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星降る森の三日月 ~ただの巨大な子猫です~  作者: 三国司


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猫好きな王子様(2)

(つ、連れ帰るって……?)


 手から逃げ出そうとしながらリュリーをちらりと見上げる。誰かを見上げるのも新鮮だ。

 

(それに『城』って言ってなかった? 城って王様とかが住むところだよね)


 この前、ハロルドと訪れたオルライトの王城を思い浮かべながら考える。

 

「俺と城へ来れば良い暮らしができるぞ。専用のベッドを作ってやる。地面で寝るよりいいだろ?」

「リュリー様が猫を口説いてる……」


 ウィーニーがボソッと呟いたのが聞こえた。


(良い暮らしって何だ! 今でも私は十分良い暮らしをしてるんだ! だらだらして、日向ぼっこして、散歩して、またダラダラして……最高なんだ!)


 バタバタ暴れながら抵抗し、リュリーの手から抜け出すと同時に彼のお腹の辺りにジャンプして爪を立て、へばりつく。地面まで一気に飛ぶのは怖かったのだ。

 

「何をやってる」


 ほほ笑ましい光景を見たかのようにリュリ-は笑っていた。余裕っぷりが腹立つな。

 

「リュリー様が笑っておられる……!」


 アナスターシャは両手を口元に当てて頬を染めていた。何だ、こいつ。

 私はリュリーの黒いローブに爪を立てつつ、腰のベルトについている小型の鞄に飛び移った。ここから星の気配がするのだ。きっと一つではなく、いくつか入ってる。

 

(魔力星があれば奪って食べてやる。そしたら私も魔法を使えるようになるから反撃できるもんね!)


 ウヒヒとニヤつきながら鞄を開けようとしたが、前足でペシペシ叩いてもボタンが開かない。なかなか難しいな。

 そんなことをやっているうちにまた首根っこを掴まれて、リュリーの顔の前まで持ち上げられた。


「何故その鞄を狙った? 開けようとしていたが、星が入っていると分かったのか? 星のある位置が分かるのか?」


 深い紫色の瞳で射抜かれると、緊張してたじたじになってしまう。ちょっと顔が近いし、猫にとって視線を合わせるっていうのはケンカを吹っ掛けられているようなもので……。

 リュリーとの争いを避けようと、私は背を丸めながら斜め下に視線を逸らす。降参します!


「お前、他に何ができる?」


 興味深げにじっと見つめて言われる。私は気まずくなって目を合わせないまま鳴いた。


「ミゥ……」

「そうか」


 リュリーは頷くと、また笑って私を片手で抱く。

 それを見ていたラムゴが不思議そうにリュリーに尋ねた。


「え? その猫は何て言ってたんすか?」

「分からない」

「え?」


 何を言っているか分からなくても猫の鳴き声に返事をする。リュリーのような猫好きのその行動は、猫嫌いなラムゴにとって不可解だったようだ。

 リュリーは私を抱いたままもう片方の手で懐中時計を取り出し、時間を確認すると、他のみんなを見渡して言う。


「そろそろ戻ろう。荷物をまとめろ」

「はい」


 リュリー以外の人からも星の気配がするし、この人間たち、ここには星を取りに来たのかな。いや、危険な森に入るんだからと、前に拾った星を持ってきているだけかもしれない。

 彼らの目的はいまいち分からなかったが、見た感じ、星以外の価値のあるものは持っていそうにない。

 リュリーも少ない荷物をまとめようと地面に置いてあった鞄に片手を伸ばしたので、その隙に私は身をよじって手から逃れた。へっへーんだ!


 地面にジャンプした後、走ってリュリーからある程度距離を取ると、後ろを振り返って勝ち誇った顔をする。やーいやーい、逃げてやったもんねー!

 しかしリュリーはその時すでに何やら呪文を詠唱していて、それが終わると同時に大きな半球状のシールドが出現した。私やリュリー、他の人間たちみんなを包み込んでもまだ余裕のある大きさだ。

 

「あれ? これって外の敵からの攻撃を防ぐシールドじゃなくて、内側に閉じ込めた者を逃がさないためのシールドですかぁ? 初めて見ましたぁ」


 ステラが内側からシールドをツンツンつつきながらのんびり言う。それってつまり、私はこのシールドから出られないってこと?

 逃げられないと悟った私が迫りくるリュリーを睨んで毛を逆立てると、リュリーは意外と優しい声を出して言う。

 

「一緒に来い。森は魔物もいるし危険だろ? その点、城に危険はないぞ。屋根があって雨も風も入ってこないし、暖かい温室も出窓もある。階段の手すりに乗るのも楽しいと思うぞ。ごはんも美味しいしおもちゃも買ってやる」

「ノラ猫を自分ちの猫にするために必死過ぎませんか?」


 おそらくリュリーより年上であろうザックが静かに突っ込む。そして「リュリー様がこんなに猫好きなんて知らなかった」と片手で頭を掻いている。

 一方のリュリーはそんな言葉など気にせずに、私の前でしゃがんで手を伸ばしてきた。


「来い。大丈夫だ、怖くないから」


 そうして捕まえた私を自分のローブで軽く包み、胸に沿えるようにして抱える。

 私はまた暴れてやろうかと思ったけど、ローブに顔や体を包まれると不思議と気分が落ち着いた。周りがあまり見えなくて、暗くて、そしてリュリーの体温が伝わって暖かい。それが安心する。


(何これ。結構いいじゃん)


 リュリーが歩くとその振動も伝わってきて眠くなってくる。


「さぁ、森を出るぞ」


 子猫の私は簡単にスヤァ……とまぶたを閉じてしまったのだった。



 次に気がついた時には、もう森の外にいた。足元には原っぱが広がっているのが見える。だけどローブからもぞもぞと顔を出すと星降る森はすぐそばにあったので、まだ森を出た直後のようだ。


「起きたか」


 リュリーは覗き込むように私を見て、頭を指先でかりかりと撫でた。ここで私を抱えたまま突っ立っているけど、何してるんだろ?

 私の感覚だと、今いる場所は森の南東だ。南にあるジーズゥに帰ると思ってたんだけど、どうしてちょっと東にズレたのかな。ここはジーズゥの領土じゃないよ。

 辺りを見回すと、アナスターシャとクインレイはリュリーと同じように立っていて、原っぱの草むしりをしているらしいザック、ウィーニー、ラムゴ、ステラの四人を見守ってる。

 ……あの、ほんとに何してるの?


(ここ原っぱだから、草をむしってもきりがないよ?)


 人間たちの意味不明な行動に首を傾げる。でも観察していると、ザックたちはこの原っぱの全ての草を取り除きたいわけではないようだ。

 目の前にはすでに円形に土が見えているので、この円の中に少しだけ生えてきている草をむしって綺麗にしているらしい。円は魔法をかけられる前の巨大な私が十頭は入れるくらい大きく、そして歪みのない美しい形だ。


「たった一日でもうちらほらと草が生えてきてますね。星降る森に近いここも、地面に取り込まれた星の影響を受けているんでしょうね」


 クインレイが、腰に携えていた杖のようなものをリュリーに渡しながら言う。他の男性陣は腰に剣を下げていたけれど、クインレイだけこの杖を持っていた。

 

「手が汚れちゃった」


 ステラがそう言って草むしりをやめ、ハンカチで手をぬぐっている。残ったザック、ウィーニー、ラムゴの三人も、もう草がなくなったので一旦立ち上がり、足で地面を平らにならしている。そもそもこの原っぱは平らなのに、草を取り除いた円の中はかなり丁寧に綺麗にしたいみたいだ。

 

「こんなもんでいいっすかね?」

「ああ」


 ウィーニーの言葉にリュリーが頷く。そしてクインレイから杖を受け取ると、土が顔を覗かせている円の中に入った。


「その子を持っていましょうか?」

「いや、大丈夫だ。片手で描ける」


 アナスターシャの申し出も断って、私を左手で抱いたまま、右手で円の中に文字や文様を描いていく。持っている杖は先が尖っているので描きやすそうだ。こういう杖、エミリオも持ってたな。

 

(地面を綺麗にしてたのは、魔法陣を描くためだったのか)


 地面に草が生えていたり小石があったり、あるいはデコボコしていて平らじゃなかったりすると、魔法陣を描いても歪んでしまって魔法が発動しないのかもしれない。魔法陣って私が思っていたより繊細なものなのかも。

 だから森の中では魔法陣を描くのは難しいんだろうな。まず木を切り倒したり、土から顔を出している根を取り除いたり落ち葉をかき集めたり、大変な作業が必要になるから。

 おまけに魔法陣って、たぶんどれもそこそこでかい。私は召喚獣契約の時に使う魔法陣と、今リュリーが描いてる魔法陣しか見たことないけど、どっちも大きいからその分地面をならすのも手間がかかる。


(特にこの魔法陣は本当に大きい)


 これを完成させるのは大変だと思うのだが、リュリーは自分の足跡がつかないようにそっと歩きながらさらさらと描いていく。ハロルドも賢者なだけあって魔法陣を描くのが上手かったけど、リュリーも慣れていそうだ。

 それでも大きいのである程度の時間はかかり、私がまたうとうとし始めた頃に陣は完成した。


(何の魔法陣だろう?)


 私は子首を傾げながら足元を覗き込む。


「できた。帰るぞ」

「はい!」


 リュリーが指示を出すと、他のみんなは荷物を持って静かに魔法陣の中に入ってきた。そしてリュリーが短い呪文を唱えると同時に足元から風が吹き上がり、さらに魔法陣はまばゆい光を放つ。その風と光に全員がのみ込まれ、目をつぶって耐えているうちに、私たちは全く別の場所に移動していた。

 風と光がやんで目を開けたら、そこは星降る森のそばの原っぱではなくなっていたのだ。

 

(建物の中……)


 灰色の石造りの建物は、大きくて少し薄暗い。それに物が何もなくて神秘的だけど寂しい感じ。掃除はきちんとされていて綺麗だ。

 床にも絨毯なんかは敷かれていないけど、代わりに白と灰色のまだら模様の石が使われている。巨大な石を敷いたのかなって思うほど継ぎ目がどこか分からないし、表面は平らでツルツルに磨かれていた。


 そして私たちがいる位置には、床に絵の具か何かで魔法陣が描かれている。リュリーが原っぱで描いたやつと大きさも文様も似ているので、この二つの魔法陣は繋がっていて、一瞬で場所を移動できるとかそういうやつかな。


 リュリーは私を抱き直し、ローブはステラに手渡した。他のみんなもローブは脱いで、鞄に仕舞ったり腕にかけて持ったりしている。


「今日は解散だ」


 みんなにそう言うと、リュリーは一人で歩き出す。そして灰色の建物を出ると、勝手知ったる様子で別の建物へと向かっていく。

 

(あれお城じゃん)


 目の前に見える深い紫色の屋根の建物を見て思う。オルライトのお城よりも、何て言うか……尖ってる。先の鋭い屋根を持つ塔がいくつも寄り集まっている感じで、私が上空から落ちたらどれかに刺さりそう。

 少し冷たく近寄りにくい印象だけど、繊細で美しいお城ではあった。


 灰色の建物はお城の裏手にあったので、リュリーはお城の裏口の一つから堂々と中に入った。すると脇に立って警備をしていた騎士はこちらにしっかり体を向け、静かに頭を下げる。リュリーってやっぱり偉い人間っぽいな。


 お城の中にあったリュリーの部屋も広く豪華だし、部屋に戻った途端使用人たちが寄ってきて、上着を預かったりお茶を淹れ始めたり、リュリーの世話をする。


「殿下……その子猫はどうされたのです?」

「拾った」


 右の手のひらの上に乗せている私をリュリーが軽く持ち上げ、使用人たちによく見えるようにすると、使用人たちは「まぁ可愛い!」と頬を緩めた。


「手のひらに乗るくらい小さいなんて」


 いやいや、本当は私ってもっと大きいんだからね!

 ちょっとプライドが傷ついた私は心の中で反論する。自分で歩かなくてもこうやって運んでもらえるし、小さいのもそれはそれで便利だけどさ。


「今から言うものを用意してくれ。子猫用のタオルと毛布とブラシ、それに食事だ」

「かしこまりました。子猫も洗ってまいりましょう」

「いや、いい。私が洗うから。湯も用意しておいてくれ」

「え? はい……。え? 殿下が?」


 使用人の女性は目をぱちぱちさせて面食らっている。何をそんなに驚いているんだ。


(でも『殿下』って、確かエミリオもそんな呼ばれ方してた。エミリオはトルトイの王子だから、リュリーもこの国の王子なのかな)


 ここはおそらく星降る森の南東にある国、パールイーズだ。私の頭にある知識は、パールイーズを〝安定した国〟としている。パールイーズは西のオルライトや北のドラグディアのような大国ではないし、隣国が悪名高いジーズゥなので常にそちらを警戒してはいるけど、近年は落ち着いているみたい。


(トルトイもお隣だし、もしかしたら王子同士エミリオとは会ったことがあるかも。リセのことも知ってるかなぁ?)

 

 知り合いが繋がるのって何だか楽しい。と言うか、私って星降る森で王族に出会い過ぎじゃない? 森と接している五か国のうち、四か国の王族とは知り合いになったんだけど。


(あと会ってないのは南のジーズゥだけか)


 でもジーズゥの王様は傍若無人で、罪のない人を罪人にして星降る森の木に括りつけたりするような人間だ。できれば一生会いたくない。


「名前はもうつけられたのですか?」


 気を取り直した使用人がリュリーに尋ねる。リュリーは「そういえばまだだ」と答えた後、私をじっと見て名前を考えている。


「うーん、黒い毛皮……オッドアイ……白い足先……」


 私を観察する視線がゆっくりと動いていき、最後に胸元に行きついた。


「三日月にしよう」


 あー、やっぱりね。分かってたよ。胸に視線がいった瞬間に察したよ。

 三日月って名前はわりと気に入ってるからいいんだけど、たまには違う名前をつけてほしいような複雑な気持ちだ。

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[良い点] ねこが可愛くて読みやすくて好きです [一言] ねこかわええ
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