとみんなで集まって待機していたところよ」


 どうやら女性はアデスの母親らしい。長い黒髪はカールしていて、彫りの深い綺麗な顔立ちをしている。


「ごめんなさい、心配かけて……」


 アデスが謝り、木のおじさんに捕まっていたことを説明すると、アデスのお母さんは驚いた後で「無事でよかった」と我が子を抱きしめた。

 他のケンタウロスたちも、「よかったよかった」と言い合って親子を見守っている。


「我々が森で迷う可能性は低いからな。もしや森に入ってきた人間に捕まってしまったのかと心配していたのだ」


 筋骨隆々のおじさんケンタウロスが言う。例えば外から森に入ってきた人間たちはあっという間に方向感覚を失ってしまうけど、ケンタウロスみたいにこの森で生まれて住処を持つ者たちは、帰り道だけは見失わない。帰巣本能ってやつなのか、自分の住処にはちゃんと帰れるのだ。


 ちなみに私はそれよりもっとすごくて、自分の住処に限らず、このケンタウロスの里に来るのも迷わなかったし、木のおじさんの居場所にも真っすぐ向かえる。まだ行ったことのないエルフの里の場所も何故か把握してるし、生まれた時から頭の中に森に関する大体の知識と地図が備わっているかのようで、非常に便利だ。

 神じゃないから森の全てを知っているわけじゃないけどね。


「そうなっていたら人間たちと戦いになっていただろう」


 別のケンタウロスが言葉を引き継ぐ。彼らは物静かだが仲間に対する情は深く、傷つけられたりすると黙っていない。結構好戦的なのだ。

 ケンタウロスたちは元々表情も乏しいのか今もあまり顔に感情は表れていないが、アデスが見つかってみんな喜んでいるようだった。

 そして無事に再会を済ますと、アデスのお母さんはいぶかしげに私を見つめてきた。

 

「……ところで、その大きな子猫は?」

「この子がぼくを助けてくれたんだよ」

「まぁ、そうなの」


 アデスのお母さんはおずおずとこちらに近づいてきて、「噛まないかしら」なんてことを言いながらそっと私の鼻先を撫でた。くすぐったくてくしゃみが出そう。

 他のケンタウロスたちも興味深そうに私を見ている。

 

「ありがとうね、子猫ちゃん。……子猫よね?」

(大きいけど子猫だよ。どういたしまして)


 心の中で返事をしながら、ブエクシッ……! と派手なくしゃみをする。どうも失礼。

 顔面に浴びた私のつばを拭いているアデス母に、アデスはこう言う。


「母さん。この子、かわいいでしょう?」

「そうね。ちょっと大きいけど」


 アデスのお母さんが苦笑して答えると、アデスは私の太い首に手を伸ばし、抱きしめながら続けた。


「ねぇ、だったらうちで飼ってもいいでしょ? ぼくがちゃんとお世話をするから」


 しかし優しかったアデス母は、我が子のその発言には顔をしかめる。

 そしてぴしゃりとこう言った。


「駄目です。うちじゃそんな大きい子飼えません。元いたところに戻してらっしゃい」

「えぇー! 飼いたいよー!」

「だーめ! 生き物を世話するのは大変なんだから!」


 言い合う親子を眺めながら、まぁなんにせよ、アデスを無事に親元に返せてよかったと私は思った。

 

 なお、魔力星を食べたことで一時的に宿った魔力は木のおじさんを一度炎上させたくらいではなくならず、私はこの後、体内の魔力を消費させるために何もない空中に何度も炎を吐かなくてはならなくなったのだった。

 別に魔力はそのままにしておいてもいいんだけど、魔力があることでちょっとだけ感じる体の違和感が気になるんだよね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫ちゃん、良い子だ。・゜・(ノ∀`)・゜・。 頑張ったね、偉いよ! そして妖精ちゃん達もお手伝いありがとう!
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