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星降る森の三日月 ~ただの巨大な子猫です~  作者: 三国司


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30/38

病弱なお姫様(3)

「命星があっても、もはやアンネリーゼはいつまで持つか分からない。星の効果が切れた瞬間に息絶えてしまうかもしれないこの状況では帰れないから、私はもう少し城に留まろうと思う。悪いが三日月も付き合ってくれないか?」


 私たちも中庭から城に入った後、ハロルドからそう頼まれた。


「本来は三日月とアンネリーゼを会わせたらすぐ城を出るつもりだった。あまり長居してアンネリーゼに無理をさせてはいけないと思っていたからな。だが、状況は悪い方に変わってしまった。アンネリーゼの体調は私が思っていたより悪くなっていた」

「ミャン」


 ま、私はいいよ。日向ぼっこはここでもできるしね。

 ハロルドと一緒にアンネリーゼの寝室に行くと、そこにはすでにクローディアもいて、アンネリーゼに命星を食べさせたところだった。

 

「ん……」


 彼女が口の中で溶けた命星を飲み込むと、顔色はみるみるうちに良くなっていく。

 やがてホッとしたようにため息をつくと、アンネリーゼはこちらを見て明るく言う。


「おじ様も三日月もせっかく来てくれたのにごめんなさい! びっくりしたでしょう?」

「そんなこと気にしなくていい。自分の体のことだけ考えていなさい」

「ありがとう。それにしても命星を一日に二つ食べるなんて贅沢よね~」


 ふふっと笑うアンネリーゼは、さっき青い顔で倒れたとは思えないくらい元気だ。命星を食べて体の方は一時的に良くなったけど、自分の寿命を悟って笑えなくなっていてもおかしくないのに。

 

「アンネリーゼが倒れたって?」


 とそこで、勢い良く部屋の扉が開いて、外から若い男の人が中に入ってきた。彼の金に近い薄茶色の髪は肩くらいまであり、緩いくせ毛だ。目元は優しげに垂れているが、すっと通った鼻筋や形のいい唇はクローディアに似てる。

 騎士服っぽいけどそれよりもっと豪華な衣装も身につけているし、この人も王族だろう。ハロルドは甥もいると言っていたからアンネリーゼのお兄さんかな。


「ルロスか」

「伯父上、お久しぶりです。そういえば伯父上と噂の巨大猫ギャンピーが来るのは今日だったね。……本当に大きいな」


 天井に頭が届きそうな私を見上げてルロスが目を丸くする。ハロルドは私に、ルロスは自分の甥でこの国の王子だと説明してくれた。

 ルロスは私に興味を引かれたようだったけど、それより妹の体調が気になったようで、ベッドに座っているアンネリーゼに向き直る。


「アンネリーゼ、体の調子はどうだ?」


 不安げな声からして、きっとルロスも妹の死期が近いことには気づいている。だから倒れたと聞いて慌ててやって来たのだろう。

 アンネリーゼはニコニコ笑って返す。


「命星を食べたし、今は大丈夫! とっても元気よ!」

「命星はこれからもっと数が必要になりそうだな。森へ星を取りに行かせる人員を増やそう」

「私のために悪いわ。お金もかかるし」

「私の私財を投じるだけだ。何も問題ない。お前の命が大事だ」


 ルロスに真剣な口調で言われると、アンネリーゼは申し訳なさそうに眉を下げた後、笑ってこう言う。


「私って幸せ者ね。お母様がこの国の女王で、お兄様は王子で、お金もたくさんあるし! 庶民だったらとっくに死んでたわね。アハハ」


 アンネリーゼの軽口を笑う人はいなかったので、私が牙を見せてニッと笑っておいてあげた。王族で良かったねぇ! アハハー!

 一方、クローディアは真面目な調子でアンネリーゼに声をかける。


「元気なうちにまずは薬を飲んでおきなさい。それから食事を取って、時間は早いけどまたいつ倒れるか分からないし湯浴みもしないと。体を清潔にしておくと病魔も去ると聞いたわ」

「一体誰に聞いたの? この前来てた怪しい祈祷師?」


 アンネリーゼは呆れたように返した。


「体を清潔にしておくことは私も良いことだと思うけど、それで治るような病気じゃないってお母様も分かってるはずでしょ? 薬だって前は信頼できるお医者様の薬だけだったのに、お母様ってば、最近じゃよく分からない野草をすりつぶしたものとかも買うようになっちゃって……」

「もしかして効くかもしれないと思ってしまうのよ。一縷の望みに縋りたくなる。大切な娘を死なせたくないの」

「お母様みたいにしっかりしてる人でも、娘が死ぬかもってなったら冷静な判断ができなくなるのね」


 アンネリーゼは申し訳なさそうに呟いた。

 一方、ハロルドは自分の姪を誇るように言う。


「アンネリーゼはやはり頭の良い子だな。病さえなければ、お前は母や兄を立派に支えていただろう」


 最後はちょっと残念そうな感じだった。病は治らないと分かっているからだ。

 寝室に沈黙が流れ、物悲しい空気が満ちる。が、それを破壊するようにアンネリーゼが明るく声を上げた。


「とにかく信用できる薬だけ持ってきて! 急いでそれを飲んで食事をしてお風呂に入って、それから三日月をもっと撫でたいし、勉強もしたいし本も読みたいのよ! せっかくハロルドおじ様も来ているんだから色々お話も聞きたいし……そうね、今日は世界にはどんなヘンテコな民間療法があるのか知りたいわ。それから体力をつけるために体も鍛えたいし、乗馬の練習は――今日はもう暗くなるし無理ね」


 アンネリーゼは早口で言う。彼女ってすごい前向きだな。こう言っては何だけど、もう死ぬかもしれないのに勉強して、体力もつけようとしてる。


「早く早く! 時間がないわ! 私、やりたいことはたくさんあるのよ!」


 アンネリーゼを見てると、私が日がな一日眠って散歩して日向ぼっこしてるのが申し訳なくなっちゃう。毎日すごい暇なんだよね。どうして私が元気で、彼女が病気なんだろ。

 神様がいるならその『意志』や、あるいは『この世の仕組み』について三秒くらい考えてみたけど、解明は難しいと早々に諦めて私は毛づくろいを始めた。


 

 その日、アンネリーゼはずっと忙しそうに動き回りながらも、城の一室でゴロゴロしている私のことを時々撫でに来た。と言うか使用人とか騎士とか役人とか貴族とか、色々な人が噂を聞きつけて撫でに来る。

 知らない人に触られるのは決して嬉しいことじゃないけど、みんな若干怖がりながら優しく触るので、もうどうでもいいやと脱力して好きにさせた。いちいち威嚇する方が面倒だったのだ。

 ちなみにハロルドは貴族たちの相手をするのが苦手らしく、私のそばから離れて城のどこかに逃げていた。 


 夕食にはヤギミルクと美味しい味のついた何かの肉を貰い、その後はハロルドに「アンネリーゼと一緒に寝てやってくれ」と頼まれたのでそうした。彼女の寝室に一緒に行って、私はベッドのそばに腰を下ろす。


「まだ命星の効果が残っているのに眠るのはもったいないわ」


 アンネリーゼは寝支度を整えた後も、そう言ってベッドで本を読んでいる。あんなに分厚くて小さな文字の本、よく読もうという気になるなぁ。


「三日月はもう寝るの? おやすみ」


 穏やかにほほ笑んで、アンネリーゼが私の頭を撫でる。おやすみ。




「――……っ」


 次に目覚めた時、寝室は蝋燭の明かりも消えて真っ暗だった。でも窓から月明かりが入ってくるし、私は猫なので夜でもよく目が見える。


「ううっ……」


 ふと顔を上げた私は、さっきから聞こえているすすり泣きの声がする方へ耳を向けた。ベッドで寝ているアンネリーゼの方へ。


「ミャー」


 何で泣いてんのー? と気軽に声をかける私。どっか痛いのー?


「……三日月っ、ごめんなさい、起こしてしまった?」


 アンネリーゼは震える声で返事をする。そして涙を拭って起き上がった。


「暗闇の中で大きな目が光ってるわ」


 私を見てふふっと笑い声を上げたので、よく分からないけどもう大丈夫なんだろうか?


「ミャー」


 ねー、どうして泣いてたの? 


「心配してくれてるの?」


 心配っていうか、理由が気になるから。どこか痛いなら誰か呼んだ方がいいしさ。

 私がじっと見つめていると、アンネリーゼは泣き出しそうな顔をしてうつむいた。


「……死ぬのが怖くて泣いてたの」

 

 静かな暗い部屋で、ぽつりとこぼす。

 

「命星を食べても効き目が長く持たずに、今日みたいに倒れてしまうなんて……。死というものは遠ざけることができないものなのかもしれない。確実にこちらに近づいてきているようで、どうしようもなく怖いわ」


 初めてアンネリーゼの口から「怖い」という言葉を聞いたけど、私は納得した。

 やっぱり怖いよね。死ぬのは怖いよ。


「でも周りの人たちまで悲しい気持ちにさせたくないのよ。心配もかけたくない。だから表では泣かないわ。死ぬ時まで笑っていようって決めてる」


 言いながら、アンネリーゼの瞳からは涙が流れ落ちてきていた。


「命星を食べることについても、罪悪感があるの。命を懸けて国を守っている騎士とか、私より優先して命星を渡すべき人はたくさんいるわ。何もできない私が星を食べてしまうのは申し訳ない。病気の人だって私以外にもたくさんいるし、私一人が苦しんでるわけじゃない」


 そこでアンネリーゼは、せきを切ったように嗚咽し始める。


「早く死んだ方がいいのかもといつも考えているわ。でもそれと同時に死にたくないと思ってる。生きて、色々なことがしたいわ。死にたくない、絶対っ……死にたくないの」


 アンネリーゼは大粒の涙をぽろぽろとこぼし、しゃくり上げながら本音を吐露する。


「どうして私なの? って思ってしまう。世界でも珍しい不治の病に侵されたのが、どうして私なの? って……。どうして私が……」


 アンネリーゼの見せる優しさ、申し訳なさ、悲しみ、悔しさ、恐怖、怒り、様々な強い感情に圧倒されて何も言えない。私はただ驚いたように目を丸くして彼女を見ていた。

 人間ってとても感情が豊かだ。だからこそ苦しいだろうな。私では完全に分かってあげられないけど、苦しいんだと思う。


 泣いてるアンネリーゼに私は何もできなかったけど、彼女の涙が止まるまで、眠らずにそばで見守っていたのだった。



「またすぐに戻ってきてくれるの?」

「ああ、三日月を森に返して、ヤギたちの様子を見たらまた来るよ」


 城に三日間滞在すると、四日目の朝にハロルドは一旦星降る森の自宅に帰った。アンネリーゼは昨日、一昨日は倒れることはなく、命星は日に二つ必要だったが、そこから急激に体調が悪化することはなさそうだった。だから今のうちに一度森へ帰り、私やヤギをどうにかして、それから城に長期滞在するつもりのようだ。

 来た時と同じように、まずハロルドが一人で城を発って、星降る森に着いたら私を召喚魔法で呼び戻すという手順だ。



「三日月も、また遊びにきてね」


 ハロルドがそろそろ星降る森に着くだろうかという頃、アンネリーゼは私の肩を撫でながら寂しそうに言う。

 そして召喚魔法によって私の体が発光し、消えていく前に、力強いけど悲しげに叫んだ。


「きっとまた会いましょう!」


 私に次会うまで絶対に生きてやるぞという気持ちと、それまで持たないかもしれないという気持ち、両方を持っているように聞こえた。


「三日月、今回は色々と助けられたよ。命星のこともそうだが、アンネリーゼはお前を撫でている時、とても癒された顔をしていた」


 星降る森にある家の前に私を召喚すると、ハロルドは私の鼻を指先で撫でながら言う。


「良ければ、暇な時にでもまた命星を集めてくれたら有り難い。ヤギミルクの報酬はまたたっぷり用意しておくから。そしてまたアンネリーゼに顔を見せに来てくれ」

「ミャーン」


 いいよと返事をしてから、私は森の奥深くにある寝床の古木に帰った。



 翌日、私はアンネリーゼのために命星を探しに出た。ハロルドには暇な時にと言われたけど、私は基本的にずっと暇だし、今日も起きた瞬間から暇を持て余したから。

 全力で走り回ってもすぐに疲れてしまうので、タラタラと小走りで駆けながら星を探す。そしてさっそく一つ命星を見つけたが、それをどう運んでどこに集めておこうかと考えた瞬間、ちょっと面倒臭くなってしまった。

 

(ハロルドに袋を貰っておけばよかった)


 星を見つけては保管場所に置きに行くのはとても手間だ。しかも星は咥えて運べないので、移動させるのも私にとっては簡単ではない。


(うーん)


 私は地面に落ちていた命星の前でごろりと転がり、悩みながらウネウネする。面倒臭い工程があるととたんにやる気が急降下してしまう。


(面倒だなぁ、でもアンネリーゼには死んでほしくないなぁ。可哀想だもんなぁ)


 ハロルドなら迷わずアンネリーゼの命を取って、面倒なことでも何でもやるだろう。

 私もアンネリーゼの命を捨てるつもりはない。だけど面倒なことはしたくない。面倒なことはせずにアンネリーゼを生かしたい。


(それだ)


 私は地面の上でごろごろウネウネしながら無い知恵を絞って考えた。この辺りは枯葉がたくさん落ちているので、私が体を動かすたびにガサガサ鳴っている。

 何か命星よりもっと効力の強いものってないだろうか? この不思議な森になら、寿命を延ばせる果物とかが生っていてもおかしくはないと思うのだ。

 でも現時点では、私の頭の中にそんな果物の知識はない。


(困ったな)


 遊び以外で体を動かしたくない。働きたくない。地道に命星を集め続けるなんて、持続力がない猫の私には一番向いてないのだ。


(命星よりすごいもの……何か――)


 そこでハッと閃いた私は、素早く起き上がると、とある場所に向かって走った。

 やがて背の高い木が密集して生えている地域に入ったので、目的地が近いと分かる。この辺りはいつも薄暗く、空気が湿っている感じがする。


(着いた)


 やがて目的の場所――ケンタウロスの里に着くと、私は大きな声で鳴きながら歩き回った。ケンタウロスの里には家らしい家がなく、どこで誰に声をかけていいか分からないので、鳴いて私の存在を示し、向こうから来てもらうしかない。


「ミャーァ!」


 三回鳴いたところで、木々の奥から若いケンタウロスの男女が優雅に歩いて出てきた。ケンタウロスはみんな肌が褐色で、髪や胴体の毛皮も黒や茶色なので、家族でなくても外見は似ている。でもこの男女の顔立ちは違うから、兄弟ではなく恋人とか友達かな。


「あなた三日月じゃない? どうしたの」

「子供たちと遊びに来たのか?」

「ミャウゥ」


 首を横に振って否定すると、私は何とか自分の目的を伝えようとした。

 

(私はユニコーンの角を貰いに来たんだよ。前にアデスとかケンタウロスの子供たちと協力してユニコーンをこらしめた時、ユニコーンが角を落として行って、その角は里に置いてあるでしょ?)


 私はミャウミャウ鳴いて説明したが、伝わらない。


「三日月、お前、背中に枯葉が山ほどついているぞ」

「これを取ってほしかったの?」


 ケンタウロスの男女は勘違いして、私の背中についている枯葉を払い落してくれた。さっきウネウネしてた時についたんだろう、ありがとう。背中はなかなか毛づくろいも難しいからさ。


(でも違う!)


 私はユニコーンの角が欲しいのだ。あらゆる病を治し、毒を中和し、水を浄化する力があるというユニコーンの角が。 

 それを少し削ってアンネリーゼに飲ませれば、きっと彼女の病も治る。


(少しでいいから分けて! まだ全部使ってないよね?)


 一生懸命伝えようとしたが、猫語の分からない相手は頭に「?」を浮かべるだけだった。これじゃ埒が明かない。

 

「あれ? 何か用があるんじゃ……」


 私は踵を返して走り出すと、ケンタウロスの里の周囲で魔力星を探した。地面に落ちてて見つけやすいものはケンタウロスたちが取っちゃってるかもしれないから、木の上にあるものを探す。意識を集中させて星の気配を探ると、五分ほどで見つけることができた。

 枝に引っかかっていた半透明の紫色の石を迷わず口に入れ、溶けたそれを飲み込む。命星みたいに「動き回りたい!」という衝動には駆られないけど、魔力というエネルギーが体に満ちていくのが分かった。

 急いで里に戻り、さっきの男女がいた辺りをウロウロしていると、相手の方から私を見つけてくれた。


「戻ってきたのか」

「やっぱり何か用があるんだわ。あなたも言葉を話せたらいいのにね」


 そんなふうに喋りかけてきたケンタウロスの男女に向かって私は口を開き、魔力を声に乗せるイメージをして目的を伝える。


〝ユニコーンの角、ちょうだい!〟


 私の予想では、魔法で私も言葉を話せるようになるはずだった。けれど実際は、頭で思い浮かべたその言葉を口に出そうとしても何の音も出ず、「ミャン」という泣き声すら上げられなかった。

 代わりに口から白いモヤのようなものが出てきて、それがあっという間に形を成し、空中でユニコーンの角になる。螺旋状の筋が入った長い白銀の角は本物そっくりだった。


「これは……ユニコーンの角?」

「何だ今のは? 三日月はこんなこともできたのか? ……いや、俺たちに伝えたくて魔力星を食べてきたんだな」


 察しの良いケンタウロスたちは、すぐにユニコーンの角のある場所に私を案内してくれた。私が作り出したユニコーンの角もさっと消えていく。

 角が保管されていたのは、ケンタウロスたちが大事なものを保管しておくために作ったという小屋の中で、誰でも好きに取り出せるようになっていた。


「三日月にユニコーンの角をあげてもいいわよね?」

「よく分からないけど、欲しいらしい」


 ケンタウロスの男女は、小屋の近くにたむろしていたおじさんケンタウロスたちに尋ねる。


「ああ、構わないが。元々は三日月のものだったようだしな」


 すると一人の渋い口髭のおじさんがそう言って、中からユニコーンの角を取って来てくれた。角は先の部分に少し削った後がある。

 私がそこを見ていることに気づいたおじさんケンタウロスは、こう説明した。


「ユニコーンの角には様々な力があるだろう? 汚れた水でも綺麗な水に変える力、というのもあると聞くから、試してみたのだ。削って粉にして、汚れた水に入れた。すぐに澄んだ水になったよ」


 他のおじさんケンタウロスも頷いて続ける。


「すごい効力だったな」

「ああ、だが我々には必要なかったな。星降る森に綺麗な水は十分ある」

「あとは怪我をした者に飲ませたらたちどころに治ったぞ。まぁそれは命星で事足りるんだが」


 そんな会話をした後、「……」と無言になるケンタウロスたち。もうユニコーンの角に飽きてるじゃん。


「三日月は何に使うんだ?」


 そう尋ねられたので、私は頭の中にアンネリーゼを思い浮かべた。ハロルドを驚かせるため、吐血して血塗れの状態を装い、ベッドで寝ているアンネリーゼの姿を。

 その光景を伝えるため口を開くと、やはりモヤが出てきてアンネリーゼの形を成していく。実物大のものができるらしく、口からたくさんモヤが出てきてベッドとそこに横たわる血濡れのアンネリーゼが森の中に出現した。


「何だこれは?」

「魔法を使って伝えたいことを表現してるらしいわ」

「さっき魔力星を食べたようなんだ」


 驚くおじさんケンタウロスたちに、若い男女が説明している。


「この子をユニコーンの角で助けたいのか?」

「ひどい病気のようだ。こんなに血を吐いて」

「人間は様々な病気にかかるのだな。これは確かにユニコーンの角が必要だろう」


 実際は血は吐いてなくて、これはイタズラだったんだけど、結果としてケンタウロスたちに事の深刻さを伝えられたかも。


「持っていくがいい」


 渡された白銀色の美しい角を、私は口に咥えた。


(ありがとう! 全部は使わないだろうから、余ったら持って帰ってくるね)


 私は角を咥えたままムニャムニャ鳴いてそう伝えると、ハロルドの家がある森の西へと向かった。


(これがあればアンネリーゼの病気も治る)


 ハフハフと息を切らせてしばらく走っていたけど、その時、行く先の地面に白い物体が散らばっているのが見えた。これは小動物の骨かな。散らばっているのは他の動物か魔物に食い荒らされたからだろう。

 立ち止まった私は、足元にある骨を見ながらふと考える。


(生き物の寿命って決まってるのかな? アンネリーゼの寿命も、最初から神様が決めてたのかな)


 だとしたら、神でも何でもないただの猫の私が、死ぬはずだった人間の寿命を勝手に伸ばしていいんだろうか?

 普段は適当に生きている私だけど、この時はそんなふうに思ってしまった。


(いや、でも私は今まで何人も人間を助けてる。アンネリーゼを助けるのは、木に磔にされたジーズゥの人を助けたのと同じ)

 

 私は神様じゃないしただの猫だけど、ただの猫だから自由にするんだもん! 助けたいと思ったら助けるんだ。私は私の好きにするんだもんね!


 ――するとそこで、風も吹いていないのに周囲の木の葉が小さくゆれ、穏やかにざわめき出した。カサカサ、サラサラと鳴る葉音は、とても優しい音色として耳に届く。自由に、好きなようにすればいいと、森に後押しされたような気分だ。

 ほんの数秒でざわめきは止んだので、私はまた前を見て走り出した。



 ハロルドの家に着くと、ハロルドは私が咥えている物を見た途端、すぐに正しい予想をした。


「螺旋状の筋が入った白銀色の角……。ユニコーンの角の特徴と一致するが……」

 

 さすがは賢者だ。ユニコーンの角のことも知ってたらしい。でも実際にそれを見たのは初めてであること、そしてとんでもなく貴重なそれを私が持っているはずがないという思い込みもあり、断定するには至らなかった。

 そこで私は一旦角を置いて魔法を使い、口からモヤを出し、それでユニコーンと私の幻を作り出して、私が角を得た流れを再現して見せた。


「お前は不思議な魔法を使うのだな。この角は、木の陰から飛び出した三日月に驚いたユニコーンが落とした、ということか?」


 半信半疑でモヤから作られた私とユニコーンの対決を見ていたハロルドは、顎に手を当てて難しい顔をして言う。


「角とはそんなに簡単に取れるものなのか? いやしかし、ユニコーンの角は千年近く前に一度だけ人間社会に流通している。確かにその時の角も、森に落ちていたものを拾ったのだと記録されていた。ユニコーンではないが、鹿の角も嘘みたいにぽろりと取れるしな……」


 不審そうに角を見て色々考えていたハロルドの顔が、段々と興奮と喜びを帯びたものになっていく。


「もしもこれが本物なら、きっとアンネリーゼの病気も治るだろう」

(大丈夫、本物だよ)


 ハロルドは、あまり期待を持ち過ぎないようにと予防線を張っているようだ。


「ユニコーンの角の効果は魔法や星をも超える素晴らしいものだから、まだ本物かどうか分からないが試してみる価値はある」

(本物だって)

「しかし本物だったらとんでもないぞ。本当にすごいことだ」

(だから本物!)

「こんな貴重なものに触れる日が来るとは思わなかった。三日月は本当に……一体何者なんだ?」


 別に何者でもないよ。ユニコーンに絡まれたからやり返しただけの猫だよ。


「とにかく、城へ急ごう。三日月はまた召喚魔法で呼び出すことにしよう」


 

 そして二日後、ハロルドによって私はオルライトの王城へ召喚された。場所はアンネリーゼの寝室で、ベッドに横たわっているアンネリーゼの他に、母親のクローディア、兄のルロスがいて、騎士と使用人が二人ずつ部屋の隅に控えていた。


「三日月、来てくれてありがとう。お前がくれたこのユニコーンの角、本当に本物だったのだな」


 白銀色の角を持って言うハロルドに、私はビタン! としっぽを一度床に打ち付けた。だから本物だって言ってたでしょ!

 どうやらハロルドは城に着いた後、まずは自分で削って粉にしたユニコーンの角を飲んでみたらしい。

 しかし何の病気にもかかっていないハロルドに体調の変化はなかったが、少なくとも毒ではないと分かったので、今度は協力者にユニコーンの角の粉を飲んでもらった。協力者は肺の病にかかってしばらく休んでいた城の使用人で、常に息苦しさを感じていたようだが、ユニコーンの角を口にするとすぐに症状が改善し、熱も下がったという。


「その使用人はすっかり元気になって明日からまた仕事に戻るそうだ」


 そこまで言うと、ハロルドはアンネリーゼの方を見た。アンネリーゼは息をするのも辛そうな様子で、何とか目を開けてハロルドを見つめ返している。ユニコーンの角の効果が分かるように、今はわざと命星を食べていないのかもしれない。


「アンネリーゼ、これを飲めばきっとお前の病も治るだろう。飲んでくれるね?」

 

 ハロルドは先が削れたユニコーンの角をベッド横の小さなテーブルに置くと、そこに置いてあった皿を代わりに手に取った。皿の上には紙が敷いてあり、そこには白くキラキラ輝く粉が乗っている。


「私だけが……助かって、いいのかしら……?」


 アンネリーゼはか細い声で言う。元気な時と比べて本当に別人のようだ。

 

「私だけが……治って、いいの?」


 病気が治るとなると喜ぶかと思ったけど、ユニコーンの角という一般的な理から大きく外れた希少なものを自分のためだけに使うことに、アンネリーゼは罪悪感があるようだ。

 ハロルドは落ち着いた声で返す。


「このユニコーンの角を全て使ったとしても、世界中の病人を治すには量が足りない。誰かが選ばれ、誰かが選ばれないのは仕方のないことだ」

「そうよ、アンネリーゼ。自分だけ助かるのが申し訳ないから飲まないと言うのなら、このまま死ぬつもりなの?」


 クローディアは母親として必死に説得する。


「そんなのわたくしが許さないわよ。せっかく与えられた幸運を掴まないでどうするの」

「そうだ。伯父上が三日月と出会い、その三日月がユニコーンの角を持っていた。こんな偶然があるか? 神がお前に生きろと言っているのだ」


 ルロスも、アンネリーゼに生きてほしいと懇願するように言う。

 するとハロルドは頷き、諭すように続けた。


「神がいるのなら、病の苦しみを知っているお前に、生きてこの国を……世界を変えてほしいのかもしれないな」

「世界を……? 私が、そんなこと……」


 アンネリーゼは自信がなさそうだったけど、瞳はわずかに輝き出す。そして私の方を見て尋ねてきた。


「三日月は……どう思う? どうして、こんな貴重な、ものを……私に持ってきて、くれたの……?」

「ミャーウ」


 私はきちんとお座りしたまま返事をする。別に私はアンネリーゼが世界を変えるとか、何かしてくれると期待してユニコーンの角を持ってきたわけじゃない。アンネリーゼが将来そんなすごい人物になるのかどうかは知らないし、関係ない。

 ただ、私は私の好きにしただけ。アンネリーゼも今は自分のことだけ考えて、好きにすればいい。生きることを選ぶのに、誰に何を遠慮するの?


「……これは?」


 私が口からモヤを出して、笑顔で元気に駆け回っているアンネリーゼを作り出すと、彼女はまばたきをして戸惑う。


「三日月はただアンネリーゼに元気になってほしかっただけのようだな」


 ハロルドが笑って言うと、アンネリーゼも小さくほほ笑んだ。そして私の作り出した幻が消えると同時に口を開く。


「……――飲む、ユニコーンの角の粉を飲みたいわ。私はまだ生きたい」


 決意の込もった、しっかりとした声だった。


「そして辛い病を抱えている人たちのために、必ず国を、世界を良くするために一生懸命働くって誓うわ」


 アンネリーゼは途中途中で苦しそうに息継ぎをしながらも、きらめく瞳でゆっくりと話を続ける。

 

「私と同じように、病気で苦しむ人たちのための治療施設を増やしたい。治療費や薬代が払えない人たちを支援したい。素晴らしいものであれば、異国の医療技術も研究したい。ちゃんとした知識のある医師を増やし、そうでない医師や怪しい薬は制限したい。国民が病気にかからないよう、庶民でもある程度清潔な環境を保てるようにしてあげたい。……これらの夢を実現するために、医学やお金のことをもっともっと勉強して、色々な人に話を聞きたい」


 ベッドに力なく横たわっているはずなのに、アンネリーゼからは強さを感じた。


「ベッドで寝ているのも、命星の効力がいつ切れるのか怯えながら生活するのももう嫌よ。もっと動きたい、働きたい、勉強したい、努力したい。ずっと人に支えられてきたから、次は私が人の力になりたいの」


 そう言うと、アンネリーゼはハロルドの助けを借りて上半身を起こした。そして綺麗な透明のグラスに入った水で、ユニコーンの角の粉を喉に流し込んだのだった。



 翌朝。城に泊まってアンネリーゼの寝室の床で寝ていた私が目覚めると、彼女はすでにベッドにいなかった。

 そして私がのっそり起き上がって毛づくろいをしているところで勢いよく扉が開き、廊下から笑顔のアンネリーゼが顔を出す。


「三日月! そろそろお昼よ! いい加減起き――あら、起きてたのね」


 アンネリーゼは軽い足取りで部屋に入ってくると、私の胸元を両手でわしゃわしゃと撫でた。

 昨日アンネリーゼはユニコーンの角を口にした後から徐々に元気を取り戻し、夜には彼女の体から病気の気配が消え去っていた。不治の病が完全に治ったんだと思う。

 アンネリーゼは溌溂とした表情と声で言う。


「一緒に昼食を取りたかったけど、お腹が空いて先に食べちゃったわ。これが普通なんだろうけど食欲がすごくあるのよ。朝から動き回っているせいもあるかもね。命星の効力が切れることにビクビクせずに自由に動けるっていいわね」


 わしゃわしゃし続けながら続ける。


「三日月には私の命を救ってもらったし、どんなお礼をしても足りないくらいだけど、猫へのお礼って難しいわね。お金や宝石、爵位なんていらないでしょうし。でも困り事があれば何でも言ってね。私で力になれることであれば力を貸すわ」


 うーん、そうだなぁ。困り事ねぇ。別にないけど、じゃあ背中の毛づくろいを手伝ってくれるかな。私、背中には舌が届かないんだよね。


「ミャーン」

「そうよね。猫に困り事はそうそうないわよね」


 アンネリーゼはクスクス笑って言う。いや、背中のね、毛づくろいをね。

 私の中にはまだ魔力星を食べた分の魔力が残っているので、またモヤを出して幻を作り出し、それで伝えようと口を開いた。

 が、アンネリーゼはくるりと体を反転させて、顔だけこちらに向けながら手を振ってくる。


「それじゃあ私はもう行くわ。また勉強の時間なのよ。やりたいことがたくさんあって忙しいわ。またね、三日月!」


 もう健康になったんだから、寿命や命星の力が続く時間を気にせずゆっくりやればいいのに。人間って慌ただしいなぁ。

 別にやりたいことも目標もない私は、毛づくろいを終えてのんびりとあくびをした後、特に動き出すでもなくもうひと眠りしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 三日月ぃぃぃ······(泣) 〈いいね〉ボタン連打したいくらい良かったです!
[一言] すごく面白かったです! 三日月ちゃん、いい子……! アンネリーゼちゃん以上にクローディアさんが三日月ちゃんに感謝してそうですね やっぱりお猫様は身も心も様々な痛みを癒やしてくれるんですね…
[良い点] 三日月の意思を伝える魔法がファンシーで、そこで安易に喋るのではないのがとても童話的でよかった。 ネコ=神、つまりネコの意思は神の意思。この常識がこの世界にもきっと広まるのでしょう。 [一…
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