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星降る森の三日月 ~ただの巨大な子猫です~  作者: 三国司


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猫好きな王子様(3)

「ミャァァァ!」

「そんなに悲痛な声を上げるな」

「ンミャァァァ!」

「まるで俺が虐待しているみたいじゃないか」

「ミィィィィィッ!」


 王族が使っている浴場だろうか? 城の中にある広いお風呂に連れて来られた私は、リュリーに体を洗われそうになって絶叫していた。

 浴場にはお湯の入った桶が用意されていてリュリーは片手で私を捕まえながら、もう片方の手でお湯をすくって私にかけるというひどい行為を行っている。私の体は魔法で小さくされたままだから、暴れても逃げ出せない。


「ミャァァァァ!」

「殿下、だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」


 使用人が心配して見に来たが、シャツの袖とズボンの裾をまくりあげたリュリーは冷静に言う。


「ほら、お前がそんなに鳴くから使用人も心配してる」

「ンミィィィィ!」


 虐待です! 体を濡らされてます! 誰か助けて~!


「まぁまぁ、落ち着け」


 リュリーは私の体を濡らし終えると白い塊を手に取り、片手で泡を立てて私に塗りつけてくる。


「これは石鹸だ。これで洗うと綺麗になるぞ」

「ミャゥゥゥゥ!」


 この人ひどいことするよ~! いたいけな子猫を泡まみれにしてわしゃわしゃしてるよ~! それにこの泡良い匂いがする~! 私の体が良い匂いになっちゃうよ~!

 ミャウミャウ鳴いて訴えるが、リュリーは黙ってわしゃわしゃし続ける。なんて冷酷な人間だ。


「さ、洗い終わったぞ。後は泡を流すだけだ」


 そう言うと、リュリーは私をお湯の張った桶の中に浸けた。


(助けて~! 溺死しちゃう~!)


 私は目を剥いて必死に猫かきをし、泳ごうと試みる。小さくなった私では微妙に足がつかないお湯の深さなのだ。

 

「やめろやめろ。お湯が飛び散るだろ」


 私が手足をバタバタしているのでお湯がリュリーにかかるらしいけど、そんなことどうでもいい。


「ちゃんと持ってるから大丈夫だ。暴れるな」


 そう言われてふと暴れるのを止めると、確かにリュリーの手に支えられてお湯の中でも浮いている。


(あったかい……)


 そして一呼吸置くと、お湯の温かさを感じることができて一気に力が抜けた。お湯って水と全然違う。体が濡れるのは不快だけど、温かいのは気持ちいい。


(何これぇ……)


 お風呂は嫌いだけど、お湯につかるのはそこまで嫌じゃないかも。

 目をとろんとさせて動かなくなった私を見て、リュリーは一度笑うのを我慢したけど最終的にクッと声を漏らしていた。


 しかし幸せな時間は束の間で、泡を流してお湯から出ると、ビショビショの毛皮が体に張りついて気分は最悪になった。タオルでゴシゴシ拭かれても完全には乾かないし、濡れたままだと何故だか不安になる。早く毛づくろいしたいけど、タオルに包まれたままリュリーに運ばれているのでできない。


「ミャァァァ!」

「またか」


 リュリーは浴場を出て廊下を歩きながら苦笑する。


「ンミィィィ!」


 タオルにくるまれながら怒りの叫び声を上げる私。そんな私を抱えて歩くリュリーは目立っていて、すれ違う使用人たちはびっくりした顔をしている。絶叫する子猫に面食らっているのだろうか? それとも王子が子猫を大事そうに抱えていることに驚いているのだろうか?


(大体これ誘拐だよ~! 私は星降る森に住んでたのに、この人誘拐犯だよ~!)


 誰か助けて~! と私は再び周囲に助けを求める。


「そう怒るな。暖炉に当たって体を乾かすといい。もう夏だから普段はつけないんだが……。今日は涼しいし、三日月のためにつけておいた」


 自分の部屋に戻ったリュリーは、火のついた暖炉の前に椅子を置き、そこにタオルごと私を置く。

 私はまばたきすることも忘れて、丸い瞳で暖炉の炎を見つめた。


(な、何だこれ……。暖炉? お日様の光に負けないくらい……いや、それよりも暖かいじゃん)


 私はしばらく暖炉を見つめていたが、やがてタオルから前足を出して伏せの体勢になり、その後また姿勢を崩して最終的にお腹を出して手足を伸ばした。猫は寒いときゅっと縮まるけど、暖かいと溶けて伸びるのだ。


「暑くないか?」


 暑くないよ! それに私、涼しいよりもちょっと暑いくらいの方が好きだし。


(この世に太陽と同じくらい素敵なものがあるなんて!)


 私、一生ここに住む~。

 警戒心もなく伸びている私を見て、リュリーがまた静かに笑った気がした。



 翌朝。私はふかふかのベッドの上で目覚めた。隣で寝ていたリュリーもほとんど同時に目を覚ましたようだった。


「おはよう、三日月。よく寝てたな」

「ミャァ」


 昨日はお風呂に入ったりして体力を消耗したからかぐっすり眠ってしまった。それにこのベッドってやつ、寝心地良くて暖かくて最高なんだよ。柔らかい毛布も大好きだ。


「子猫のいる生活、最高だ……」


 リュリーは上半身を起こすと恍惚とした表情で私を撫でる。


「一日中ベッドで三日月とごろごろしていたいが、残念なことに仕事があるからな」


 本当に残念そうな顔をしてリュリーがベッドから降りると、ちょうど寝室の扉がノックされた。入ってきたのはきちっとした格好をした男の使用人で、リュリーの朝の支度を手伝うために来たらしい。

 

「おはようございます、殿下。昨晩は良くお眠りになられましたか?」

「いや……」

「やはり子猫と一緒にベッドで眠ると、安眠を妨害されるのでは?」


 使用人は困ったような顔をしてちらりと私を見た。私は別のところで寝かせた方がいいんじゃないかと思っているようだ。


「いや、三日月が邪魔で眠れなかったわけじゃない」


 リュリーはボソボソと言う。そういえば昨日、寝る前に「子猫と一緒のベッドで眠るなんてわくわくして眠れない」って呟いてたな。キラキラした瞳でこっちを見ながらさ。

 リュリーが顔を洗ったり着替えたりしている間、私も伸びをしてから起き上がると、ベッドの上の朝日が当たる場所に移動してそこで毛づくろいを開始する。


「三日月も朝食を食べに行くか?」


 支度を終えたリュリーが話しかけてきたが、毛づくろい中だったので無視した。忙しいんだよ私は。

 それにご飯は昨日の夜にも何だかよく分からない豪華な食事を貰ったし、今はいらない。そんなにお腹空いてないから。

 リュリーは私から使用人に視線を移して言う。

 

「日中は私もずっと三日月を見ているわけにはいかない。だから世話係として誰か一人使用人をつけてくれ。そうだな……ステラでいい」

「ええ、呼んで参ります」


 そうしてやって来たのはステラだった。昨日、星降る森でリュリーたちと一緒にいた、ゆるふわくせ毛の可愛い感じの人間だ。


「殿下はその猫を気に入っておられる。しっかり世話をするように」

「はい、分かりました」


 男性の使用人に言われてステラは真面目な顔をして頷く。昨日と雰囲気が違うな。リュリーも昨日みたいに気軽にステラと話をすることなく、二人は『王子とただの一介の使用人』って感じで全く親しくないように見える。

 結局、リュリーは一言もステラに話しかけることなく、男性使用人と共に寝室を出て行ってしまった。

 一方、私と二人きりになるとステラは口調を崩した。


「元気ぃ? 三日月ちゃんって名前になったんだってぇ? おしゃれな名前つけてもらって良かったねぇ」

「ミャン」


 昨日と同じ態度のステラに安心しつつ、返事をする。と言うか、ステラって城で働く使用人だったんだね。


「殿下と一緒に眠っただなんて、三日月が人間の女だったら色んな人から嫉妬されてたねぇ。例えばアナスターシャ様とかぁ」

 

 ステラは楽しそうにクスクス笑った。嫌な感じの笑いではない。


「でも私、三日月の世話係になれてラッキー! こんな楽な仕事ないよぉ。リュリー様ってば私のこと信用してくださってるんだねぇ。さぁ、じゃあさっそくブラッシングでもしますかぁ」


 手に持っていたかごからブラシを取り出したステラを見て、私は毛づくろいを止め、身を任せる体勢になった。ブラッシングは気持ちいいから好きだよ。



 そうして私の城での一日は、森にいる時と変わらず怠惰に過ぎていった。リュリーの寝室から私室に移動させられベッドの上にいられなくなった私は、新たなお気に入りの場所を出窓に決めた。ポカポカと日が当たって気持ちいいので一日の大半をそこで過ごしたのだ。このスペースってたぶん猫のためにあるんだと思う。

 なお、私が寝てばかりいるのでステラはやることがないらしく、「暇過ぎる仕事って逆に辛いかもぉ」と呟いていた。

 

 日が暮れるとリュリーが公務という仕事を終えて私室に戻ってきて、ソファーの上に移動していた私をまず抱き上げた。このソファー、爪とぎもできるしベッドにもなるしいいね。


「爪とぎ用の木材を持って来ないとな」


 リュリーは私の小さな爪の跡がたくさんついているソファーの足元を見ながら言った。


「とめたんですけどぉ……言うことをきかなくてぇ」

「まぁ、猫はそういうものだ」


 申し訳なさそうな顔をしているステラに、リュリーは私の頭を撫でながら返す。

 と、そこで開きっぱなしだった扉から見知らぬ騎士が姿を現し、リュリーに声をかけた。


「殿下、すぐに紫法殿しほうでんに行かれますか?」

「ああ、もう行く」


 騎士が現れた途端、ステラは表情を引き締めて他人行儀な態度になった。そして私を連れて部屋を出るリュリーを頭を下げて見送っている。変なの。

 廊下に出ると騎士は他にも二人いて、その内の一人がザックだった。金色の長髪で、まだ若いけど、昨日星降る森に来ていた人間の中では年長者だろうと私が予想した人だ。


(ザックは騎士だったのか)


 そしてやっぱりザックも今は真面目な雰囲気で、リュリーとは必要以上に話さない。森の中と違って、城の中じゃ自分たちの立場をきちんと考えないといけないのかも。人間って面倒臭いなぁ。

 リュリーは私を抱いたまま、騎士たちと一緒に城を出る。外は薄暗いので、騎士たちがランプを持って紫法殿とやらに先導している。

 すると着いたのは、昨日星降る森から魔法で移動してきた灰色の石造りの建物だった。ここが紫法殿か。

 紫法殿の入り口にもランプを持った騎士が二人待機していて、リュリーが着くと扉を開けた。


(あれ? よく見たらこの騎士たちも昨日の……)


 ピアスをつけてるのがウィーニーで赤髪の方がラムゴだ。二人は私を見てニッと笑いかけてきたけど、それ以上の反応を見せたり軽口を叩いたりすることなく、仕事に徹している。

 紫法殿の中に入るとあちこちに松明が灯されていて、さらに眼鏡をかけたクインレイも分厚い本を持って立っていた。動きにくそうな長い外套を身にまとっているし、クインレイは服装からして騎士ではなさそう。


「こちらでやりましょう」


 クインレイはリュリーを何もない石造りの広間に案内した。と言うか、この建物は一応いくつかの部屋に仕切られてはいるけど、全部何もない部屋なのでどこに入ってもがらんとした光景が広がっている。

 でも、昨日星降る森から移動してきた部屋には灰色と白のまだら模様のつるつるの床があり、そこに魔法陣が描いてあったけど、ここには何も描いていないどころか床すらない。

 下には石などが何も敷かれておらず、全面に茶色い土が顔を出していたのだ。


「一度しか使わない魔法陣を描くなら、土の方が楽ですからね。殿下、こちらが『召喚獣契約の魔法陣』です」


 クインレイは本のとあるページを開くと、それをリュリーに見せる。そして昨日も使った先の尖った杖も渡した。

 

(ん? 召喚獣の契約って……)


 私が首を傾げると、リュリーはこちらを見下ろしてこう言った。


「三日月が城で迷子になっても困るからな。いつでも呼び出せるように召喚獣契約をしておこう」


 ええ、またー? 私、召喚獣契約するのこれで三回目なんですけど。

 召喚獣の契約って色んな人としていいのかと思いつつ、私は「ミャゥ」とため息をついたのだった。

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